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19 申し訳ない
午後。
ジュリエットは、自宅のサロンでトリスタンを前にしていた。
「私ね、貴方との婚約を破棄しようと思ってるの」
「ちょ、ちょっと待ってよ。確かに落第はマズかったけど今から挽回して」
「国境の戦地にいるお父様への連絡はこれからだけど反対されないと思うわ。私は公爵令嬢で、貴方は伯爵家の跡取りだもの。次の相手はすぐ見付かるわよ」
「ジュリエット、僕は君を愛しているんだよ」
「知ってる。でもごめんなさい。私は貴方に愛情を感じた事って一度もないの」
「そんな……」
「そんな、って驚く事? 逆にどうして私が貴方を好きになると思ったの? シルヴィーから片想いされてると思ってたから? でも違うわよね、それ」
「あ、あいつは子供の頃から僕に惚れてたよ。最近になって他に気が移ったのかもしれないけど、昔は間違いなく」
「いいえ、今も昔もシルヴィーに好かれてたのは私だけよ。貴方は私を守るナイト仲間に過ぎなかったの。……考えてみればそうよね。シルヴィーが貴方を好きになる道理はなかったんだもの。なのに勘違いしてて私ったらバカね」
「な、な、なに?」
うろたえるトリスタンは昔から滑稽だ。
ジュリエットはふと閃いた。
「お願いを聞いてくれたら婚約破棄を考え直してあげてもいいわ」
「え、ホント?」
「調査して欲しいの、外国で」
「が、外国?」
「近場よ。帝国。そこに占いのメイジがいるからどんな魔法か調べて」
「メイジ?」
「うちの使用人を使うとお父様の目に付くから貴方の家が動いて。それと同時進行で捜して欲しい人もいる。こっちの方が大事かも」
「人捜し?」
首で頷いたジュリエットの顔が、窓を向いた。
「母方の遠縁。現住所は分からないけど、北のどこかよ。きっとね」
母の遠い祖先は、滅亡した北方巨大帝国の貴族だった。
革命の渦中、命辛々国から逃れる際に親戚は離散している。
ジュリエットの母の一家は、運良く王国に伝手があり亡命に成功した。
――同じ魔法を継承した女子の生き残りがいるかも。
奴隷化の魔法には一つ抜け道があると、母の日記に書いてあった。
同じ魔法を継承した女子、姉妹や従姉妹や再従姉妹がいて、それがメイジである場合は母親の代用に出来る。
要するに、代わりに死んでもらう事で再び奴隷を得る、もしくは奴隷を追加する事が出来る。直系でなくて良いのだ。残念ながら母方の女性陣は既に品切れ。
だから相当イチかバチかの賭けではある。仮に生き残りがいてもジュリエットと同じ「恩恵を受けた世代」、つまり「チャージ」状態なのでは意味がない。世代交代のサイクルがジュリエットの一族とズレている事が肝となる。
――生き残りを使って上手くやれば。
もう一度、シルヴィーを「幼馴染ファースト」に戻せる。
今更他の選択肢なんてない。互いによく知っているシルヴィーがいい。
――それに魔法大帝国に留学したのよ、私のシルヴィーは。
持ち物は立派なものに限る。
王室専用船は、国際線の航路を北上していた。
外のデッキに出たシルヴィーは、船を先導する武骨な軍艦二隻を眺める。
がっちりと守りを固めている。我ながらとんでもない事になってしまった。
王家の推薦を得て、正式に妃候補に名乗りを上げた。
帝国側からは「ご令嬢のご到着を心よりお待ち申し上げます」と回答があったと言う。歓迎されているような印象を受ける。それほどまでに皇室は、第三皇子の妃選びに難儀しているのだろうか。
――確か、唯一の妃候補が残ってる筈よね。
一人になった時点で決定、じゃないなんて手厳しい。あるいは唯一の一人はまだ幼いのかもしれない。
――どんなお姫様か後で聞いてみよう。
ライバル心などではなく単なる好奇心だ。
自国の王女が脱落した後、王国民はすっかり帝国皇子妃への関心を失ったから、帝都の情報はあまり王都に齎されなくなった。需要がないのでは、メディアのやる気も出ない。
伯爵家の令嬢が、王女の敵を取りに行く――。
――っていう見出しは絶対やめてね、新聞各社。
高確率で敵は取れない。
先輩たる王女は「気負わず、ありのままの貴女で臨めばいい」と言う。アドヴァイスされるまでもなくシルヴィーにはそうするしかない。無いものは無い。
皇子妃候補に名乗りを上げたからと言って、編入は取り消しにならない。
ただ引っ越し先は、センジュの自宅から皇城に変更となった。
――大事だわ。
そんな訳で、王女監修のもと皇室向けの作法を船内で叩き込まれている。
三泊四日でどこまで完成させられるか、不安しかない。
「完成度は二の次でいい。付け焼き刃は皇室とて承知だ」と王女は言い切った。
「大事なのは学ぼうとする姿勢だ。彼らは無知より無関心を嫌う」
関心ならある。無ければ留学しない。
シルヴィーはどうにか自分を騙して王女のレッスンに挑んだ。
休憩中の今、思う。
船からは、ホストファミリー予定だったセンジュに無線で連絡が行っている。彼は居候となるシルヴィーの為、元娘の部屋の壁紙を張り替えてくれたらしい。無駄になる。申し訳ない。
ヒミカとも夏季休暇中は帝都巡り、名所巡りをする約束があった。約束を果たせるかどうか分からない。
直近の恩人にも思いを馳せる。
「帝都で待っているぞ、シルヴィー」
「また会おう」
――ヴィッツ様とも、多分会えない。
若い男性と個人的に会う、なんて絶対に許されないだろう。
本当に申し訳ない――切ない。
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