24 / 86
帝都編
24 誤解
濃霧に呑まれる前、シルヴィーは「では、おはようございまーす」と笑ってヴィンツェンツに別れを告げた。
彼は「うむ? うむ」と頷いた。
起床したシルヴィーは、朝食の席に向かう途中の廊下でヴィンツェンツに遭遇、いや再会した。
「……お、はようございます」
「既に聞いたが、うむ」
彼は涼しい顔でまた頷いた。恥ずかしいのはシルヴィーだけだ。
会った流れで急遽、皇族の食卓に招かれる事になった。本来食卓は別々なのだ。妃候補だからと言って皇族の仲間入りをした訳ではない。皇族らも三食を毎回全員一斉に取っている訳ではないと言う。
「今は休暇期間ゆえ皆の時間を合わせ易いのだ」とヴィンツェンツは告げた。
「そういう訳でそなたも暫く付き合ってくれ。学校が始まった後も朝から疲れさせたりはせんから」
「いえ、そんな……」
シルヴィーは覇気のない笑みの下で胸を撫で下ろした。正直、助かる。
食卓は、昨晩の半分以下しか席が埋まっていなかった。
出勤、若しくはバカンスで、皇帝一家からは皇太子と第二皇子の姿がそれぞれの妃と共に消えていた。皇太子がバカンス休暇に入り、第二皇子が兄の抜けた穴を埋めている。
ヴィンツェンツも兄皇子をフォローするそうだけれど、厳密には彼も休暇中らしいのでほどほどでいいそうだ。
「兄の手伝いよりも、私にはすべき事がある」
そう言ったヴィンツェンツは食後、シルヴィーを「城内ツアー」に誘った。
「色々な施設があって中々楽しい城だぞ」
「それはそれは。頑張って覚えますね……」
皇城のサイズ自体は王国の宮殿とさして差はない。ただ、とにかく敷地面積が広大過ぎる。敷地内に森と野原と湖がある。どれも巨大だ。宮殿にも森はあるけれど天然物ではなく人工物だし、運河はあれど湖はない。
偶に城の敷地内で遭難者が出るという話だからスケールが違う。
「帝都を出ずとも野掛や乗馬を満喫出来るのだ」とヴィンツェンツはちょっと誇らし気に語った。
「そなた、馬には乗れるか?」
「一応、学校の授業で習いました。難しいコースでなければ大丈夫です」
「残念ながらここには初心者に優しくないコースしかない。しかし私の馬に乗せてやるから安心していい」
「それはそれは……」
楽し気にツアコンをしているヴィンツェンツに、シルヴィーはちょっと引き攣った笑みを向けた。
庭なのか草原なのか分からない緑の絨毯の隅に白い石柱で囲まれたパヴィヨン、もといガゼボがあった。丸い屋根は積雪対策っぽい。
大理石の円い椅子を勧められたシルヴィーは、石のテーブルセットで彼と向かい合った。朝からずっと気になって仕方がない件を切り出す。
「殿下、――エレオノーレ様の事なのですが」
エレオノーレ・フォン・ロンネフェルト――帝国の名門侯爵家の令嬢にして対抗馬の名である。
彼女は朝食の席にいなかった。紹介されていないので、晩餐時に見かけた美少女が正しくエレオノーレだった保証はないけれど、今朝の食卓に居合わせた人物の顔と名前は全て頭に入っている。消去法で彼女の不在を確認した。
「エレオノーレ様はあまり体力をお持ちでない方だと伺っております。もしかしてお加減がよろしくないのでしょうか? 朝食にも、このお城ツアーにも参加されていらっしゃらないですし……」
シルヴィーは、暗に「貴方のツアコンは私だけのスペシャル・オプションとかじゃないですよね?」と問うていた。多少は恩のある外国人だからとあまり特別扱いされるのは居た堪れない。
妃候補との交流は分け隔てなくであって欲しい。少なくともシルヴィーは誰かを蹴落としに来たのではない。
ヴィンツェンツは軽く瞬き、軽く首を傾げた。
「確かに彼女は少し弱いが心配は要らん。大規模な晩餐会以外では滅多に顔を出さんのだ」
「そうなんですか。マイペースな方なんですね」
「食物アレルギーに加え、好き嫌いの多い娘ゆえ遠慮しているらしい」
「とてもわきまえていらっしゃるんですね」
王女から「幼い、矜持が高い」と教わっていたシルヴィーは意外に思った。
見苦しい部分を人様に晒さない姿勢は好ましい。
ヴィンツェンツは、また瞬いた。
「昨日と言い、そなたは急に他の人間の名を出す」
「申し訳ありません。脈絡が無いのは夢でも現実でも同じです」
「それは別に構わんのだが、――まさかエレオノーレを気にしているのか?」
「勿論気にしています」
シルヴィーがすんなり同意するや否や、彼はテーブルに半ば前のめりになった。
「誤解だ」
「え、……私は今、何を誤解していると思われているんでしょう?」
「彼女とは何でもない。そもそも彼女は違うのだ」
「……もう何がなにやら」
「順を追って説明する」
ぜひそうして欲しい。シルヴィーは目を丸くしたまま頷いた。
驚くべき事実を聞かされた。
エレオノーレは実質、ヴィンツェンツの妃候補ではないと言う。
事実を知る者は城内のごく少数に限られている。王国の王女も与り知らない情報であった事は明白。知っていれば彼女はシルヴィーに伝えた筈だ。
「厄介な事情が絡んでいてな」とヴィンツェンツは両腕を組み、微かに唸った。
「彼女は実家の侯爵家で虐待されていたらしく、下手に帰せんのだ。それゆえ表向きは妃候補として城に置き、実際には保護している」
厄介というか大問題だ、とシルヴィーは惚けるしかなかった。
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。