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帝都編
38 運命
パーティーは目論み通りの運びとなった。
無事にフリーダがアンミツを口にしたのを見届けたシルヴィーは、さり気なくヒミカに視線を流す。
一人スイーツに手を付けていない彼女を誰も気にしていない。みんなアンミツとヴィンツェンツに意識が向いていて忙しい。
心置きなく八卦中のヒミカは、難しい顔をしていた。
シルヴィーは彼女のこの顔に見覚えがあった。
――トリスタンを視た時と似てる?
「殿下」と鈴のような声音が発して、シルヴィーの想念を打ち切る。
頬を染めたエレオノーレの笑みが、ヴィンツェンツに体ごと向けられていた。
「私、こんな素晴らしいデザートは初めてです。殿下はお目が高いですわ」
「賛辞はシェフに送れ」
「私、モチって抵抗があるんですけどこちらは頂けます。さすが殿下です」
「賛辞はシェフに送れ」
「私達、味覚にも重なる部分が多いのではないでしょうか。やはり殿下には運命を感じてしまいますわ」
シルヴィーは瞬いた。運命とは、やけに大袈裟な表現と思える。
彼の方に目を向けると、冷めた顔がガラスの器を睨んで固まっている。モチに行くかアンコに行くかカンテンに行くかで悩んでいるのだろうか。
無反応の彼にエレオノーレは、どこか恍惚として続けた。
「また夢の中でお会い出来れば良いのに、最近は繋がらないから寂しいです」
シルヴィーは惚けて、閃いた。
初めてウサギの夢で「ヴィッツ」に出会った際、彼はこう言った。
「ここで人に会うのは二度目だ」
その相手はてっきり亡き皇太后の事だと思っていた。
そうではなかった。彼が夢で出会った最初の一人はエレオノーレだった。
――だから妃候補に残れた?
虐待児か否か以上の理由があった。波長が合っていた。
ブーケ越しにシルヴィーとヴィンツェンツの目線がかち合う。
すると彼は、スプーンを手にしたまま素早く起立した。彼の背後で椅子が倒れかけたのをさっと侍従が支えている。早かった。
ヴィンツェンツは、やたらと良い声で言い放った。
「――誤解だ」
突然の事にテーブルの面々は「え?」と目を丸めるしかない。
シルヴィーにしてもそうだった。
ティーパーティーが解散し、ゲスト達が次々と退席する。
エレオノーレも名残惜しそうにヴィンツェンツに別れを告げた。
「課題がいっぱい出てなければもっと殿下とお話し出来ましたのに、残念です」
「――課題を優先しろ」
「本日は感激致しました。殿下、またぜひご招待くださいませ」
「――課題を優先しろ」
終始素っ気ないヴィンツェンツにめげる事無く、彼女は上機嫌でメイドと共にテラスから出て行く。
彼女のメイド、フリーダは間違いなくアンミツを完食した。
でも少なくともシルヴィーの目には、フリーダの変化が見て取れなかった。
――彼女、私とは事情が違うの?
確かに、謎の「幼馴染ファースト」現象がそう何度も生じては堪らない。
主従を見送るシルヴィーの背後に、ヴィンツェンツが歩み寄った。
床に片膝を突いてシルヴィーよりも目線を下げる。
「説明する」
「え、あの、何の件でしょうか?」
「エレオノーレと夢で鉢合わせた件だ」
「そう言えば、仰ってましたね。初耳です。殿下がお会いになったもう一人の方は、おばあちゃまこと皇太后様の事だと思い込んでいましたので驚きました」
「断じて隠していたのではない。忘れていたに過ぎんのだ。会ったのは一度だけだし、私は何も疚しくない」
「どうか落ち着かれてください。私が殿下のお言葉を疑う道理はありません」
シルヴィーは、下にあるヴィンツェンツの肩に軽く手を添えて立つように促し、ヒミカを横目にして言った。
「殿下、本来の目的の成果を確認致しましょう」
「……私は何も疚しくない」
「ええ、ええ。とくと理解致しました。とりあえず場所を変えませんか?」
深刻そうな顔のヴィンツェンツと、複雑そうな顔のヒミカを誘う。
二人を伴ったシルヴィーはセンジュに手を振り、庭を後にした。
ヴィンツェンツが案内したのは、自身のサロンではなく現在留守の兄、皇太子のサロンだった。
壁や扉が分厚い上に窓の気密性も高いので「防音に優れている」そうだ。
部屋が内側から施錠されるや、ヒミカはシルヴィーに切り出した。
「フリーダさんを占った結果、不吉なものは視られませんでした。彼女は正常であり、体のどこにも不具合は無いという事になります」
「……やっぱり。意外過ぎますね」
「同意です。彼女は、ご自身の状況をきちんと理解した上でエレオノーレ様に誠心誠意尽くしていらっしゃるのです。ですがこれは、さして驚くべき事でもありません。そういう気質の方はいらっしゃいます。傍目には不幸でも本人には幸福という事はございます」
「エレオノーレ様への忠誠心、なんですか?」
「むしろ家族に対するような親愛が強く出ていました。きっとエレオノーレ様がお小さい頃から面倒を看ているのでしょう。そんな主人を娘や妹のように想っていても可笑しくありません。愚かな子ほど可愛いと言いますしね」
「では少なくともフリーダさんご本人は不幸ではないんですね。私と違って」
「はい。彼女は幸せです。その証拠に父のお祓いも効果なしでした」
シルヴィーは咽喉の奥で唸った。
フリーダは理不尽な目に遭っているのではなかった。「無意識下でやらされている」事は一つもない。嘗てのシルヴィーとは違う。全てフリーダ自身が望み、進んで行っている事なのだ。
「スッキリしませんけど……」
これ以上の介入は、余計なお世話になる。
シルヴィーの肩に大きな手がそっと被さった。
振り仰いだシルヴィーに、ヴィンツェンツが眉根を寄せて告げた。
「そろそろ今回の経緯を聞かせてくれ。そして私の話も聞いてくれ」
「あ、はい。勿論です」
協力を申し出るにあたり、シルヴィーは彼に「嘗ての自分」の話を省いた。
以前、夢で「他人に尽くしたくなる魔法」の心当りを訊いた際も、自分の事とは話さなかった。彼の疑問は尤も。
それでも協力してくれたのだから優しい人だ。
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