靄が晴れましたので、

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帝都編

33 初日




帝国は新年度を迎えた。

帝都学園は、王都学園より夏季休暇が短い。その代わり冬季休暇が長い。
こちらの冬は寒く暗く、日光に乏しい。それが理由で人は鬱になると言う。
母国では有り得ない事が起こる近くて遠い隣国に、シルヴィーは来たのだ。

――いよいよ。

登校、初日。
王都学園時代の制服を身に着けてブラックカラーのクールな車体に乗り込む。
大変有難い事に孤独と戦う必要はない。最初の週は送迎時、先輩たるヒミカが付き添ってくれる。
シルヴィーは頼りにしかならない隣の女性に擦り寄った。

「ずっといて、と言いたいです」
「ボロい仕事なので構いませんとも、と言いたいです」

ヒミカはいつものように笑み、シルヴィーの肩を軽く叩いた。

「何も気負う事はございません。シルヴィー様はシルヴィー様のままでよろしいのです」
「はい」
「今日は初日ですが授業はきっちり午後二時までございます。言った通り、ぜひランチはカフェテリアで取られてください」
「助言に従います。教室の隅で一人寂しくお弁当を食べたりしません」
「はい。それをやられてしまうと、間違いなくクラスメイトからネガティブな印象を持たれます。何よりカフェテリアには父の監修が入っています」
「ま、まさかメニューに――」
「唐揚げをトッピングしたカレーならございます。人気メニューなので売り切れ注意です」
「――学校の一番の楽しみがランチタイムになりそうな予感です」

送迎馬車は緩い坂道を下り、城下の学園を目指す。
車窓を眺めながらシルヴィーは、朝食後に揃って席を立ったヴィンツェンツの顔を想念する。
それぞれの行き先に向かう最中、彼は言った。

「授業がつまらなければ早退して構わんからな」
「まさか。有り得ない事です」
「宮廷の教師どもは有り得る事だと言っていたぞ。幼少期から私と兄らはそのように言われて育った」
「殿下方は殿下方ですから……」

三兄弟揃って天才ですから……とシルヴィーは遠い目になった。
軽く首を傾げたヴィンツェンツは徐に、シルヴィーの側頭部に掌を添えた。

「帰ったら、学校の感想を聞かせてくれ」

惚けた目で彼の手を見送り、シルヴィーは頷いた。
告白以来、彼からの接触は増えた。彼の手は遠慮がちなのに大胆でもあり、ドキドキさせられる。
迫ったりはしない。彼は静かにシルヴィーを待っている。

――余裕、って感じ。

大人だ。
ヒミカは占うまでもなくシルヴィーの変化を見抜いているようで、正面玄関で落ち合うや笑みを浮かべていた。彼女には絶対に隠し事が出来ない。旦那さんという人は正直者らしいから夫婦の相性はいい。
そういうカップルを羨ましく思う。

巨大な黒い槍の林立が見えて来た。刃先は鋭く、装飾はない。
堅牢な帝都学園の正門だ。王都学園とは雰囲気が違う。

「なんか凄く校則とか厳しそうですね」

息を呑むシルヴィーに、ヒミカは「そうでも」と軽く肩を上下させた。

「お聞きする限り、王都学園の方が厳しいかと。例えば帝都学園の制服はブレザーなのですが、アクセサリーやアレンジを禁止するルールはございません」

意外過ぎる。多国籍なお国柄ゆえの緩さかもしれない。

初日を無事に乗り切る事がシルヴィーに課せられた最初のミッションとなる。
ふと、この場にいない顔が脳裏を過ぎった。
城内で唯一の学生仲間である一学年下のエレオノーレとは、朝食時から顔を合わせていない。同じ馬車で登校はないだろうと思っていたけれど、彼女は新年度を欠席でスタートした。
よく体調を崩すので、実家からの唯一の同行者であるメイドから四六時中世話を焼かれている。メイド曰く「お嬢様は昔からお体が弱く、その所為で侯爵家では厄介者扱いされ――」だそうだ。
逆じゃないのね、とシルヴィーは眉を顰めた。
同じく病弱のジュリエットは相当過保護に育てられていた。シルヴィーの「幼馴染ファースト」がなくたって彼女は大切に守られていたのだ。
各家庭によって子の扱いに大差がある。お国柄とはまた違う異質さを感じる。
エレオノーレは――だから捻くれてしまったのだろうか。
欠席者を案じるシルヴィーの横顔に、ヒミカが冷めた声を発した。

「別に、彼女は頗る快適なのではないでしょうか」
「え? あ、そうか。ヒミカさんはエレオノーレ様とは在籍期間が被りますよね」
「だから存じ上げているのですが、彼女、課題をメイドに押し付けてます」
「え」
「例年通りであれば、この後、あのメイドが学校に提出物を持って来る筈です。自分で仕上げたものをエレオノーレ様の名前で出す為にね」
「そ、え? 良いんですかそれ、先生的に」
「彼女は古株侯爵家のお嬢様でありお妃候補様様でいらっしゃいますから、何でもありでございますよ。しかし帝都学園には留年システムがございます。留年されては非常に困るのですよ」
「え、え?」
「学校としては彼女にはとっとと卒業して頂きたいのです。――と、夫が寝言でほざいておりました」
「寝言、あ、オフレコで」

シルヴィーは色々と複雑な事情を悟った。
エレオノーレは良い生徒とは言えないようだ。けれど第三皇子の妃候補で高位貴族の娘だから周囲は黙認するしかない。

――そして彼女がお城に保護されてる事をヒミカさんも旦那さんも知らない。

事情を知らないから、とっとと卒業させて追い出したい。
先日、ヴィンツェンツは「予定は早まるかもしれない」と言っていた。
エレオノーレの生活態度を、皇城も把握しているのだろう。確かに予定を早めてあげるのが、他の学生や教師の為には絶対に良い。

――でも虐待の事や国外に逃がす話は秘密だから。

動きが鈍る。
シルヴィーも口外出来ない。

――私が知らされたのは殿下の厚意でしかないんだわ。

現に、王女は知らなかった。
隣のヒミカを意識する。言いたいのに言えない。八卦で見破ってもらいたい。
さすがに厳しいか――。





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