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帝都編
21 稀な縁
皇室の馬車に乗り込んで以来、シルヴィーは姿勢良く車窓を眺めていた。
夢の彼ことヴィンツェンツが対面シートにいる。緊張しかしない。
レッドカーペットを辞する前、彼は王女と敬礼を交わしていた。
二人の間に負の感情や気まずさは一切見られず、むしろ戦友同士の久しぶりの再会みたいな爽やかさがあった。
だからこそ、惜しくも感じられた。
――折角お二人は信頼関係を築けていたのに、王女殿下は皇子殿下の妃候補から降りられたのね。
王室専用船のレッスン時、王女は「私なりのケジメだ」と語っていた。
「皇子殿下の事は尊敬している。だが異性として見た事は、……いやいい」
政略結婚で恋愛感情を求めるのは間違い、と思ったのだろう。
けれどシルヴィーは、王女に同調した。
――私も一途なトリスタンを信頼してたのに、恋愛感情は微塵も湧かなかった。
これは靄云々は関係ない。
王都学園時代、二学年上に第二王子がいた。半年だけ在籍期間が被った彼とは偶々選択した天体のクラスが同じで、よく席が隣になった。
王子はすぐに海軍に行ってしまったので大した交流など持てなかったものの、温和で生真面目な彼にシルヴィーは好印象を抱いた。多分、初恋だった。
大変な美男子でもあった王子は女生徒達の憧れで、密かに「初恋キラー」と呼ばれていた。ジュリエットの面倒を見ながら勉強に励んでいたシルヴィーに、恋愛をする余裕はなかったけれど。
第二王子には芽生えた淡い感情が、トリスタンには芽生えなかった。
ダメなものはダメって事だ。幼い自分がトリスタンに言った通り「食べ物の好き嫌いと同じで人の好き嫌いもどうにもならない」のだ。
「――シルヴィー」と静かな声音に呼ばれて、想念を終える。
「はい」と顔を向けたシルヴィーに、ヴィンツェンツは苦笑のような顔で切り出した。再会からずっと彼は苦笑してばかりいる。
「思わぬ形での再会となったが、そう肩肘張る事もないぞ。夢の中と同じように、とはいかんだろうがもっとリラックスしていい」
「はい。お気遣いに感謝致します、殿下」
「……さすがにヴィッツはないか」
「……さすがに、はい。ございません」
元々彼の愛称なら抵抗も少ないのに、単なる聞き間違いでは無礼過ぎる。
少し考える素振りをして、ヴィンツェンツは言った。
「二人の時はヴィッツと呼ぶか?」
「それはそれで切り替えに難儀しそうですが、頑張ってみたいと思います」
「いや頑張って欲しい訳では、――そうだな。王命を受けてここにいるのだよな、そなたは」
シルヴィーは瞬く。
ヴィンツェンツは一つ頷いて見せた。
「そなたが帝国留学を楽しみにしていた事を私は知っている。その学力や、恐らく帝国軍との取引が注目され、妃候補に選出されたのだろう事も時系列からして察しは付く。そなたが望んだのではない事も」
「いえ、あの、決して」
「分かっている。そなたが生半可な気持ちで妃候補を引き受けたなどとは思っていない。私はただ、こうして稀な縁が結ばれた事だし互いを知っていくのも悪くなかろうと言いたいだけなのだ」
シルヴィーは、それには賛同出来た。
「元より私は学ぶ為に帝国に参りました。殿下を知る事は帝国を知る事にも繋がります。――あ、いえ、殿下がついでという意味では断じてなく」
「だから、分かっている。そなたは従来通り自分の学びに励んでいいのだ。そなたが帝国で頑張らねばならない事とはそなたが極めたい学問だ。状況が変わっても本質は変わっていない。以前も今も私はそなたを応援している」
言い切った彼は、やっと苦笑ではない笑みを浮かべた。
シルヴィーは、心から感動した。
未だ彼の雰囲気には慣れないし畏れ多い。でも、それこそ本質は変わっていない。恩に恩で報いてくれた彼を信頼している。
――王女殿下も、きっとそうだったんだわ。
嫌になって妃候補を投げ出したのではない。彼への信頼は続いている。
だからこそ「行っておいで」とシルヴィーを送り出せた。彼なら大丈夫だ、と暗に告げていた。
シルヴィーは「お言葉有難く」と彼に一礼した。
「私ごときでは王女殿下に遠く及びませんが、存分に学ばせて頂きたいと思います」
ヴィンツェンツは、軽く瞬いた。
「急に王女が出てきたな」
「失礼致しました。殿下方を見聞きさせて頂き、お二人の信頼関係に感銘を受けました。王女殿下と同じ成果は難しくとも二国の為、私なりに努めて参ります」
再びシルヴィーは首を垂れた。
顔を上げた先で、ヴィンツェンツが変な顔をしていた。
「……そなた、もしや王女と自分を比べているのか?」
「比べるのも畏れ多いことです。ものが違います」
「違う人物なのは間違いない。それゆえ比較など出来んし無意味だ。私はそなたに伸び伸びと過ごして欲しいのだが……」
「承知しております。お心遣いに感謝致します」
「……何か違う気がする。まさかとは思うが、私と王女の仲を勘繰っていないだろうな。信頼関係は確かにあるが、それは同業者同士の至って軽めのものだぞ。彼女とだけ築かれている訳でもない」
「左様で」と頷きつつシルヴィーは密かに笑んだ。
いつだかの夢で、彼が友人数を指折りにしていた姿が浮かんだ。
シルヴィーの笑みに毒気を抜かれたのか、ヴィンツェンツは少々前のめりになっていた姿勢を正した。
「頑張らねばならんのは私の方だ……」
低い呟き声を、シルヴィーはきちんと耳で拾えなかった。帝国産の馬車はクールなブラックカラーで巨大で頑丈ながら走行音は消せない。その事情はどこ産であっても同じだった。
馬車は駅のロータリーに入った。
ここから一行は皇室専用車両に乗り、帝都に向かう。
快速につき五分弱で着く。帝都の駅から皇城までは更に馬車で十分。
あと十五分かそこらでシルヴィーは玉座を前にする。
またちょっと、吐き気を催して来た。
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