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帝都編
51 出発
白いウサギは頻繁に眠り、夢で過ごした。
偶に夢路が交わっては余所者が迷い込んで来る。とりわけビースト。
人間も来た。彼らは知恵を授ける事もあるからウサギの睡眠学習に役立つ。
最初に遭遇した人間は極東人「タロー」だ。夢は物理的な距離が関係ないので国際交流も容易い。
タローは遭難中の船乗りで、死に際に失神してウサギの夢に入ったようだった。
「――霧の森? 確か嵐で船が転覆して海に投げ出された筈なんだが……。どこかの島に流れ着いたのか。なら俺は助かったんだな」
ウサギは池の水面に座り込み、瀕死のタローを眺めた。
ウサギに気付いたタローは「おお、ウサ公。お前が幸運を齎してくれたんだなあ」と笑った。彼の故郷では白いウサギと言えば神の使いらしい。
呑気にしている内にタローは消えた。
死んでしまったのだ、とウサギは思った。
数分後、再びタローが現れた。さっきと違って血色が良い。タローの「漂流してたところを奇跡的に他の船に救出された」という話に、ウサギは諸々悟った。
タローの方では丸一日が経過している。現実と夢とではタイムラグがある。
「いやあ助かったわ。有難うな、ウサ公」
的外れな礼を言い、タローは穴の開いた硬貨を池の縁に置いた。
「小銭だけど、今の俺の全財産」
タローの国では神を祀る宮に金銭を捧げる風習があると言う。
ウサギは不意の閃きを得て「的外れな礼」に報いる事にした。踵を返し、霧で身を隠したところで水面下に潜る。水底には穴の開いた岩が幾つもあり、現実から持って来たものを一時的に保管しておける。
ウサギはタローの足元に白い花を置いた。「くれんのか? 有難うよ」と笑い、タローは花と共に消えた。
数日後、夢に現れたタローの身形が小綺麗になっていた。ウサギの返した花は、タローの国では非常に珍しいもので大金に化けたのだ。
タローは「ほい、分け前」と言ってウサギに金の硬貨の塊を寄越した。
「わらしべ長者をやる気はない。俺は一度死んだ。生きてるだけで大儲けさ」
ウサギは「分け前」にも報いた。
魔法というのは、楽しくて便利なもので終わって構わない。けれどより高度に仕上げる事も出来る。それが「ルール設定だ」と、いつだか夢で逢った老ビーストに教わった。何であれ簡単なものは幼稚で、洗練さに欠ける。
ウサギの魔法ルールは「リターン」とした。
タローに木の実を返してやると「コロコロしてて可愛いな」と彼は喜んだ。
数日後、タローは富豪になって戻ってきた。外国の種子は故郷では育たないので外国人に無償で渡したらしい。そんな彼は外国人からの信頼を得られ、貿易業で成功した。
報告後にタローが「ほい」とくれたのはウサギ用の釣り竿だった。
「作ってみた。貧乏は器用なんだ。ほら、こうやって使うんだぞ」
釣り竿の使い方をレクチャーするタローを、ウサギは眺めた。
その後もタローとはよく顔を合わせた。他のビーストや人間も現れたが、タローと鉢合わせた者はなかった。ビースト同士の遭遇は幾度か発生し、夢が戦場になったりもした。サル型とイヌ型では戦闘不可避だった。
やがてタローが現れなくなった。豊かな人生を終えたのだ。最期の瞬間に波長が合わなかった事を、少しだけ残念に思う。
ルール設定のお陰で夢の世界はウサギの支配力が高まっていった。水面下の保管期間は明らかに伸び、数十年前に摘み取った花が全然枯れなくなった。
相変わらず、ビーストや人間が迷い込んで来る。どうやら魔力が強い個体に限定されている。
これはリスクだとウサギは察した。自分より強い奴と遭遇する危険性がある。夢で死ねば高確率で現実でも死ぬ。対策が要る。夢の魔法をもっと高度に、洗練させねばならない。
ウサギは閃いた。偽れない、ようにする――。
「良い人」を演じられない空間にする。訪問者の本質を暴き、騙し討ちを防ぐ。
こうしてウサギのスペル――オネイロス(夢の神)は更なる進化を遂げ、ビーストと人間の迷いの場として在り続けた。
凡そ一世紀前のある日、女皇族が現れた。
ウサギと皇室の因縁の始まりである。
十月中旬。「魔法遠征」、当日。
朝。帝都中央駅には魔法学科に属する生徒の顔が全て揃っていた。
これから貸し切りの快速列車に乗り、帝国南部の辺境へ移動する。
二泊三日の滞在中、生徒達は「悪魔の森」で各自のテーマに沿ったフィールドワークを行う。
特に最終学年の生徒達は、他学年よりも熱の入った調査となる。卒業研究のテーマに「森」を扱う者は多い。
新入生である一年生と二、三年生は、上級生らのバックアップを務める。後学の為で、先輩達を手伝う事で卒研の選び方や進め方を学ぶ。
サポート未経験のシルヴィーは、だから不利と言えば不利だったりする。
論文の暫定テーマはビースト。誕生地である森の要素は欠かせない。
「正直、何から手を付ければ良いのやら……」
一等車両の窓側に着席したシルヴィーは、早速ぼやいた。
隣のシートに座ったローラが、シルヴィーの肩を叩いた。
「とりあえず片っ端からデータを集めるんです。材料がないと何も作れないのは、料理でもドレスでも同じですからね」
「素晴らしいアドバイスを有難うございます」
シルヴィーが会釈したのと、車体が動き出したのは同時だった。
辺境行きノンストップ、出発だ。
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