靄が晴れましたので、

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帝都編

36 選択科目




「ヒミカさんに言ってイイですか、エレオノーレ様のご事情」

シルヴィーからの突飛な話題に、彼は軽く瞬いたもののさして仰天しなかった。

「よく分からんが、――」

返事を聞き届ける前にシルヴィーは目を覚ました。
起床後、慌てて支度をして部屋を出ると、ヴィンツェンツが待ち構えていた。

「よく分からんが、別に構わん」
「あ、有難うございます。あ、おはようございます」

シルヴィーはいつかと同じように変な順番で挨拶をした。
彼は「うむ」と頷き、シルヴィーを先導して朝食の席に向かった。

彼の後に続きながらシルヴィーは密かに嘆息する。
夢なので唐突に終わってしまうのは仕方がない。でも彼と同じ城で暮らしている今、以前よりも不便とは感じない。

――紙の取引の時は本気でオワタと思ったもの……。

それほど昔ではないのに、随分と遠い過去の事のように思える。



週末の午後。
最後の授業は選択科目となっていた。
シルヴィーは、教室を移動して新たな席に着く。
ここにはシルヴィーを除けば下級生の魔法学科の生徒しかいない。クラスメイト達はとっくの昔に取り終えた単位なのだ。だから移動したのもクラスではシルヴィーだけ。前期で終わる授業とはいえ、最初は聊か寂しいと感じていた。
テキストを机上に置く。

「わくわく楽しい魔法の哲学」

「わくわく楽しい」シリーズである。皇城で使っているテキストと同じ出版社が魔法学科の教材としても採用されている。
開始の鐘が鳴り、初老の教師が登壇した。挨拶も何もなく「はい。二十ページ」といきなり授業を始めるのが彼のスタイルだ。

「――はい。という訳で魔法には強弱があるよって話でしたね。強さ云々は、ご自身がメイジの人は感覚でお分かりになれますよね。メイジじゃない人はどうしてもピンと来ないから、ここに書いてある事も半分くらい何のこっちゃですよね。まあ休憩時間とか利用してね、メイジのクラスメイトに聞いてみるといいですね」

解説がどこか投げやりなのは研究者あるあるだ。
教師は投げやり口調を続けた。

「はい、魔法の強さについてですけどね、まず単純に使う魔力がバカデカいやつが強いのは当り前ですよね。スティル・テクニックのメイジよりインテンス・パワーのメイジのが強いっていうアレですね。しかしね、単純に魔力のデカさで決まらない場合もあるワケですよね。それが魔法の練度ってやつですね」

シルヴィーは素早くノートを取る。周囲も同じ動きをしている。教師はホワイトボードを滅多に使わないから、自分で判断してノートを活用しなくてはならない。
講義は続いた。

「要するに完成度の高い魔法も相当強いですよって話ですね。テクニックでパワーを捻じ伏せるイメージですかね。東洋にそんな諺がありますよね」

恐らく教室内は「柔よく剛を制す」で心が一つになっている。
教師は言った。

「技を磨けば魔法はどんどん進化する訳ですね。でもまあ別に魔法に限った話じゃありませんよね。これから時代が進めばね、もっととんでもないわくわく楽しい魔法が出て来るんじゃないですかね。多分ね」

多分か、と周囲の横顔が言っていた。
終了の鐘が鳴り、初老の教師が降壇した。
去り際、挨拶はあった――「はい終わり」。

教師の退場を受けて席を立ったシルヴィーに、周囲の下級生達が「ごきげんよう」と声をかけてくれる。
彼、彼女達に会釈で応じて、シルヴィーは自分の教室には戻らず帰路に就いた。今日の授業は終わった。
ふと思う。魔法学科は一学年にひとクラスで、その人数は概ね二十人弱。それが六学年あるから全魔法学科生徒数は大体百二十人。

――友達百人に届く。

いや百二十人と顔を合わせる機会が無い以上、やはり無理なのだけれど。

校舎を出て、馬車でヒミカと合流する。
週末の今日でヒミカは送迎係としての役目を終える。
先日、シルヴィーはヴィンツェンツの許可を得て、彼女にエレオノーレの事情を伝えた。ヒミカは「そうでしたかそうでしたか」とやたらと首で頷いていた。珍しくクールな彼女のはしゃぐ姿を見たって感じだ。
来週にはヒミカは、父センジュと共に極東に向かう。里帰りだそうだ。
「最近、右目が酷く疼きまして――」と彼女から苦し気に切り出された際、シルヴィーは目を輝かせた。

「古の封印が解けるんですね、分かります」
「はい、大嘘です。元同級男子のネタをパクってみました」
「私も同級男子に倣って乗ってみました」
「ああ、例の錬金術師志望の……」

遠い目をそよがせたヒミカは、本当の帰郷理由を「先祖の墓参り」と告げた。

「あと、禁断症状も出ているので解消して参ります」
「禁断症状? ヒミカさん、お酒もお煙草も召し上がらないのに?」
「そんな容易く手に入る嗜好品ならどれほど良かったでしょう、――私が渇望しているのはTKGでございます」
「TKG? まさか非合法のブツ――誰にも言いません」
「いえ言って頂いて結構です。卵かけご飯の頭文字ですから」

「タマゴカケゴハン……?」とは、生卵載せ白米の事だとシルヴィーは教わった。西側世界ではTKG可能な生卵が手に入らないので、ヒミカ親子はソウルフードを食すには帰郷するしかないと言う。

「年に一度はTKGの為、国に帰ります」

むしろ表向きの理由が墓参り。どんな理由であれ、父娘の自由だ。





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