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帝都編
28 何の話
シルヴィーは、ヒミカの通い付けのコーヒーハウスに入るところだった。
ガラス製の扉を開いたヒミカが「この店は冬のハイスショコラーデ(ホットチョコレート)も美味しいんですよ」と言いながら、シルヴィーに先を譲る。
会釈で頷いて、シルヴィーは店内に向かった。
その背中を「シルヴィー」と呼び止められた。
シルヴィーが振り返るより先に、ヒミカが動いた。
背後の輩の顔面に裏拳をビシッと突き出す。
「なんだ、お前は」
「お、お、お、お前がなんだよ!」
眼前の拳に危うく鼻をへし折られかけ、トリスタンは仰け反って慌てた。
シルヴィーは惚けた。
「トリスタン? 貴方も帝都に来てたの?」
さっと攻撃姿勢を解いたヒミカが「お知り合いで?」と鋭く問う。
シルヴィーはぎこちなく頷いた。
「幼馴染の一人です。ええと、彼は幼馴染の婚約者でもあります」
「幼馴染様の? そうですか……」
納得するヒミカの慇懃な態度を見て、トリスタンは襟を正しつつ「ふん」と鼻を鳴らした。
「物騒な女護衛を付けてるんだな、シルヴィー」
「……彼女は護衛ではなくて恩人で友人よ。私は勝手に親友だと思ってるわ」
言って振り向いたシルヴィーに、ヒミカは「勿体ないお言葉」と笑んだ。
「なんでもいいよ」とトリスタンは東洋人の彼女に関心がなかった。
「それより折角会ったんだからさ、食事でもしようよ」
シルヴィーは彼の言う「それより」の意味が分からなかった。
「悪いけど彼女との約束が優先なの。そもそも貴方はここで何をしてるの? 観光?」
「そう、だよ? なんたって今はバカンス期間中だからね」
「……そうね」
怪しい、とシルヴィーは思った。
チラリとヒミカに目を向けると、彼女は頷いた。
「わたくしめも同席してよろしいのであれば、幼馴染様もどうぞ」
上からに聞こえるヒミカの言い様に、トリスタンはムスッとした。
「ついでなのはアンタの方だけどね」
「ああ、はい。それでようございます」
ヒミカは大人だなと感心する一方で、シルヴィーは羞恥心に苛まれた。一応トリスタンは幼馴染なので。
川沿いのテラス席を陣取る。トリスタンの従者とやらを表に待たせている。用事はさっさと済ませた方が良さそうだ。
オーダー後、ヒミカが徐に膝の上で冊子を開いた。
「わたくしに構わず、どうぞお二人でお話ししていてください」
シルヴィーはただ頷き、トリスタンは顔を顰めた。
シルヴィーの方に体を傾けて声を潜める。
「……態度の悪い護衛だね」
「それは貴方の方でしょ。彼女は気を遣ってくれてるのよ」
「気を遣ってるなら同席しないって」
距離が出来るのはマズいからだ、とはシルヴィーは勿論告げなかった。
浮かせた雑誌の下で、ヒミカは八卦を出している。
テーブル一つ分の距離までが彼女の知覚エリア「領域」なのだと以前聞いた。
――カッコいいなあ、領域……。
億に一つもメイジになれたらシルヴィーも「領域!」とか言ってみたい。
コーヒーを飲む間、トリスタンは実に訳の分からない話をしていた。
「君と再会して僕は気付いた。ジュリエットは僕の運命の女性じゃなかった」
「……一途だけが、貴方の唯一にして一番の良いところだったのに」
「君、長らくジュリエットみたいな恰好をしていただろう? 似合いもしないフリフリのリボンくっ付けてさ。でも今は凄く洗練されてる。君は可愛い系じゃなくて綺麗系なんだよ。収まるべきところに収まったんだよ」
「……これって何の話なの?」
「分かったんだよ、僕は。ジュリエットは君を不格好にする事で引き立て役にしていたんだ。僕はずっと彼女の策略にまんまと嵌って君をきちんと見ていなかった。本当に情けないよ」
「…………」
今の話を聞いてシルヴィーは「それと似た策略の人を知ってるわよ」と思った。
トリスタン自身だ。シルヴィーを「片想い要員」にする事で自分の価値を上げようとした。自分の事は棚上げらしい。
シルヴィーは呆れ返り、視界の端でヒミカを見た。
難しい顔をしている。何かダメなものでも視えているのだろうか。
シルヴィーの視線に気付くと「もう時間稼ぎは結構です」と言う風に頷いた。
目で頷き返して、シルヴィーはトリスタンに意識を戻した。
「なんだかよく分からないけど、貴方の気持ちがジュリエットから離れても私には関係ないわ」
「僕らは幼馴染だろう。よく知ってる仲の僕らならお互いを支え合える良いパートナーになれると思うんだよね」
彼から一方的に凭れかかられる予感しかしない。
ひょっとしたら彼は、ジュリエットに婚約を破棄されたのかもしれない。それで次の婚約者として便利なシルヴィーに目を付けた。
事情がなんであれ、彼をパートナーにする事だけは絶対に有り得ない。知り抜いているからこそ言い切れる。
シルヴィーは嘆息した。
「貴方、うちの紙を切った事忘れてるでしょ」
「ほんの少しの間だろ。しかも再契約してくれないのはそっちだし」
「当たり前でしょ。信頼出来ない相手とまた取引したいなんて誰が考えるの」
「意地が悪いよ。でも僕らが結婚すれば解決するよね」
「過去は変えられないし解決も結婚もしないわ」
コーヒーを飲み干して席を立つ。
「ここは私の奢りね。幼馴染のよしみ」
「まだ話は」
「貴方と言いジュリエットと言い、ごめんなさいが言えないわよね」
「何だよ。何をそんなに怒ってるんだよ」
「……もういいわ。さよなら」
最後まで彼らには白けさせられた。
踵を返したシルヴィーにヒミカが続く。
「おい」と追い縋るトリスタンは、ぎろりと振り返ったヒミカに怯む。
「な、なんだよ。折角この僕が――」
テラスから騒々しい店内に入ったので、トリスタンの声はシルヴィーの耳には届かなかった。
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