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帝都編
22 皇城
皇城に着いたシルヴィーは、皇帝への謁見前に着替えをする段取りになっていた。
まさか学校の制服で玉座の間に向かうなど有り得ないし、旅仕様のヘアメイクも整えたいと思っていた。
ところがその予定を、ヴィンツェンツが「要らんだろう」と一蹴した。
「私は、夢で見慣れたそなたの制服姿をぜひ家族にも見てもらいたい」
主観が過ぎる理由と言えど、下位のシルヴィーが否と返せる筈もなかった。
彼が「それがいい」と言うならそれでいいのだ。
新年度からは城からの通学になる。皇族の目に触れる機会があるかもしれない。予告だと思う事にする。
ヴィンツェンツの早足に続いて、広く高く長い廊下を進む。床や壁の大理石が眩しい。良い産地を保有しているらしい。
ふと、ヴィンツェンツが半歩後から付いて来るそそくさとした気配に気付いた。
「すまん。速度を落とす」
「大丈夫です。素晴らしい建築に気を取られ、もたついてしまっただけなので」
「そこまで気が回らなかった。存分に見てくれ。今日からそなたの家だ」
気を遣って言ったつもりが余計気を遣われる羽目になり、シルヴィーは覇気のない笑みを浮かべるしかなかった。
正面玄関から玉座の間まで、たっぷり二十分かけて歩いた。
左右に開かれた巨大な門を潜ると、玉座へと続く長い長いレッドカーペットが訪問者を出迎えた。
二脚の玉座には皇帝と皇后がそれぞれ腰掛けていた。皇帝の背後には皇子達が控えている。
こちらの接近を待たず皇帝が発した。
「遠路、大儀であったなシルヴィーよ。近くに参れ。ヴィンツェンツ、彼女の手を引いてやらんか」
「は」
ヴィンツェンツが少し体を回してシルヴィーを向き、片手を差し出す。
馬車の乗降時にも思ったけれど大きな手だ。彼と手を重ねたシルヴィーは、促されるがままレッドカーペットを直進した。
緊張マックスで頭が真っ白になりかけている。軍港でも衝撃のあまり、きちんと彼にお辞儀する事が出来なかった。
今度こそという意気込みが、すべき事を思い出させる。
五段上にある玉座を前にしたシルヴィーは、彼の手を放してまずは皇帝夫妻に付け焼き刃のお辞儀を披露した。
玉座の二人は頷き、皇后の方は笑みを湛えた。相当の銀髪美人だ。ヴィンツェンツと面影が重なる。
皇帝の傍らに立つ皇子もヴィンツェンツとよく似ている。位置関係からして皇太子だろう。目線をそよがせながら、シルヴィーは皇子らにも膝を落として見せた。
皇太子は皇后そっくりの笑みを浮かべ、彼の隣の恐らく第二皇子は皇帝と同じく無表情ながらも顎を引いて応えた。
超が付く高貴な人々の目が、シルヴィーに一点集中している。
玉座から「此度はよくぞ参った。皇室はそなたを歓迎する――」と有難いお言葉が発せられている。
シルヴィーは聞く姿勢を取りつつも右から左になっていた。現実離れした状況の所為で頭に上手く入って来ない。
入って来ないまま謁見は終わった。
シルヴィーには、城内に個室が与えられた。
三階の南東側で日当たりがいい。ただし上層階は皇族のプライベートエリアにつき騒音厳禁。窓を開け放っての下手な楽器演奏や歌唱など以ての外だ。
晩餐会まで荷解きと休憩の時間を貰った。正直、解くほどの荷物はない。ホストファミリー予定だったセンジュから「不足があっても娘の物を使えばいい」と言われていた事もあって、かなり適当な荷造りをした。
部屋には侍女が二名、控えている。どちらも若く美しい。美人の国なのは知っていた。銀色に近い髪色は、同じ金髪でもシルヴィーとは色味が違う。無表情なのでクールに見える。
シルヴィーは、おずおずと彼女達に切り出した。
「あの、城下でお買い物とか出来るんでしょうか?」
二人揃って苦笑した。一方が口を開いた。
「出来ますとも。囚人じゃないんですから――失礼致しました」
「いいんです。むしろ率直なご意見が欲しいです。外国人には必要です」
「シルヴィー様のご要望とあらば喜んで」
二人共クール系に見えてフレンドリーだった。良かった。
室内を探索させてもらって、隣接するバスルームに基礎化粧品が一式揃っているのを確認した。王国産とは有難い。拘りは無くとも、メーカーが変わると肌に合わなかったりするので懸念はあった。
安堵のシルヴィーに、侍女の一人が小首を傾げた。
「お化粧品よりもお食事がご心配ですよね?」
図星を突かれたシルヴィーは、笑みで答えた。
「好き嫌いはないので大丈夫です」
そうですかあ、と二人は笑みを浮かべた。
シルヴィーは笑みの下で「多分、大丈夫。大丈夫……」と念じる。
担任教師の声を脳内に聞いた。
「北国のパンはかなりズシッとしてるよ」
ズシッとしてても大丈夫だ。
ノックが鳴った。
入って来たのは侍従で、晩餐会のメニューを確認したいと言う。
「アレルギーや好き嫌いがあればお申し付けください。前菜、メインディッシュ、デザート、ドリンクの選択はこちらから……」
シルヴィーは内心に快哉を叫んだ。メニュー表は完璧だった。あまり期待していなかった分喜びは大きい。
考えてみれば、三人いるという宮廷シェフの一人はセンジュだ。完璧なメニューに決まっている。
今や宮廷料理も多国籍。良い時代になった。
夕方五時前。
ドレスアップとメイクアップを済ませたシルヴィーは、ソファーからさっと立ち上がった。王国から持参したブルー系のドレスは軽くて動き易い。おやつを控えたからお腹ペコペコだ。
廊下に出ると、ヴィンツェンツが待ち構えていた。
不意打ちに固まるシルヴィーを暫く眺め、彼は軽く首を傾げた。
「見違えた」
「――え?」
「学生服は幼く見える。靴も踵が低く、甲に留め具が付いていた」
学校指定のシューズは甲ストラップで爪先が円い。確かに幼く見えるだろう、とシルヴィーは納得する。
観察を終え、ヴィンツェンツは踵を返した。
「では行こう。そなたはウナギを食うのだったな」
「――私が選んだメインディッシュをご存知で?」
「私は牛フィレのステーキにした」
「――美味しそうですね、フィレ……」
シルヴィーはぎくしゃくと彼の後に続いた。
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