靄が晴れましたので、

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帝都編

41 報告




喜びの内にヴィンツェンツはシルヴィーを伴って、玉座へ報告した。

「このシルヴィーを正式に、私の妃と致します」

皇帝夫妻はうんうん、よいよいと頷いた。
親戚や重鎮らは拍手と歓声で忙しい。
祝福と承認により、ヴィンツェンツは晴れてシルヴィーを妃として迎え入れる事が許された。
玉座を前にシルヴィーと手を繋いで並び立ち、幸せを噛み締める。

――うむ。私は人生の宝を得た。

後は結婚式とか何とかを済ませて、シルヴィーと真の家族になるだけだ。



夜。
幸せの中眠りに就いたヴィンツェンツは、霧の森に来た。
意気揚々と池に向かうと、何故かシルヴィーにじろっと睨まれた。
すっかり定位置となった切り株に腰掛けている彼女は、膝の上に白い毛玉を載せている。ウサギは彼女に丸い背を撫でられ、他人事の顔でヴィンツェンツを眺めている。
不機嫌そうな彼女に、ヴィンツェンツはたじろいだ。

「ど、どうした」
「浮気ですよ、浮気」
「……何?」
「こちらのハンカチーフを見てください。ローズカラーのルージュが付いてます」
「……それが? というかそれは何だ?」
「ヴィッツ様の落とし物でしょ。ここには私達しか人はいないんですから」
「……確かに私の物とよく似ているが、しかしハンカチーフなどどれも似たり寄ったりなので正直分からん」
「イニシャルが入ってます。言い逃れは出来ませんよ」
「ちょっと待て。私は一体何を言い逃れればいいんだ?」
「浮気です。貴方は別の女性をここに連れ込みました。これはその証拠です」
「連れ込むなど不可能だ。これは私の夢ではない。そこのウサギの――」

朝になった。

ヴィンツェンツは理解した。単なるよろしくない夢を視ていた。
確証が欲しくて支度を急ぎ、シルヴィーの部屋があるフロアに駆け下りる。
廊下で待つ事、十分。
いつもより随分と早くシルヴィーが出てきた。恐らく廊下のヴィンツェンツを目撃した侍女らに「朝っぱらから殿下がストーキングしてますわよ」とか何とか耳打ちされたのだろう。
普段と変わらぬ笑みを湛えたシルヴィーは、城内ストーカーのヴィンツェンツに歩み寄った。

「おはようございます殿下。お早いお越しのようですが、どうかなさいました?」
「いや、特に何もないのだが……。昨日はよく眠れたか?」

シルヴィーの笑みが深まった。

「はい、とても。ですがお会い出来ませんでしたね?」
「そなたはウサギのもとへ行ったのか?」
「はい。池の前でウサちゃんと殿下をお待ちしていました」
「……待たせてすまなかった」
「殿下。夢の中の時間の流れは現実とは明らかに違います。凡そ八時間の睡眠を取ったからと言って、八時間の待ち惚けをしていた訳ではありません」
「……そうだが」
「ウサちゃんを愛でていたから、あっという間でしたよ」
「……そうか」

彼女に疲労も落胆もないなら良かった、とヴィンツェンツは思う。
複雑でもある。ウサギに劣っている気がする。
とはいえ見た目は小動物に過ぎない相手だ。対抗心を燃やすなど、そんな大人気ないマネは断じてしない。



シルヴィーの一人登校が始まって暫く経つ。
ヒミカとセンジュは先週、里帰りの旅路に就いた。やはり心細い。
帝都中央駅まで見送ったシルヴィーに、ヒミカは「大丈夫でございますよ」と微笑んで見せた。

「全て上手くいきます。八卦を使わずともわたくしには分かります。シルヴィー様は幸せになれるプリンセスです」

シルヴィーは笑みを返し、ヒミカとハグを交わして父娘と別れた。
二人が戻るのは来月半ば。「お土産買ってきます」と言ったヒミカの声を想念したところで学校に着いた。
正門から教室までの道のりで、同じ魔法学科の顔達と遭遇しては挨拶を交わした。
普通学科の生徒達は偶に「へーえ」という目でシルヴィーを観察する。
その、あまり気持ちが良いとは言えない目線から、さり気なく庇ってくれるのもまた魔法学科の仲間達だったりするから有難い。
仲間だと認めてもらえている、と思うと嬉しかった。

今月末の週末、皇太子夫妻がバカンスから帰って来る。
それに合わせて「未来の第三皇子妃確定」の報が流される。週明けはきっと校内がざわつくだろう。
シルヴィーは腹を括りつつ教室に入った。すっかり見慣れたクラスメイト達と互いに笑顔で挨拶し、後方にある席に向かう。
途中、眼鏡男子ことローランドと目が合った。彼と、双子の妹ローラも留学生で五年前に海峡を越えて大陸に来た。伯爵家の傍系らしい。
ローランドは目線を逸らし、ぶっきらぼうに告げた。

「その後、魔法はどうです」
「え? ええ、特に何も……。ご心配どうも」
「別に」

シルヴィー同様、双子もメイジではない。そしてそれを悲観していない。
でもローランドはシルヴィーに対しては「なるべき」と考えているようで、事あるごとに進捗を確認してくる。
彼が帝国民ならば「皇子妃候補なのだから」と主張するのは分かるのだけれど。

「どうして? と訊いても良いですか?」

「それはですね――」と背後から声が加わった。ローラだ。

「兄はヴィンツェンツ皇子殿下を崇拝していまして。だからシルヴィー様には理想のお妃様であって欲しいんですよ。ね、イタイでしょコイツ?」
「いえ。それより崇拝の部分ですが、ご出身のお国的に問題ない思想ですか?」
「ないです。私達、帰化予定なんで」
「そうなんですね」
「祖先は元々大陸からグレートな島に渡った帝国人だったんです。だから戻って来た感じですね。親戚もいますよ」
「なるほど……」

こういう時、西側世界は因縁だらけだと感じる。近隣と揉めていない国家は一つもなく、その結果として今の地図が出来上がった。
ディザスター・スピリットの森がなければ、もっと悲惨な侵略戦争とかが勃発していたかもしれない。

――皮肉ね。

科学も魔法も万能ではないのだと、発展した世界に生きているからこそ分かる。





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