靄が晴れましたので、

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帝都編

32 ルビー




カーテンを引いた部屋に籠って熟慮に耽っていたジュリエットは、閃いた。

「シルヴィーは妃候補よ、候補。正式な妃になったワケじゃないわ」

なにせ自国の王女が脱落している難関だ。仮にシルヴィーが王女より学力が上なのだとしても選ばれるとは思えない。
王族を押し退けるほどのポテンシャルが、シルヴィーにあるとは思えない。

「――待って。シルヴィーにメイジの素養がある事は間違いないわ」

その事を誰よりもジュリエットは知っている。
王女はメイジになれずに帝国を去った。億に一つ、シルヴィーがメイジの才を開花させる可能性はある。
そうなれば皇子妃に王手――いや確定する。

「そんなの認めないわ。折角お母様が命と引き換えにして私にくれた奴隷なのよ、シルヴィーは」

離れて行かれては困る。新年度からたった一人で学園生活を送りたくない。
新たなクラスで新たな人間関係を築くなんて――面倒臭い。
シルヴィーさえいてくれれば面倒も孤独も何もかも我慢しなくて済む。

「なんとか、妃候補から外れさせられないかしら……」

候補から脱落すれば帝都学園には通えなくなり、大人しく帰国する筈。
従姉妹だか何だかが母の代用品として使えると判明すれば勝機を見出せる。
待つしかない身がもどかしい。
かと言ってほぼ謹慎中では動けないし――やっぱり面倒臭い。

「ああん、もう。休暇も残り半月切ってるし勉強しなきゃだし。それもこれもトリスタンが使えない所為よ!」

誰か助けて欲しい。
シルヴィーがいてくれたらこんな事にはならなかったのに――。



午後二時。
本日の妃教育を終えたシルヴィーの部屋に、ヴィンツェンツが顔を出した。
彼は「連れて行きたいところがある」と言い、シルヴィーに手招きをする。
首を傾げつつもシルヴィーは彼の案内に続いた。
到着したのは上層階の奥「ゼレナーデの間」――亡き皇太后の私室だった。
先日の城内ツアーでは扉の前を通過しただけの、所謂開かずの間にヴィンツェンツはシルヴィーを通した後に扉を閉める。
壁際でどっしりと存在感を放つチェストに進んだ彼は、複雑な仕掛けを外してアンティークな木の扉を左右に開いた。
中には、やはりアンティークのティアラが収められていた。
シルヴィーは銀細工の逸品に額を寄せて「かなり古そうですね?」とヴィンツェンツに首で振り返って問う。
彼は頷き、ティアラを指で摘まみ取った。年代物を素手で、とシルヴィーは密かに心配になる。
ヴィンツェンツの長い人さし指が、ティアラのトップを示した。

「ここにルビーン(ルビー)が嵌め込まれているだろう」
「はい。大きくて見事なピジョンブラッドですね」
「実はな、このティアラは一世紀前の皇后の持ち物だったのだが、ルビーンは長らく紛失していた」
「では、こちらはイミテで?」
「いや本物だ。嘗て紛失した筈の宝石が何故か人知れず戻っていたのだ。気付いたのは祖母が亡くなった直後、骨董品の手入れに来た宮廷の美術管理官だ。彼は、宝石は新たに作られた物ではなく当時の逸品であると鑑定で明らかにした。しかも劣化も汚染も見られない、美しい状態であるともな」

シルヴィーは瞬く。
ヴィンツェンツは続けた。

「長らく皇城の謎だった。しかし先日、そなたから祖母の指輪を取り戻した手法を聞き、私は合点がいった」

あ、とシルヴィーも合点がいった。

「つまり一世紀前の皇后様もウサちゃんに宝石を取られて――、きっとあの子に預けられたんですよね。夢の空間では物の劣化が止まる事に気付かれた。そうやって預けられたお品物を、亡き皇太后様がエムロード、いえスマラクトの指輪との物々交換で取り戻された」
「そして皇太后のスマラクトをそなたが取り戻した、と。まどろっこしいな」
「凄いですね。時代を越えたお后様同士が同じ夢を視ていたなんて」

興奮気味のシルヴィーに、ヴィンツェンツは「そなたもな」と双眸を細めた。

「祖母のスマラクトは、そなたの瞳のようであった」

シルヴィーはふわっと頬を紅潮させて、微笑んだ。

「光栄です。ウサちゃんとお揃いの瞳です」
「嬉しいのはそこか」

微かに苦笑を零した彼は、ティアラに目を戻した。

「しかし何故、祖母はそれを皇族どもに言い遺さず逝ったのか」

シルヴィーは再び瞬いた。

「言ったらつまらないからでは?」
「何?」
「え? あ、ごめんなさい。変な事を言いました」
「いや違うぞ。そなたは確実に祖母や嘗ての皇后と近いものの見方をしている。意見を聞かせてくれ」
「意見と言うか単なる主観に過ぎませんけど……」

彼女達はゲーム感覚だったのだと思う。子孫にちょっとした仕掛けを残し、わくわくしながら覚めない眠りに就いた。

「遊びのリレーだったのではないでしょうか。気付く子孫が出て来たら楽しいな、と期待されていた。だから私は完全に異分子です」
「何故だ」
「皇室所縁のお品物を残せませんでした。部外者の私があの子に預けたのは、祖父のインク切れの万年筆です」

ヴィンツェンツは、ふ、と笑みを零した。

「的外れな杞憂だな。そなたは、最早そなたさえ望むのであれば皇室の成員になれるのだ」

シルヴィーはきょとんとヴィンツェンツを仰ぎ見る。
彼は優しい笑みを浮かべた。

「私はそなたを妃にしたいと思っている。そなたを好いているのでな」

シルヴィーは惚けて、頻りに瞬き、それからやっと赤面した。
徐にヴィンツェンツはティアラをシルヴィーの頭上に載せ、また笑んだ。

「後はそなたの心次第だ。――宝石と瞳の色が全く違うのに不思議と調和する」

緑と赤は補色で合わないというのは単純過ぎる。昨今の色の学問は進化している。
などと考えながら、シルヴィーは自分からは見えないリュビ(ルビー)に意識を向けていた。
うっかり首を振って床に落としでもしたら大変だ。
色々と、大変だ――。





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