靄が晴れましたので、

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帝都編

27 再会




来週には、シルヴィーの妃教育が始まる。
同じタイミングで世間に新妃候補の誕生が発表される。

妃教育と言っても何かとんでもない試練が与えられるとかではなく、侍女達曰く基本的には「ダンス&マナー講座」らしい。

「最も難儀されるのは帝国語でのフォーマルな会話術でしょうね。帝国民であってもフツーに出来ません」

国がどこであれ、フォーマル会話が困難な事情は同じだ。
母国の海峡越しの隣国は凄まじい。彼らの言語、通称クイーンズは世界一使用されているにも拘わらず全然易くない。階級で使う単語すら異なるのだ。
王都学園では、近隣四ヵ国の外国語が必修だった。
どの外国語にしろ完璧とは言えないシルヴィーは、今から緊張している。

妃教育が本格始動する前週は、自由に過ごして良かった。
それでやっとシルヴィーは、センジュとヒミカとの再会が叶った。
親子で別々に会った。センジュと会うには宮廷のキッチンに行くだけで良かった。
ヒミカには皇城に来てもらった。
バルコニー席で向かい合ったヒミカは「実は」と苦笑がてら切り出した。

「わたくし、エキスポでスカウト的な事をしておりまして」
「薄々察していました。留学を勧めてくださったのはヒミカさんでしたから」
「そして王女殿下の敵討ちを勧めたのもわたくしでございます」
「もしかして、今の状況を八卦で読んでいらっしゃった?」
「いいえ、ここに至ったのは完全にシルヴィー様ご自身の選択の結果であり、徳であり実力です。わたくしはあくまでも学校からの依頼で、有望そうな学生を集めていたに過ぎません。妃候補については思い付きと言いますか、単なる勘でした」
「ヒミカさんは普通の勘も鋭いですもんね」

八卦要らず、とシルヴィーは密かに想念した。

皇城の許可を得て、ヒミカとの外出も叶えられた。
帝都を出る事はさすがに控えたシルヴィーは、土曜日にヒミカとの城下散策に出掛ける事になった。
出掛ける際、ヴィンツェンツがエントランスホールまで見送りに来た。

「女子会とやらを楽しんで来るといい」
「はい。許可して頂き有難うございます」
「今後もそなたは自由に何でも出来る。前にも言った通り、伸び伸びと過ごして欲しいのだ」

シルヴィーは笑み、彼に頷いた。
ヴィンツェンツは「しかし」と両腕を組んだ。

「私が参加出来んイベントというのは、ちょっと疎外感を感じる」

思わず噴き出したシルヴィーは、辛うじて声を堪えて笑い出した。
ヴィンツェンツは瞬き、決まりが悪そうに目を逸らした。

「いつも笑っていて欲しいとは思うのだが――そなた、笑い過ぎだ」

彼の手がシルヴィーの上下する肩を掴んで、軽く左右に揺する。
シルヴィーは笑いを収めつつ「申し訳ありません」とどうにか謝罪した。

ヴィンツェンツに見送られて馬車に乗り込む。その立派な車体には皇家の紋章など貼り付けられていない。まだ面が割れていないとはいえ、関係者となったのでお忍びだ。
シルヴィーは車窓越しにヴィンツェンツと目を合わせて、会釈をする。
「行って参ります」と口の動きだけで告げると、彼は頷いた。車体を叩き、出発を促す。
動き出した馬車の中で、シルヴィーは可能な限りヴィンツェンツに頭を下げ続けた。伏せた顔の下は笑みになっていた。
夢でも現実でも彼は面白い。素敵な人だ。



二泊三日の船旅を経て、トリスタンは帝国に上陸した。
バカンス期間中と言う事もあり陸路も海路も混雑している。お陰で大型客船の一番いい部屋が取れなかった。辛うじてオーシャンビューではあったけれど。
多少、今だけの恩恵もある。外国人のトリスタンが街中をうろついていても目立たない。尤も帝国はインターナショナル化が進んでいて、移民も多い。
世界各地のメイジが魔法最先端の帝都に集まる。王都にも芸術家が集まる有名な丘がある。
才能の集結が発展を促す理屈は、どの分野にも共通する。

「にしても人間が多いな……」

港も駅も街も人間まみれでトリスタンはうんざりしていた。
従者の一人は、母方が帝国の辺境出身なので「これが普通ですよ」と平然としている。
帝国と王国の辺境に挟まれた危険な森林地帯は、トリスタンが王都を留守にしている間に平和を取り戻したという話だ。

「脅威がなくなって、公爵は王都に帰って来たかな……」

戻った父がジュリエットに「退学の令息など切り捨ててしまえ」とか言っていない事を祈る。こうして依頼を引き受けている以上ジュリエットが父親に従う筈はないし、公爵も何だかんだ娘に甘い、から大丈夫。多分。

「でなきゃ、こんなところまで来た意味がない……」

もう一人の従者が「はい?」と聞き返した。こっちは道案内でも通訳でもないただの護衛なので、五感が優れているだけの筋肉バカだ。
何でもない、と近寄った相手の顔を手で払ったトリスタンは、大通りを歩いた。人捜しが得意だという探偵事務所を目指している。
帝都の街並みは、鉄やガラスを多く使った近代建築が目立つ。その合間に中世時代の城塞や巨大な大聖堂が点在し、不思議な調和を生んでいる。
やや高台に建つ皇城も巨大で、淡い色味の青空の下ではグレイカラーに見える。大聖堂と言い街中はグレイばかり。帝国のイメージとして浮かぶオレンジカラーの屋根と木組みの家は見かけていない。
王都とは全く違う。圧倒されるスケールながら煌びやかさはなく、武骨で鉄臭い感じは好きになれない。
食事のマズさは周知の事実……と想念した時、車道の先に知った顔を認めた。

「……シルヴィー?」

ヤバいと思うよりも見惚れた。
彼女は嘗て見た事のない輝く笑顔で、東洋女と楽し気に歩いていた。





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