靄が晴れましたので、

C t R

文字の大きさ
29 / 86
帝都編

29 妙な感じ




一人テラス席に取り残されたトリスタンは、コーヒーを前に熟慮に耽っていた。
子供時代、シルヴィーに頭を撫でられた事を思い出す。
女子から優しくされたのはあれが最初で最後だ。モテないからなのではない。言っておくがトリスタンはイケている。美形だしスタイルも良い。
ただ、ジュリエットに張り付いていたから他の女子が近付いて来る筈はなかった。
シルヴィーだけは、何があってもトリスタンの傍にいてくれた。ジュリエットと婚約した後でさえ彼女は変わらずトリスタンを支えてくれた。

――これから先もシルヴィーに支えられて暮らしたい。

もう一度、頭を撫でて欲しい。
思えばジュリエットから思いやりの欠片だって感じた事はない。彼女は自分の事しか考えられない。涙を浮かべて「無理」だの「出来ない」だの弱音を吐いてシルヴィーに迷惑をかけるばかり。トリスタンも随分と時間と労力を無駄にして来た。
ジュリエットというまやかしの星が輝いていた所為で、トリスタンはシルヴィーの真の魅力に気付けなかった。
ジュリエットが邪魔をしていた。子供の頃から続く病弱はさすがに本当だろうけれど、仮病も交じっていたに違いない。嘘吐きの上級者は、真実に嘘を交ぜると言うではないか。
親戚だか何だかの捜索は一先ず続ける。ジュリエットの為だからこそ実家は旅費を出してくれたのだ。でも同時進行でシルヴィーとも接触を図る。
シルヴィーと結婚出来るならば、ジュリエットなんて要らない――。

ふと、トリスタンの脳裏に東洋女の容貌が過ぎる。
王都のエキスポ会場に来ていた占いのメイジも、確か東洋女だという話だった。
「対面しなければ人を占えない」能力だと知って、ジュリエットが「遭遇しなければいいのね!」とえらくはしゃいでいた。

――まあ、別人だろうけど。

さっきのは占い師じゃない。物騒な女護衛だ。



シルヴィーは、ヒミカの案内でコーヒーハウスから老舗の自家焙煎カフェに移動した。こちらも彼女の行き付けだと言う。
店内の奥の席で向かい合うなり、彼女はシルヴィーに額を寄せた。

「先ほどのトリスタン様ですが、妙な感じの野郎です」
「やろう……」
「失礼しました。でも妙な感じの野郎でしたので」
「妙とは、一体」
「何か含むところがあってシルヴィー様に近付いたに違いないと警戒していた訳ですが、大変妙な事に一切の悪意が認められなかったのです」
「それは、彼が悪気なく嫌がらせをする人だからなのでは? 実際、私の実家は多大な迷惑を被りましたし」
「その際、彼はシルヴィー様を困らせてやろうと思った筈です。シルヴィー様のダメージになると理解した上での行動、つまり害意があったのです」
「そうですね。そうでなければ嫌がらせになりません。思い出したら腹が立ってきました……」
「お怒りは真っ当な感情ですので心置きなくどうぞ。わたくしの方は、彼の不気味さにドン引きでございます。今の彼はシルヴィー様に対して少しの害意も悪意もありません。害そうとも困らせようとも思っていない、むしろ好意だけです」
「……噓発見器要らずのヒミカさんがそう仰るならきっとそうなんでしょうけど、だとしたら確かに不気味です。やっぱり幼馴染にフラれたのかもしれません」
「その割には、彼から後ろめたさや打算じみた感情が汲み取れませんでした。彼は本当に純粋に、シルヴィー様をお慕いしています。少なくともわたくしにはそれしか読み取れませんでした」
「……そうですか。だったら凄く迷惑です。今更ですし、意味が分かりません」
「目が覚める切っ掛けがあったのでしょう。靄から解放されたシルヴィー様は確かに大変魅力的になられましたし、留学を果たされ一層輝いておられます。彼が惜しいと思うのはごく自然な感情かと」
「全然嬉しくないです」
「はい。あくまでも彼の事情など、シルヴィー様には関係のない事でございます」

丁度、コーヒーとピスタチオクリームのパルフェが来た。アイスのトッピングがミューズリー(シリアル)とは面白い。
スプーンを使いながら、シルヴィーは唸った。

「なんだか変な感じですけど、害意が無いなら放置で良いんでしょうか?」

コーヒーを供されたヒミカは、カップの取っ手を指先で挟んだ。

「皇子殿下には上げさせて頂きます」
「そう言えばヒミカさんって殿下とご面識は?」
「ございません。殿下は帝都にあまりいらっしゃいませんでしたから」
「なのに私に皇子妃を勧められたのですね? いえ文句を言っているのではなく」
「単純な疑問でございますよね、心得ております。先日、学校の依頼でエキスポにかこつけて人材発掘をしていたと申し上げましたが、依頼者はわたくしの夫でございまして」
「旦那様は先生でいらっしゃるんですね」
「東洋学者なるものですが帝国人です。その夫が十年ほど前、皇子殿下の所属する艦隊に通訳として乗り合わせたのだそうです。その縁もあって夫は、中々決まらない殿下の妃の件を案じていたのです」
「なるほど。――殿下も、陸軍の前に海軍にいたんですね」
「学校に通わず軍隊に入るのは英才教育の王族あるあるです」

シルヴィーは頷いた。母国の王子達もそうだった。
だから第二王子と半年だけでも在籍期間が被ったシルヴィーは、稀な体験をした事になる。
滅多に会えないのが王族だ。どれほど近代化が進んでもそれは変わらない。





感想 145

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね

との
恋愛
離婚したいのですか?  喜んでお受けします。 でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 伯爵様・・自滅の道を行ってません? まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。 収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。 (父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる) ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。