靄が晴れましたので、

C t R

文字の大きさ
38 / 86
帝都編

38 運命




パーティーは目論み通りの運びとなった。

無事にフリーダがアンミツを口にしたのを見届けたシルヴィーは、さり気なくヒミカに視線を流す。
一人スイーツに手を付けていない彼女を誰も気にしていない。みんなアンミツとヴィンツェンツに意識が向いていて忙しい。

心置きなく八卦中のヒミカは、難しい顔をしていた。
シルヴィーは彼女のこの顔に見覚えがあった。

――トリスタンを視た時と似てる?

「殿下」と鈴のような声音が発して、シルヴィーの想念を打ち切る。
頬を染めたエレオノーレの笑みが、ヴィンツェンツに体ごと向けられていた。

「私、こんな素晴らしいデザートは初めてです。殿下はお目が高いですわ」
「賛辞はシェフに送れ」
「私、モチって抵抗があるんですけどこちらは頂けます。さすが殿下です」
「賛辞はシェフに送れ」
「私達、味覚にも重なる部分が多いのではないでしょうか。やはり殿下には運命を感じてしまいますわ」

シルヴィーは瞬いた。運命とは、やけに大袈裟な表現と思える。
彼の方に目を向けると、冷めた顔がガラスの器を睨んで固まっている。モチに行くかアンコに行くかカンテンに行くかで悩んでいるのだろうか。
無反応の彼にエレオノーレは、どこか恍惚として続けた。

「また夢の中でお会い出来れば良いのに、最近は繋がらないから寂しいです」

シルヴィーは惚けて、閃いた。
初めてウサギの夢で「ヴィッツ」に出会った際、彼はこう言った。

「ここで人に会うのは二度目だ」

その相手はてっきり亡き皇太后の事だと思っていた。
そうではなかった。彼が夢で出会った最初の一人はエレオノーレだった。

――だから妃候補に残れた?

虐待児か否か以上の理由があった。波長が合っていた。
ブーケ越しにシルヴィーとヴィンツェンツの目線がかち合う。
すると彼は、スプーンを手にしたまま素早く起立した。彼の背後で椅子が倒れかけたのをさっと侍従が支えている。早かった。
ヴィンツェンツは、やたらと良い声で言い放った。

「――誤解だ」

突然の事にテーブルの面々は「え?」と目を丸めるしかない。
シルヴィーにしてもそうだった。



ティーパーティーが解散し、ゲスト達が次々と退席する。
エレオノーレも名残惜しそうにヴィンツェンツに別れを告げた。

「課題がいっぱい出てなければもっと殿下とお話し出来ましたのに、残念です」
「――課題を優先しろ」
「本日は感激致しました。殿下、またぜひご招待くださいませ」
「――課題を優先しろ」

終始素っ気ないヴィンツェンツにめげる事無く、彼女は上機嫌でメイドと共にテラスから出て行く。
彼女のメイド、フリーダは間違いなくアンミツを完食した。
でも少なくともシルヴィーの目には、フリーダの変化が見て取れなかった。

――彼女、私とは事情が違うの?

確かに、謎の「幼馴染ファースト」現象がそう何度も生じては堪らない。
主従を見送るシルヴィーの背後に、ヴィンツェンツが歩み寄った。
床に片膝を突いてシルヴィーよりも目線を下げる。

「説明する」
「え、あの、何の件でしょうか?」
「エレオノーレと夢で鉢合わせた件だ」
「そう言えば、仰ってましたね。初耳です。殿下がお会いになったもう一人の方は、おばあちゃまこと皇太后様の事だと思い込んでいましたので驚きました」
「断じて隠していたのではない。忘れていたに過ぎんのだ。会ったのは一度だけだし、私は何も疚しくない」
「どうか落ち着かれてください。私が殿下のお言葉を疑う道理はありません」

シルヴィーは、下にあるヴィンツェンツの肩に軽く手を添えて立つように促し、ヒミカを横目にして言った。

「殿下、本来の目的の成果を確認致しましょう」
「……私は何も疚しくない」
「ええ、ええ。とくと理解致しました。とりあえず場所を変えませんか?」

深刻そうな顔のヴィンツェンツと、複雑そうな顔のヒミカを誘う。
二人を伴ったシルヴィーはセンジュに手を振り、庭を後にした。



ヴィンツェンツが案内したのは、自身のサロンではなく現在留守の兄、皇太子のサロンだった。
壁や扉が分厚い上に窓の気密性も高いので「防音に優れている」そうだ。
部屋が内側から施錠されるや、ヒミカはシルヴィーに切り出した。

「フリーダさんを占った結果、不吉なものは視られませんでした。彼女は正常であり、体のどこにも不具合は無いという事になります」
「……やっぱり。意外過ぎますね」
「同意です。彼女は、ご自身の状況をきちんと理解した上でエレオノーレ様に誠心誠意尽くしていらっしゃるのです。ですがこれは、さして驚くべき事でもありません。そういう気質の方はいらっしゃいます。傍目には不幸でも本人には幸福という事はございます」
「エレオノーレ様への忠誠心、なんですか?」
「むしろ家族に対するような親愛が強く出ていました。きっとエレオノーレ様がお小さい頃から面倒を看ているのでしょう。そんな主人を娘や妹のように想っていても可笑しくありません。愚かな子ほど可愛いと言いますしね」
「では少なくともフリーダさんご本人は不幸ではないんですね。私と違って」
「はい。彼女は幸せです。その証拠に父のお祓いも効果なしでした」

シルヴィーは咽喉の奥で唸った。
フリーダは理不尽な目に遭っているのではなかった。「無意識下でやらされている」事は一つもない。嘗てのシルヴィーとは違う。全てフリーダ自身が望み、進んで行っている事なのだ。

「スッキリしませんけど……」

これ以上の介入は、余計なお世話になる。
シルヴィーの肩に大きな手がそっと被さった。
振り仰いだシルヴィーに、ヴィンツェンツが眉根を寄せて告げた。

「そろそろ今回の経緯を聞かせてくれ。そして私の話も聞いてくれ」
「あ、はい。勿論です」

協力を申し出るにあたり、シルヴィーは彼に「嘗ての自分」の話を省いた。
以前、夢で「他人に尽くしたくなる魔法」の心当りを訊いた際も、自分の事とは話さなかった。彼の疑問は尤も。
それでも協力してくれたのだから優しい人だ。





感想 145

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね

との
恋愛
離婚したいのですか?  喜んでお受けします。 でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 伯爵様・・自滅の道を行ってません? まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。 収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。 (父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる) ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。