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17 久しぶり
試験期間に入り、校内はピリついていた。
進級がかかっている後期は、前期の学期末試験とは雰囲気が違う。
シルヴィーには王都学園で受ける最後の試験となった。
帝都学園への編入は確定していて、ここで単位を落としたからって取り消しになる事はないのだけれど、やはり有終の美を飾りたかった。
金曜日。全日程が終了し、生徒達は長い緊張感から解放された。
晴れやかな顔で教室を飛び出していくクラスメイト達を見送りつつ、シルヴィーも帰り支度をする。帰る前に職員室に寄る。
ふと帰宅の波にそそくさと紛れるジュリエットとトリスタンの姿を認めた。
近ごろの彼女達は大人しかった。暫くは警戒していたクラスメイト達も、試験日が迫りジュリエットどころではなくなった。
今や誰もジュリエットを注視していない。
白ワイン名家の令嬢は「結局発注は無かった」と周囲に零していた。業績は上向きだから無くても問題なかった。ただ、彼女は前以て実家に「大量発注が来るかもしれない」と報せて準備をさせていたそうなので迷惑は被っている。
「とんだお騒がせよ。――ホント腹立つ」
シルヴィーは彼女に同調し、心から同情した。
金銭的な損失が出なかったのは幸いだ。
職員室で担任教師と面談をして、必要書類に記入を済ませる。
これで転校の手続きが完璧に完了した。後は最後の成績表を受け取るだけだ。
「ところで帝都では下宿?」と教師が首を傾げた。
「確かご親戚はいないよね?」
「はい。でも知り合いのご家族がいますので」
「ホームステイなんだね。楽しそうだ」
「はい。楽しみです」
シルヴィーは頷き、ホストファミリーを想念した。
帝都ではヒミカの自宅、ではなく実家のお世話になる。実は既婚者だったヒミカは夫とアパルトマン暮らしをしている。「部屋は余ってます」と誘われたけれど、新婚さんの愛の巣に転がり込むほど無神経じゃない。
彼女の実家の「元ヒミカの部屋」を使わせてもらう。センジュは「うちは三食ワ食ですよ? メイドも東南の移民ですよ?」とシルヴィーに念を押した。
ハッキリ言ってウェルカムだ。王都でワ食はトレンドになりつつある。
むしろ「三食帝国料理」と言われる方がキツいかも。王国では、帝国料理はあまり人気がない……。
教師も真っ先に食文化の違いを心配したようで「好き嫌いは平気?」と苦笑した。
「北国のパンはかなりズシッとしてるよ」
「食事の心配はしてません。ホストファーザーが極東出身のシェフさんでして」
「最高じゃない。僕が代わりに留学したいな」
シルヴィーと教師の笑い声が揃った。
その晩、シルヴィーは数日ぶりに霧の森の夢を視た。
足元にぴゃーっと駆けて来たウサギを膝に載せて切り株に腰掛け、ふわっふわの毛並みをひたすら撫でるだけの時間を堪能する。
「無限に続けられる……」
けれど第三者の気配が加わり、無限を打ち切った。
彼の登場を察するやウサギはシルヴィーの膝から飛び下り、またぴゃーっと池の上を駆けていった。
シルヴィーは、逃げ去る背中を見送りながら思った。
この夢では偶々波長の合った二人と一羽が鉢合わせている。ウサギの夢で魔法には間違いなくとも、これは単なる偶然の現象に過ぎないのだ。人間二人はウサギの巻き添えじゃない。
現にウサギは、彼を歓迎していない。
「私、間違ってました」
「……何の事だ。かなり久しぶりだな」
「大量発注、有難うございました。お久しぶりです、ヴィッツ様」
「……挨拶の順番が逆だと思うが、まあいい」
シルヴィーは起立して彼にカーテシーをして見せた。
彼は厳かに頷いた。
「家業は無事に危機を乗り切れたようだな」
「それどころか左団扇です」
「高品質の紙だと各校で好評を得ている。引き続きよろしく頼む」
「左団扇です」
「喜びは十二分に伝わった」
彼はシルヴィーに切り株を促し、自分は池の畔に胡坐を掻いて座る。
シルヴィーは浮かれていた。
「最早憂いはありません。あとは帝都で友達百人作るだけです」
彼の切れ長の瞳がチラリとシルヴィーを見た。
「……そなた、大使館の連中から何も聞いていないのか?」
「報告は随時頂いてましたよ。クラウスさんは親切でした。ヴィッツ様のお友達ですか? 良いですね、正反対のお友達がいて」
「……クラウスは数回顔を合わせた事があるだけの外交官だ。友人ではない」
「では大使がお友達でいらっしゃるんですか?」
「……いや。少しばかりコネがあるだけだ」
「コネって大事ですよね」
シルヴィーは池の先に目をやった。
彼がここにいる限り、ウサギは戻ってこないだろう。
周囲の霧が濃く、明るくなってきた。最近分かって来た。これは夢の終わりの前触れだ。
知っているのか、彼はホワイトアウト寸前のシルヴィーを振り向く。
少し急いた口調で告げた。
「帝都で待っているぞ、シルヴィー」
シルヴィーは瞬いた。
紙を発注したのだから、彼は伯爵家を知っている。当然シルヴィーの事も知っている。さきほどカーテシーをした際も「令嬢ならば当然」という感じだった。
一言から諸々察したシルヴィーは、彼に笑って頷いた。
「よろしくお願いします」
彼も笑んだ。
「また会おう」
シルヴィーは目を覚ました。
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