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帝都編
52 ヘリテイジ
発車から間もなく、車内にドリンクのサービスがあった。
コーヒーを選び取ったシルヴィーは「ところで」とローラに目を向けた。
「ローラさんの研究テーマは何ですか?」
「三年前からディザスター・スピリットの検知システムを扱ってます」
「難しそうですね。確か大学でワーロックの開発を学ばれたいんですよね?」
「ええ。でも入学するには論文が要ります。最終学年の今回ばかりは呑気なクラスメイト達も真剣ですよ。進路がかかってますからね」
クラスの八割が大学進学、もしくは研究機関勤めを志望している。
いずれも狭き門だ。特に研究機関は中々空きが出ない為、募集ゼロの年もある。
「二人、呑気なのがいますがね」と言ってローラは斜め前のシートを指差した。
「例えばあいつは、研究機関行きが決定しています」
「聞きました。ヘリテイジのメイジなんですってね」
「正しく遺産の魔法です。いや魔法の遺産かな。数が少ないですからね。研究材料としても研究者としても魅力的な人材です」
シルヴィーはただ頷いた。
魔法の哲学で「ヘリテイジはズルいのか」という話が出てきた。
シルヴィーの意見としては、ズルくない。なにせ親や先祖は自分で選べない。ズルのしようがないのだからズルではない。
希少なヘリテイジは帝国では珍重される。研究の為に理解したいのであって魔法で何かして欲しいのとは異なる。
ヘリテイジとは、中世後期に発生した原始の魔法を持つメイジをさす。
スティル・テクニックのみでインテンス・パワーはない。インテンス・パワーも遺伝する才覚には違いないけれど、技そのものは後天的なものなので経験を積んで鍛え、磨く必要がある。
とはいえ世の中は広く、インテンス・パワーを持ちながらヘリテイジでもあるとんでもない逸材がいる。今の皇太子だ。
シルヴィーは、ふと閃いた。
――ヘリテイジじゃないけど、ウサちゃんもインテンス・パワーとスティル・テクニックを持ってる稀な個体と言えるわね。
長寿のビーストならば可能だろう。
人でも、二つ以上の魔法を持つ事が出来る。でも一つ極めるのも大変だから二つ目などと普通は考えない。余裕がないし、人生の尺も足りない。
苦労を要しないヘリテイジには、その余裕があるように思える。
けれどヘリテイジが、二つ目のスティル・テクニックを極めた例はない。元ヘリテイジの家系のメイジが原始の魔法を途絶えさせた後に、新たな魔法を生み出した例ならある。
――ヘリテイジのルールはかなり厳しいそうだから。
結局、二つ目を持つ余裕はないというのが通説だ。
シルヴィーは、下級生達の乗る後方車両に意識を向ける。
意外にも、エレオノーレはこの魔法遠征に参加している。例外的にメイドの同行が許可されているのは、病弱な侯爵令嬢だからに他ならない。
魔法遠征だけは皆勤賞だと言う。他の生徒達はそれを不思議がっているけれど、シルヴィーにはエレオノーレの気持ちが察せられた。
――魔法を求めている。
自分がそうだから分かる。城内にはメイジが多く「自分も」と考えがちになる。
しかもエレオノーレは名門侯爵家の出身だ。
――意外と言うなら、彼女がヘリテイジじゃないって事よね。
父ロンネフェルト侯爵はインテンス・パワーのメイジで、跡取りの長兄はヘリテイジだと聞いている。特定の花を咲かせる魔法らしい。
古いロンネフェルト侯爵家は、複数のヘリテイジを輩出したと言われている。亡き侯爵夫人の実家も北の古い血統に属すると言う話だ。
長兄を除くヘリテイジは、今や伝説になっている。侯爵も「現在まで確認出来ず」と公言している。
「チャージ期間が相当長い魔法でないならば、絶えたと考える――」
チャージ期間はヘリテイジで最も多く見られるルールだ。魔法ごとにその長さや重さは異なる。
見失ったヘリテイジの所在確認は難しい。辺境につき、侯爵領は何度も戦火に見舞われた。現当主は始祖の直系ではない上、紛失した記録も多い。
失われし魔法が、エレオノーレに継承されている可能性は充分あった。ヘリテイジはダブルブッキング不可。兄は、既に一つ所有している。
兄と同じヘリテイジでないエレオノーレに、期待は集中した。
未だエレオノーレからの「メイジ開花」宣言はない。
皇城にはメイジ判定可能な文官のメイジが常駐している。申請すれば「メイジか否か」をジャッジし、お墨付きをくれる。逆に「無いものをある」と虚偽申告をしても通用しない。
尚、チャージ期間のヘリテイジの場合は「メイジではない」と判定される。
エレオノーレが魔法を隠している事は有り得ない。意味がない。ヘリテイジなら、彼女はとっくの昔に未来の第三皇子妃に王手をかけられたのだ。
――ウサちゃんの夢に入れた彼女に、皇室も期待した筈。
ヴィンツェンツとの波長が合ったのは一度きり。
エレオノーレの自己申告では「何度も霧の森に行ってます。殿下とはお会い出来ていないだけです」だそうだ。
確かめる術はない。少なくともシルヴィーもヴィンツェンツも、霧の森でエレオノーレを見かけていない。
真相を知るのはエレオノーレ本人と、夢の支配者であるウサギのみ。
エレオノーレはまだ魔法を諦めていない。期するからこそ遠征に参加し、退学も望んでいない。皇子妃としての未来が消えたとはいえ、彼女が名門出の令嬢である事は間違いない。
それもあって皇城は、エレオノーレの処遇を保留としている。少なくとも今春いっぱい、国外放出はしない見通しだ。
「――だが」とヴィンツェンツはシルヴィーに厳しく告げた。
「夜会直前のような問題を再び起こせば問答無用で城から放り出す。本人にも釘を刺してあるので知らんかったは認めん。そなたもその旨しかと承知し、何かあればすぐに私に知らせろ。憐れな娘だからと同情する必要はない。いいな?」
シルヴィーは神妙に頷いた。
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