靄が晴れましたので、

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帝都編

23 凄い一日




「皇帝の大食卓」なる食堂に通されたシルヴィーは、長い長いテーブルの真ん中辺りの席に着いた。
案内を終えたヴィンツェンツはシルヴィーから離れ、上座から近い位置で椅子を引かれている。シルヴィーの斜め前の位置なのだけれど、テーブル中央に巨大な金の燭台が置かれている為、少し体を傾けないと目は合わない。いや緊張するから合わなくていい。
見える範囲の同席者らと会釈を交わして、一人に目が留まった。
美少女という言葉がぴったりの銀髪女性。ヴィンツェンツと逆サイドの斜め前に位置しているものの、こちら側には巨大な花があってやはり目線は合い難い。
この場で最もシルヴィーと年が近いのは彼女だと思われる。

――もう一人の妃候補の方?

花の隙間で目が合った気がして、軽く瞼を伏せて会釈してみる。
目を上げた時には、彼女はこちらを見ていなかった。気の所為だったようだ。
三泊四日の船旅中、王女から「対抗馬」について少し教わった。

「愛らしい姫だが幼く、あまり体力がない。だが古株侯爵家の出という事もあり矜持は山より高く、王国出身の私は毛嫌いされていた。陰でメスライオンと言われた事もあったな。ははは」

ははは、で済ませる王女は懐が深い。的外れな形容だから聞き流せたのだろう。王国が誇る彼女は強く、美しい。

皇帝の合図で各々グラスを掲げて乾杯し、前菜が供された。
皿の出来栄えを見て、シルヴィーは緩みそうな口元を努めて引き締めた。「これ絶対センジュさん監修か彼のお弟子さん作でしょ」と思った。



ティザン(ハーブティ)を飲み干して、シルヴィーは食卓を辞した。
自分を歓迎する晩餐なのに真っ先に席を立つのは失礼なのだけれど、長旅を配慮してもらえたので甘える事にした。
「疲れておろう。下がってよいぞ」と言ってくれたのは皇后だった。
その際、ヴィンツェンツが口を開け閉めしていた。出遅れた人の挙動、という風に見えた。その気遣いが有難く、尊いのだ。シルヴィーは高貴な母子どちらに対しても感謝した。

部屋に下がった後、バスルームを使わせてもらった。
「美髪係でもあります」と張り切る侍女に身を委ね、バスタブでうとうとしている内に風呂は終わった。
ベッドに入る前、シルヴィーは小さな菓子を紙に包んでネグリジェのポケットに仕舞った。寝返りを打って砕けないよう裾を少し開いて横になる。

――会えますように。

相当疲れていたようで、消灯するや否やすぐに眠りに落ちた。
落ちた先は、白い霧の森になっていた。



「はい、フロランタン。帝国ではフロレンティーナだね」

部屋のコーヒーテーブルにあった焼き菓子をウサギにお裾分けする。
ウサギは、差し出された四角い菓子を受け取ってむしゃむしゃと頬張り始めた。
会うのは航海前日以来、四日ぶりとなる。夢路が交わるスパンはデタラメで規則性がない。
不便に思うし、あげられなかったお菓子や玩具が手元に残った朝は切ない。
でもだからこそ会えると死ぬほど嬉しい。

「これってファン心理?」

首を傾げたシルヴィーの背中に「何の話だ」と声が発した。
ヴィンツェンツの接近を見るや、ウサギはささっと身を低くして後退りした。でもまだむしゃむしゃしているから本格的に逃走出来ない。
「お菓子を棄てて逃げるか。逃げるのを諦めて完食するか」と究極の選択を迫られているのが分かる。
後ろ足でじりじりしながらむしゃむしゃを続ける忙しいウサギに、ヴィンツェンツは距離を取った上で苦笑して見せた。

「すまなかったな、ウサギよ。もう追い回したり怒鳴り付けたりせんから、今までの事は水に流して欲しい」

ウサギは「ほう?」という風に首を傾げた。むしゃむしゃはやめない。
半信半疑ながらも警戒態勢を幾分解いたようで、切り株に腰掛けたシルヴィーの足元に身を寄せる。
「私が盾になるよ」とシルヴィーが言うと、また小首を傾げた。彼より弱そうなシルヴィーを頼りなく思ったのかもしれない。
ともあれウサギが留まったのを見届け、ヴィンツェンツは池の畔に腰を下ろした。

「すっかり嫌われているな。以前そなたが言った通りだ」
「言いましたね」
「今日は、ご苦労だったな」
「凄い一日でした。ヴィッツ様がヴィンツェンツ殿下だったなんて」
「ここではヴィッツで構わんぞ」
「では殿下の夢ネームという事で」
「何だそれは……」

彼が呆れた声を出した時、おやつを終えたウサギがどこかに行った。
シルヴィーはわくわくと待つ。ヴィンツェンツは「なんだ?」という顔をしている。そう言えば指輪を取り戻した方法を教えていなかった。

「物々交換なんですよ。仲良し女子の法則です」
「よく分からんが助かった。父皇帝も感謝していた。母の形見が戻ったからな」
「そうでした。おばあちゃまの正体は皇太后様になるんでした。失礼な事をいっぱい言った気がします」
「構わん。祖母は些末な事を気にする人ではなかった。そなたと同じくこの夢を気に入り、存分に楽しんでいたのだぞ」
「気が合いそうです」
「そうだな。会わせてやりたかった」
「まさかのウサちゃんが、おばあちゃまを連れて来たり?」
「祖母のゼーレ(魂)か。そんなものがこの世にあるのかどうか見当も付かん」

ウサギが戻って来た。皇太后のゼーレではなく小さな青い花を銜えている。
シルヴィーとヴィンツェンツは、同じ笑みを浮かべた。
やはり夢の中はフランクでいられるから、楽しい。





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