靄が晴れましたので、

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帝都編

30 号外




妃教育、初日。
最初の科目はダンスでもマナーでもフォーマル会話術でもなかった。

「わくわく楽しい魔法の基礎、でございます」

部屋に現れた女性講師は、シルヴィーにテキストを掲げて見せた。彼女が口にしたのはテキストのタイトルなのでふざけているとかではない。
シルヴィーは「よろしくお願いします」と彼女に一礼した。

「魔法の基礎」は王都学園でも習った。その内容は「こうして魔法は始まった」とか「こんな社会貢献をしている」とか、かなりざっくりとしていた。
ここではメイジ主体の内容となる。魔法学科に入ってからでも取れる。でも学び過ぎて悪い事はないので、おさらいと予習を兼ねる。
余談だが、母国の王女は帝都学園に在籍していなかった。既に大学入学資格を持っていた彼女は皇城で妃教育を受けつつ、帝国大学に通っていた。聴講だけだ。スキップ制度のない帝国では、十八歳以上でないと大学に入れない。
帝都学園にはスキップがない代わりに留年がある。中等教育を重視しているのだ。
女性講師は良く通る声で述べた。

「――ご存知の通り、魔法に魔法陣は不要です。五芒星のアレの事は中世時代の錬金術師達に心の中で敬礼しつつサクッと忘れてください。因みに、みだりにアレを描いてしまうと問題になる事はご存知ですね?」
「はい。――悪魔崇拝の容疑で逮捕されます」
「正解。では次。魔法に魔法陣は不要ですが、スペルは必要です。これは個々のメイジで異なる為、例えば私の使うスペルをこの場でシルヴィー様にお教えする事に意味はありません。同じ魔法を使うメイジ同士でも同じスペルにはなりません。魔法被りはあってもスペル被りはないのです」

シルヴィーは神妙に頷いた。
魔法被りのメイジ同士と言えば聖職者だろう。長らく宗教施設で共同生活を送る彼らとて魔法に至る経緯やバックグラウンドは各々で異なる。だから同じスペルにはならないと通説にある。
「魔法とは即ちスペル」――これをシルヴィーは知っていただけで実感したのはついこの頃だ。ヒミカとセンジュのスペルを実際に見聞きした。
ヒミカは八卦を出す際「エリア・ディベロップメント」とカッコよく呟いている。センジュの方は「ショクモツレンサ・ジャクニクキョウショク……」と結構長い。
スペルは念じるだけでも良い。呪うように強く、だ。
女性講師は言った。

「メイジ覚醒時、頭の中に言葉が浮かんでくる! という稀な体験をします」

シルヴィーは目を輝かせて内心「おおー」と唸った。
メイジになりたい訳ではないけれど「言葉が浮かんでくる」体験はしてみたい。
自分だけのスペル。それはどんな言葉だろう。

授業後、ヴィンツェンツが部屋に顔を出した。

「初回の感想は?」
「とても面白かったです」

声を弾ませたシルヴィーに、彼は「そうか」と唇の端で笑んだ。
笑顔が増えたなあ、とシルヴィーは密かに思う。気を遣ってくれているのだろう。
ヒミカの報告以来、皇城はトリスタンに監視を付けた。彼はどうもシルヴィーの現住所を探ろうとしているようで、学校にも問い合わせがあったと言う。
その際彼は「生き別れの弟」と名乗ったそうだから、シルヴィーは呆れるより脱力してしまった。何と言うか、トリスタンはトリスタンだ。
ヴィンツェンツも、トリスタンの動向を多少は気にしている感じだ。帝国皇子たる彼にしてみれば小物も小物の相手なのだけれど。
夢の中で、彼は言っていた。

「同級生の男とやらは幼馴染、なのだろう」
「小さい頃から知っている男子なので、はい、そうです」
「……例えばの話だが」
「はい」
「そいつがそなたの初恋、という事は……」
「あ、ないです」
「そうか。何よりだ」
「第二王子殿下ですから」
「そ、――また急に他の人間が出てきたな。第二王子が何と申した?」
「初恋です。うろ覚えの恋ですけどね」
「――――王国の第二王子、知らんな」
「あら、殿下同士にご面識は?」
「ない。だが、何か適当な理由を付けて城に呼び出してくれよう」
「バカンス中の今は勘弁してあげましょうよ」
「――何故、それほどまでに王子を庇う。未練か。そうなのか」
「今のは対象がどなた様であっても庇う場面でしょう。自分がされて嫌な事は人様にもしちゃいけないんですよ」
「……私は、間違っていた」
「誰しも間違えます。あ、ウサちゃん。はい、城下のお土産」
「……いや、私は正しい。私は間違っていない」
「お土産にお返しは要らないんだよ。なでなでさせてくれればOK」
「私は、――」

シルヴィーは先に目覚めたので、彼の話は途中になった。
朝、顔を合わせた彼に「何か仰っていましたよね?」と問い合わせたものの、「大した事ではない」と首を左右に振られた。

「……夢は、いかんな。理性を保ち難い。油断すると大事故になりかねん」

何やら内省中の彼に、シルヴィーは首を傾げた。



夏の明るい夕方。
城下では号外が飛ぶように売れていた。

「第三皇子殿下に新たな妃候補! 隣国伯爵家のシルヴィー嬢――!」

大通りを行き交う人々は、その見出しに足を止めた。新聞売りの「お嬢様が王女様の敵討ちに来たぞお」という声に反応し、一部を求めて売り場に殺到する。
近ごろ話題に乏しかった事もあり、久しぶりのビッグニュースは帝都民を大いに沸かせた。

丁度、夕食に出掛けるところだったトリスタンは、誰かが読み終えた号外をベンチから拾い上げ、顔色を失った。

「シルヴィー? いや、別人だよ……でもデュバン伯爵家って……他に姉妹とか従姉妹とかがいるんだろ。きっとそうだ、うん……」

茫然自失のトリスタンを、建物の陰から監視役が見詰めていた。
彼が通りかかるタイミングでベンチに号外を置いた。
監視役は思った。

――諦めて帰国するしかないぞ、お坊ちゃま。

城に突撃する度胸などあるまい。
行ったところで門前払いだ。シルヴィーには会えない。

もうじき、夏季休暇も終わる。





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