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18 船
七月中旬。
シルヴィーは王都学園とクラスメイト達に別れを告げた。
翌朝には王都にも別れを告げて、港行きの快速列車に乗った。
学年の最終日、ジュリエットもトリスタンも登校しなかった。
大変残念な事にトリスタンは単位を二つも落とした。名門の学園では進級出来ないイコール退学となる。救済措置はない。
退学の場合、貴族の子息は普通学校に入ったりせず外国に遊学するのが一般的だ。きちんと留学したり、大学の入学資格試験に挑む者もいる。
トリスタンがどの道を選択するのかシルヴィーは把握していない。相談も報告も何もされていないので知りようがない。
最後まで挨拶も謝罪もないまま幼馴染達と別れた。
カマをかけて以来、ジュリエットはシルヴィーを避け続けた。余程占われたくない疚しい事があるとしか思えない。
警戒しなくても、占いのメイジことヒミカは対面して八卦を視なければ人を占えない。
――普通に鋭いお姉さんではあるけど。
魔法の有り無しとは無関係のスキルが、彼女にはある。
西沿岸部の港に到着した。
帝国との国境であるデュ・ムーリエ公爵領は、相変わらず危険レベル「レッド」につき陸路の選択肢はなかった。尤も、帝都に直結するレールの敷設は無い。悪魔の森が開発を阻んでいる。
それで森を迂回するルートではなく快適な船旅を選んだ。高額ながら今の領地は左団扇なので奮発した。
――有難うございます、ヴィッツ様。
感謝の念と共にシルヴィーは、帝国行き中型クルーズ船エムロード・プランセス号の乗り場に向かった。船は最新型で去年就航したばかり。乗船定員は二百人弱。三泊四日のクルーズ中、近隣二ヶ国に寄港する。
ターミナル施設内から各船まで渡り廊下とタラップが接続しているから、強い日差しも風雨も凌げる。
表示に従って通路を進んだ先は船のエントランスホールとなる。外のデッキではなく直接船内に入れる親切仕様は、近代の船ならでは。
個人的には鋼鉄製の動力船より、昔ながらの木造帆船の方が好ましい。鋼鉄の船ではボトルシップに出来ない。確実に可愛くない。普通の模型でいい。
つらつらと考えながらシルヴィーは船内に踏み込んだ。
エントランスホールは、厳粛な空気に包まれていた。
白い制服が横一列に並んでいる。彼らが客船クルーと似て非なる海軍軍人である事は、腰に帯びた拳銃から判別出来る。
実のところ、ターミナルのゲートを抜けた時点で妙な気がしていた。観光ハイシーズンなのに人気がなさ過ぎ。自分と同じ船に向かう者はゼロ。場所か時間を間違えているのかと思った。
「本当に船を間違えて……」
半ば独り言たシルヴィーの前に、整列を背負った女性が進み出た。
金糸まみれの軍服を纏った、高貴な女性だ。
「間違えていないよ、シルヴィー。貴女が乗船するのはこの王室専用船だ」
シルヴィーは惚けた後、慌てて一歩下がった。彼女にはスカートを摘まむカーテシーではなく、デビュタントボール以来となる王族向けの礼を取らねばならない。
「第一王女殿下」
膝を折ったシルヴィーの左右の肩を、王女の力強い手がそれぞれ掴んだ。
「どうか楽に。それよりも貴女には大事な話を聞いてもらわねばならない」
「は、はい……」
そろりと姿勢を正したシルヴィーは、改めて凛々しい王女と対面した。
第三皇子の妃候補から外れて帝都を去った王女は、陸軍士官学校を出て今は南方の海外領土に赴任している。
――カッコいいわ。
美しく聡明で国民から愛される存在で、シルヴィーも憧れていた。
そんな勇ましく忙しい王女が何故か自分を待っていた。
船内サロンに案内されたシルヴィーは、王女から途轍もない話を切り出された。
「王国の代表として、新たな第三皇子妃候補となってもらいたい」
シルヴィーは、まずは絶句した。
つまり王女のリベンジマッチの依頼だ。
王女は続けた。
「編入を決めた貴女ならば頭脳は問題ない。容姿も端麗で申し分なく、ご実家は帝国軍と商品取引を始めたとか」
その件で目を付けられるなんてシルヴィーは思いも寄らなかった。
「お、畏れながら王女殿下、取引の件は私の実力ではなくコネと申しますか」
「コネは実力だよ。様々な状況からして貴女は持っていると私は踏んだ。王室も貴女に期待している」
「――、――」
「すまない。今のは王命と言ってしまったも同然だな。しかし貴女をおいて他にないのも事実。王室としてはやはり皇室との強固な繋がりが欲しいのだ」
「で、ですが私は既に十七歳です。帝都学園に通うのも最終学年だけです」
「聞いたよ。誕生日は三月だったね」
「はい。仮にメイジの素養があったとして、残り半年足らずで開花はないかと」
「それは分からないよ。言った通り貴女は持っている。賭ける価値は充分ある」
「ですが……」
「それにメイジは妃の必須条件ではない。私は大いに期待を背負った王女であったから身を引いたが、貴女は違う」
「私ごときに、務まるとは……」
「ダメ元で行け、とは言えない。無論貴女には皇子妃になって欲しい。だがダメだったからとてペナルティはないし、王室からの多額の報奨金を約束しよう。とはいえ妃候補となれば国内外で大々的に報じられる事は避けられない。人の目や声を煩わしく感じる事だろう。私自身がそうだった」
「殿下……」
「私は王女だから辛抱もやむなしだった。だが貴女が辛抱する必要はない。脱落となってしまった場合、貴女の事は王室が守り、生活を支える。なんなら私のいる南方に来るか? 年末年始を南国ビーチで過ごすのはいいぞ」
王女の軽口に、シルヴィーは力なく笑った。
「南半球では、季節がひっくり返るのでしたね」
「そして食材が豊富で美味い。今度バニラを産地直送しよう」
話しながらも王女の心根が感じられた。
彼女は、自分の代わりに自国の令嬢を差し出す事を申し訳なく思っている。家臣の犠牲を「当然」と割り切らない。正義と慈悲と使命感の女性なのだ。
王命でなくても断り難い。
――断れない。
シルヴィーは留学を決意した時以上に腹を括った。
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