靄が晴れましたので、

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帝都編

40 そういう事




ヴィンツェンツとエレオノーレの夢での遭遇は、初回の一度きり。
最初で最後となったこの話を一応、ヴィンツェンツは皇帝一家にも速達の手紙で報告した。
皇后は「……ま、とりあえず様子見」で、皇帝は「と、皇后が言っておる」とただ単に承知した。兄皇太子は「ほう」で、兄第二皇子は「で?」だ。
誰にしても薄いリアクションしかなかった。
その経験を経ていたヴィンツェンツは、シルヴィーに遭遇した際にはもう本国に速達など出さなかった。どうせまた「で?」と言われるだけだ。



「――と思っていた訳だが、そなたは祖母の指輪を取り戻した皇室の恩人。報告せんなどと有り得ん事だった。その所為もあり、妃候補としての扱いがやや大袈裟になってしまったのは仕方がないな」

例えば軍港での出迎えは従来の妃候補向けのイベントには無いものだ、とこの時初めてシルヴィーは知った。
頷いて、納得する。

「殿下がウサちゃんの夢でエレオノーレ様とお会いになったのは、一度だけなんですね?」
「一度限りの遭遇だ。誓って、私は真実を語っている」
「いえ、ですから私は殿下のお言葉を疑っておりませんで……」

単なる確認に大袈裟な肯定が返されて、シルヴィーは罪悪感を覚えた。
それとは別に、さっきから胸の内に妙な感覚が居座っている。

――私、面白くないって思ったわ。

シルヴィーより先に、エレオノーレはウサギの夢に入っていた。
「私のウサちゃんを取らないで!」というのとは違う。現に皇太后や一世紀前の皇后に対する対抗心はない。故人か否かは関係ない。

――もしそうなら一番の対抗馬はヴィンツェンツ殿下だもの。

今現在生きている人であり、ウサギの夢に何年も頻繁に出入りしている。
その最強のライバルへの対抗心がない。

――だからこれは……。

黙り込んだシルヴィーに、ヴィンツェンツが瞬く。軽く体を傾けて、シルヴィーの思案顔を覗き込むようにした。

「どうした。やはり私の言葉が信じられんのか。確かに証明のしようがなく、ウサギに証言してもらう事も出来ん。先ほどエレオノーレは今も夢に入っていると取れる発言をしていたが、私は彼女に一度以上会っていない。断じて」
「殿下、再三申し上げております通り、ご懸念は見当違いです。エレオノーレ様がウサちゃんの夢を視続けているのだとしても、それが殿下の与り知らない事であると私には理解出来ます。私自身、ウサちゃんには会えて殿下には会えない事が何度もあったからです。殿下もそうだったのでは?」
「そう、だな……。その、言い忘れを後ろめたさと取られては困ると思ったのだ」
「どうしてそれほど――」

彼が心配になるのは当然だ、とシルヴィーは閃いた。
シルヴィーが彼の想いに応えていない状況下で、彼にしてみれば不測の事態が起こった。逆の立場ならシルヴィーだってきっと慌てた。
シルヴィーはヴィンツェンツを直視する。
急な注目に瞬いた彼は、決まりが悪そうに視線を逸らした。

「つまらん男だと思っているのか。小さな事に拘り過ぎだと」
「とても素敵だと思っています」
「気遣いには及ばん」
「私、エレオノーレ様が既にあの夢に入っていたと知って嫉妬しました」
「ウサギの取り合いか。未だ奴の良さが分からん」
「あの子はふわっふわでまんまるで良いもの満載ですが――殿下の取り合いです」
「気遣いには及、――何?」

ヴィンツェンツは惚け、シルヴィーを凝視する。
シルヴィーは自分でも確認するようにして彼に頷いて見せた。

「嫉妬ってそういう事でしょう。好きって事です」

口走った後で、じわりと羞恥心が訪れた。
我ながら稚拙な物言いをした。まるで語彙がない。

「そういう、事です」

声のボリュームを落としたシルヴィーを、ヴィンツェンツは見詰め続けた。
長く短い沈黙の後、彼は告げた。

「そういう事とは、そういう事だと認識して良いのか」

そろりと彼に目を向けて、シルヴィーはもう一度頷いて見せる。
徐に、ヴィンツェンツはソファーから立ち上がった。対面側に移動してシルヴィーの隣に腰を下ろすと、膝に揃えたシルヴィーの手を軽く掴んだ。

「こういう事だと、認識して良いんだな?」

シルヴィーはまたそろりと彼に目を向けて、瞬いた。
ヴィンツェンツは笑みを浮かべていた。羞恥も何もない。ただ喜びの感情を隠すことなくシルヴィーに晒している。
この程度の事で彼は喜んでくれるのだ、と思うとシルヴィーは胸が熱くなった。
上に返した掌を彼と重ねて、しっかりと頷いて見せる。

「こういう事で間違いありません」

ヴィンツェンツは笑みを深め、シルヴィーの手を握る指先に力を籠めた。

「私は遂に、そなたに選ばれたのだな」

やけにしみじみと告げたヴィンツェンツが可笑しく思えて、シルヴィーは小さく噴き出してしまった。

「候補は、私だった筈ですが?」
「そんなものは表向きの肩書きだ。試されているのは常に私の方だった」
「またまた……」

二人は語り合い、笑い合う時間を過ごす。
この日シルヴィーは、現実では初めて彼と飾らず気負わず向き合う事が出来た。





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