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帝都編
31 無駄骨
真っ当な理由もなく、外国人が皇城に立ち入る事など許されない。
現実を思い知ったと見え、トリスタンは三日と滞在せず帰国の途に就いた。
彼の乗る船が出航したのを見届け、監視役は「やれやれ」と肩を竦めた。
恐らく彼は留学した彼女を追って帝都に来たのだろうが、
「とんだ無駄骨だったな、お坊ちゃま」
とはいえ、とっとと引き上げたのは賢明だった。こちらも荒っぽいマネをせずに済んだ。
「二度と戻って来なさんなよ」と水平線の彼方に言い置き、監視役は港から撤収した。一先ず任務完了だ。
「――本当か?」とトリスタンは、背後の護衛に声を潜めた。
図体だけは一人前の木偶の坊は神妙に頷いて見せ、もう一人の旅の同行者たる通訳の不在を確かめた後、耳打ちを続けた。
「トリスタン様を見張ってる奴がいると俺の野性の勘が言ってます。方向とか相手の正体とかは分からんのですが、やる奴ってのは気配が独特なので嗅ぎ分けられるんです」
「……これ以上帝都で動き回るのはヤバい?」
「相手はプロです。消されかねません。アウェーでトリスタン様を守り切れる自信が俺にはありませんし、そもそも誰かを捜しに来たんですよね? 依頼が済んでるなら、もうプロに任せてとっとと安全圏の祖国に撤退した方が良いですよ」
「……そうか。……そうだな。……物騒なのが手下にいるなんて、シルヴィーは本当に僕の手の届かないところに行ってしまったんだなあ……」
ぐすぐすと鼻を鳴らしたトリスタンは、護衛に目を戻した。
「ところでお前、なんで通訳の不在を狙ったの?」
「あいつ、半分帝国人じゃないですか。味方かどうか分からないんで、一応こっちが監視に気付いている事は伏せた方が良いかなって思ったんです」
「野性の勘か……」
「うす」
脳筋の、物凄く頼りになる瞬間を目の当たりにした。
昔からトリスタンは無理とか冒険とか一切しない性質だ。それで脳筋の言う通り通訳には情報を伏せたまま、大人しく帝国を後にした。
先週――。
その日、ジュリエットはタウンハウスから街に出掛けた。
やっと外出許可が下りた。それに体調不良のふりもしていた。尤も連日の勉強漬けで気分が悪いのは本当だ。
父は結局、ジュリエットに甘い。というより見縊っている。少々の他力本願もといサボり癖があってもか弱い娘には違いない、と思っている。
「一人では何も出来まい」と思い込んでいる。概ね正しい。
でも本当は健康体なので、普通に出掛ける事は出来るのだ。
カフェまでの道中、メイドが二人付いてきた。どちらもカントリーハウス勤務歴が長いのでジュリエットとは親しくない。
けれど、彼女達にしても父と同じだ。か弱いジュリエットを甘く見ている。
――多分、それが付け入るチャンスになる。
今はまだ動けない。お小遣いもあまりないから誰かや何かを動かすのは厳しい。
トリスタンは相変わらず音信不通で使えない。でも半ば謹慎中の今、彼からの接触はない方が良いという気もする。
カフェに着いたジュリエットはメイドの一方を馬車に、もう一方を店の前に残して一人で店内に入った。テラスへ向かい、表のメイドからちゃんと見える席を探す。
見知った令嬢達が集まるテーブルを発見した。
「あら、ごきげんよう!」
ジュリエットは、渾身の笑みを浮かべた。
すると彼女達は皆一様にジュリエットを仰ぎ見、「ああ、どうも」と何人かが素っ気なく言ってテーブルに向き戻った。
内心ジュリエットは焦る。無視は困る。新年度、ここにいる令嬢達とはまた同じクラスになる可能性が高い。
シルヴィーもトリスタンも王都学園を去った。一人だけ残されたジュリエットは孤独に耐えられない。仲間外れなんてダサ過ぎる。
――公爵令嬢なのよ、私は!
口元が引き攣った。とりあえず一番近い席の令嬢に声をかける。
白ワイン生産者の娘だ。
「奇遇ですわ。お互い、もう休暇から帰ってましたなんてねえ」
馬鹿正直に「私はどこにも行ってません。帰省すら出来てません」とは言わない。
令嬢はジュリエットを一瞥し、低く告げた。
「私、貴女にされた事忘れてないんで」
「え?」
「大した事してないって思ってますよね? だから反省しないし謝りもしない。でも誠意のない謝罪とか要らないんで、どうぞお気になさらず。ただ、命の危機に直面しない限り私に話しかけないでください」
「――な、何言って」
「ほら、やっぱり分かってない。でもどうでもいいです。お好きなように生きててください」
「な、なんですの、貴女。公爵家の私に対して失礼なのではなくて」
「……うるさい」
「は、は? なんですって? 今、この私に貴女、なんて」
「うるさいんですよ、貴女。私はね、シルヴィーみたいに甘くないんです。ここにいるみんなそうです。シルヴィーに倣って貴女に優しく接したりしません。幼馴染でも友人でも何でもないんで」
ジュリエットは、生意気でブドウ畑の土臭い娘の肩を掴もうとした。
その前に、相手が言い放った。
「何かする気ならこちらにも考えがあります。シルヴィーのご実家の家業に貴女とトリスタンが迷惑かけてた事って、公爵様の与り知らない事らしいですね?」
「――な、」
「シルヴィー本人とご実家が黙ってるから私達も黙ってますけど、いつでも言い触らせますんで、貴女達の傍若無人」
「――――」
「全部なかった事にはしないんで、よろしくどうぞ」
ジュリエットは絶句を続けた。
この半日後――。
帝都から一日遅れで、王都にも「第三皇子の新妃候補」のニュースが齎された。
ジュリエットの絶句は続いた。
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