靄が晴れましたので、

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帝都編

53 辺境の森




正午過ぎ。
魔法学科の一行は、帝国南西部の辺境フラティヒ侯爵領に到着した。
巨大な領都中央駅から馬車に乗り換え、更に南下する。
初め、木組みの家が愛らしい街並みが占める車窓に、皆和んでいられた。暫くすると景色から民家が途切れ、代わりに丘の向こうから黒い壁が迫ってきた。
曇天の下にどっしりと居座る黒い森林地帯、悪魔の森だ。ディザスター・スピリットの発生が認められない現在、危険レベルは「イエロー」となっている。常にイエローだ。

森手前の高原に次々と馬車が到着し、学生達を下ろしていく。巨大な森を仰いだ学生達の口から感嘆とも悲嘆とも付かない声が漏れ出た。
乗合馬車から降車したシルヴィーもまた、森の迫力に圧倒された。

――大きい。

それに暗い。
十月に入ってからの帝国は曇りの日ばかりなのだけれど、ここは一層暗い。分厚い雲の所為で日光が全然射し込まず、景色が見通せない。
東の空には常に暗雲が立ち込めている。雷の多発地帯らしい。
休暇で何度か、ジュリエットの実家デュ・ムーリエ公爵領を訪ねた事がある。王国サイドから森を遠目にした際は、これほど暗いとは感じなかった。
両サイドで魔法の強弱、さしずめ「濃度」が異なると言う。
ディザスター・スピリットは帝国サイドで頻発し、王国サイドではほぼ出ない。

――魔法は北から来た。

国家のメイジ保有率とディザスター・スピリット発生率は連動している。魔石が産出されるのも主に大陸北部で、現在に至るまで南半球での確認はない。

荷物だけを積んだ馬車が宿泊先に向かって行く。
残された学生と教師陣は、地元辺境伯軍の誘導に従って森の安全圏まで短いハイキングをする。
シルヴィーのもとに下級生女子がやって来た。新三年生で、最も経験豊富な彼女がシルヴィーのフィールドワークをサポートしてくれる。
「お役に立ちまふ!」の声ごと頭を下げた彼女は、そのまま耳まで赤くなった。
シルヴィーはうっかり「可愛い!」と叫ぶところだった。
可愛い相棒は、子爵家のモニカと名乗った。

モニカと共に軍隊の行軍に続く。
歩きながら、シルヴィーは大勢の生徒の群れの中にエレオノーレを捉えた。フリーダともう一人下級生を伴っている。
物凄く目が良い訳でもないのに彼女を見付けられたのは、あちらから殺気立った視線が送られてきたからだ。
未来の第三皇子妃たるシルヴィーは、未だ彼女に恨まれている。

――いえ一生かしら。

相変わらずフリーダは「いけません」とエレオノーレの形相を嗜め、下級生は主従を見比べて「?」となっている。

間もなく一行は三手ほどのグループに別れ、各々近い入り口から森に踏み込んだ。獣道のようなものがあって、割とどこからでも入れる。広い車道もあるけれど、そちらは軍馬や戦車の通り道につき、緊急性のない学生達は使用を避ける。

シルヴィーの行き先は予め決まっている。
比較的安全な森の西側エリアに向かう。
そこに、魔法大帝国でも稀なビースト研究者の拠点がある。



ビーストの研究施設までは、細い道が築かれていた。
足元には等間隔で外灯が置かれ、昼間でも暗い道を照らしている。道の左右には黄色い塗料のガイド線が引かれていて、霧の日でもよく見える。ヘビ除けの効果もあるそうだ。
灯りを手にした辺境伯軍兵士らの案内に続き、シルヴィーとモニカは黙々と道を歩いた。木々の合間にログハウスみたく角材で出来た施設が見えてきた。敷地は鉄製のフェンスで囲まれている。
正面入り口に、ブルーの制服が並んでいた。
シルヴィーは思わず惚ける。見覚えのある制服だったからだ。

「王国陸軍……いえ、デュ・ムーリエ辺境伯軍?」

疑問も束の間、整列の端で知った声が発した。

「シルヴィー、待っていたよ」

シルヴィーは再び惚けた。

「トリスタン……?」

幼馴染が陸軍の制服を着てライフルを手にしている。
はっきり言って、全然似合っていない。



夏季休暇の後半――。
帝国から王国に戻ったトリスタンは、帰郷した伯爵領の父親に申し出た。

「父上、僕は心を入れ替えます。男を上げて出直します」
「お前……馬鹿なんだから馬鹿なマネはよせ。死ぬぞ」
「死にません。海軍で己を鍛えます」
「海軍……王族の真似事か。まあ、進路も定まっていない事だしやりたいならやればいい。死なない程度にな。――そう言えば、どこかに何かの支払いをしとるのではなかったか? 大丈夫か?」
「僕が支払うのでお気遣いなく」

跡取りのトリスタンにはやがて財産が転がり込む。だから今の手持ちがすっからかんになったって構わない。
軍隊にも稼ぎに行くのではない。

「それでは、男を磨きに行って参ります!」
「……大丈夫かな、こいつ」

大丈夫ではなかった。
父親の伝手で俄か軍艦乗りとなったトリスタンは洋上に出て三日後、叫んだ。

「人は――ランド(陸)から離れては生きられないんだよ!」
「うむ。適性なし」

指導教官の判決が下され、トリスタンは愛しのランドに帰還した。近海までの実に短い冒険を終えた。
次にトリスタンは陸軍への入隊を試みた。
こう考えた。

「辺境伯軍に配属されれば帝国の傍に行ける!」

つまりシルヴィーの近くに行ける。ディザスター・スピリットさえ発生しなければ辺境の森はただの森だ。
「いいっすね」と脳筋護衛ことドニが頷いた。
入隊はそもそもドニのアイディアで、軍艦にも一緒に乗って一緒に降りた。忠義と言うか、ドニはドニで考えが浅いのだ。「お前は不合格じゃないぞ」と首を傾げた教官に「トリスタン様が降りるんで降ります」と返したからやはり適性なしだ。
いつしかセットとなった主従はコネを活用し、王国陸軍に揃って入隊した。軍隊は常に人手不足なので何も難しい事はない。
入隊後間もなく、主従は辺境伯軍森林警備隊へ回された。
そしてトリスタンに好機が訪れるのだ。





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