32 / 86
帝都編
32 ルビー
カーテンを引いた部屋に籠って熟慮に耽っていたジュリエットは、閃いた。
「シルヴィーは妃候補よ、候補。正式な妃になったワケじゃないわ」
なにせ自国の王女が脱落している難関だ。仮にシルヴィーが王女より学力が上なのだとしても選ばれるとは思えない。
王族を押し退けるほどのポテンシャルが、シルヴィーにあるとは思えない。
「――待って。シルヴィーにメイジの素養がある事は間違いないわ」
その事を誰よりもジュリエットは知っている。
王女はメイジになれずに帝国を去った。億に一つ、シルヴィーがメイジの才を開花させる可能性はある。
そうなれば皇子妃に王手――いや確定する。
「そんなの認めないわ。折角お母様が命と引き換えにして私にくれた奴隷なのよ、シルヴィーは」
離れて行かれては困る。新年度からたった一人で学園生活を送りたくない。
新たなクラスで新たな人間関係を築くなんて――面倒臭い。
シルヴィーさえいてくれれば面倒も孤独も何もかも我慢しなくて済む。
「なんとか、妃候補から外れさせられないかしら……」
候補から脱落すれば帝都学園には通えなくなり、大人しく帰国する筈。
従姉妹だか何だかが母の代用品として使えると判明すれば勝機を見出せる。
待つしかない身がもどかしい。
かと言ってほぼ謹慎中では動けないし――やっぱり面倒臭い。
「ああん、もう。休暇も残り半月切ってるし勉強しなきゃだし。それもこれもトリスタンが使えない所為よ!」
誰か助けて欲しい。
シルヴィーがいてくれたらこんな事にはならなかったのに――。
午後二時。
本日の妃教育を終えたシルヴィーの部屋に、ヴィンツェンツが顔を出した。
彼は「連れて行きたいところがある」と言い、シルヴィーに手招きをする。
首を傾げつつもシルヴィーは彼の案内に続いた。
到着したのは上層階の奥「ゼレナーデの間」――亡き皇太后の私室だった。
先日の城内ツアーでは扉の前を通過しただけの、所謂開かずの間にヴィンツェンツはシルヴィーを通した後に扉を閉める。
壁際でどっしりと存在感を放つチェストに進んだ彼は、複雑な仕掛けを外してアンティークな木の扉を左右に開いた。
中には、やはりアンティークのティアラが収められていた。
シルヴィーは銀細工の逸品に額を寄せて「かなり古そうですね?」とヴィンツェンツに首で振り返って問う。
彼は頷き、ティアラを指で摘まみ取った。年代物を素手で、とシルヴィーは密かに心配になる。
ヴィンツェンツの長い人さし指が、ティアラのトップを示した。
「ここにルビーン(ルビー)が嵌め込まれているだろう」
「はい。大きくて見事なピジョンブラッドですね」
「実はな、このティアラは一世紀前の皇后の持ち物だったのだが、ルビーンは長らく紛失していた」
「では、こちらはイミテで?」
「いや本物だ。嘗て紛失した筈の宝石が何故か人知れず戻っていたのだ。気付いたのは祖母が亡くなった直後、骨董品の手入れに来た宮廷の美術管理官だ。彼は、宝石は新たに作られた物ではなく当時の逸品であると鑑定で明らかにした。しかも劣化も汚染も見られない、美しい状態であるともな」
シルヴィーは瞬く。
ヴィンツェンツは続けた。
「長らく皇城の謎だった。しかし先日、そなたから祖母の指輪を取り戻した手法を聞き、私は合点がいった」
あ、とシルヴィーも合点がいった。
「つまり一世紀前の皇后様もウサちゃんに宝石を取られて――、きっとあの子に預けられたんですよね。夢の空間では物の劣化が止まる事に気付かれた。そうやって預けられたお品物を、亡き皇太后様がエムロード、いえスマラクトの指輪との物々交換で取り戻された」
「そして皇太后のスマラクトをそなたが取り戻した、と。まどろっこしいな」
「凄いですね。時代を越えたお后様同士が同じ夢を視ていたなんて」
興奮気味のシルヴィーに、ヴィンツェンツは「そなたもな」と双眸を細めた。
「祖母のスマラクトは、そなたの瞳のようであった」
シルヴィーはふわっと頬を紅潮させて、微笑んだ。
「光栄です。ウサちゃんとお揃いの瞳です」
「嬉しいのはそこか」
微かに苦笑を零した彼は、ティアラに目を戻した。
「しかし何故、祖母はそれを皇族どもに言い遺さず逝ったのか」
シルヴィーは再び瞬いた。
「言ったらつまらないからでは?」
「何?」
「え? あ、ごめんなさい。変な事を言いました」
「いや違うぞ。そなたは確実に祖母や嘗ての皇后と近いものの見方をしている。意見を聞かせてくれ」
「意見と言うか単なる主観に過ぎませんけど……」
彼女達はゲーム感覚だったのだと思う。子孫にちょっとした仕掛けを残し、わくわくしながら覚めない眠りに就いた。
「遊びのリレーだったのではないでしょうか。気付く子孫が出て来たら楽しいな、と期待されていた。だから私は完全に異分子です」
「何故だ」
「皇室所縁のお品物を残せませんでした。部外者の私があの子に預けたのは、祖父のインク切れの万年筆です」
ヴィンツェンツは、ふ、と笑みを零した。
「的外れな杞憂だな。そなたは、最早そなたさえ望むのであれば皇室の成員になれるのだ」
シルヴィーはきょとんとヴィンツェンツを仰ぎ見る。
彼は優しい笑みを浮かべた。
「私はそなたを妃にしたいと思っている。そなたを好いているのでな」
シルヴィーは惚けて、頻りに瞬き、それからやっと赤面した。
徐にヴィンツェンツはティアラをシルヴィーの頭上に載せ、また笑んだ。
「後はそなたの心次第だ。――宝石と瞳の色が全く違うのに不思議と調和する」
緑と赤は補色で合わないというのは単純過ぎる。昨今の色の学問は進化している。
などと考えながら、シルヴィーは自分からは見えないリュビ(ルビー)に意識を向けていた。
うっかり首を振って床に落としでもしたら大変だ。
色々と、大変だ――。
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。