靄が晴れましたので、

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帝都編

54 無償の施し




秋には「悪魔の森」に帝都学園の生徒達がやって来るらしい。しかも、公爵領から近い西側の施設をシルヴィーが訪ねる予定だと言う。

「――幼馴染である自分が彼女をお守り致します!」

申し出たトリスタンに、義父予定の公爵も父伯爵も少々閉口したものの「……やりたいならやればいい」と言って反対はしなかった。
二人共「トリスタンなりのジュリエットへのアピール」と考えた。何より「旧友を守る」と意気込む若者を止める理由など見当たらなかった。
許しを得た俄か軍人のトリスタンは、意気揚々と森の西側に出向いた。
ちゃんとニュースを読んで承知している。シルヴィーは未来の第三皇子妃であり、完全に手の届かない存在となってしまった。

「でも僕の雄姿を見たら彼女、気が変わると思うんだよね」

トリスタンと第三皇子とではシルヴィーとの付き合いの長さが違う。
幼少期からの絆がある。まだチャンスはある。シルヴィーが「妃の辞退」を申し出ればきっと皇城も第三皇子も受け入れる。候補はもう一人、名門侯爵家の令嬢がいると言う話だ。スペアがあるならシルヴィーも心置きなく帰郷出来る。
このトリスタンの希望的観測を、ドニは「うす」と肯定した。
主従は揃って考えが浅い。だからこそ恐いもの知らずでいられる。



悪魔の森、西側第三区画にビースト研究所はあった。
ビースト博士こと所長のデーニッツ氏は、研究所を訪れたシルヴィーに自身の研究について説明してくれた。
デーニッツの話に熱心に耳を傾けながら、シルヴィーは建物の表の様子をチラリと想念した。
フェンスの内外は、王国と帝国の辺境伯軍がハーフハーフの割合で固めている。
シルヴィーの訪問がなければ王国側の戦力が出て来る事はなかった。
「僕が進言したんだ」とトリスタンは得意気に語っていた。
彼の言い分に、シルヴィーは肯定も否定もせず「お気遣いをどうも」とだけ返しておいた。

――まさかまだ私に関心がある、とは思いたくないけれど。

浅慮は有り得る。トリスタンは多分トリスタンのままだ。夏に別れてそれほど時間は経っていない。人は急に変わったりしない。
シルヴィーは明日の事に考えを巡らせた。

――ヴィンツェンツ殿下がいらっしゃるわ。

急遽、高原での限定公開軍事演習の予定が組み込まれた。シルヴィーが未来の皇子妃となったからに他ならない。例年にない特典追加に、学生達は大いに沸いた。
今朝、城からシルヴィーを送り出す際、ヴィンツェンツは「ではまた明日」と微笑んでいた。

「そなたに私のインテンス・パワーを披露するのは初めてだな」

シルヴィーは楽しみで仕方がない。心から。
けれど人知れず唸ってしまう。意気揚々のトリスタンに一抹の不安が過ぎる。

――お願いだから、殿下と鉢合わせしてもお行儀良くしててよ。

ヒミカにしたような無礼を帝国皇子に働くとは思えない。
でも浅慮だから、何をするか分からない。



土曜日のこの日。
ジュリエットは帝都大聖堂併設の礼拝堂に来ていた。

昨日の午後、聖堂前の広場でファッションショーを開いた。
新人デザイナーは帝国出身者で、王都ファッションウィークへの参加には至っていない。センスを見込んだジュリエットがバックアップを申し出たところ、彼は地元開催に意気込み、そしてやり遂げた。
帝都でもファッションショーはあるらしい。といっても主な開催場所は皇城で、皇族限定のものでしかない。
昔は王国でも、王侯貴族向けのショーを行う為、ブランドのサロンを貸し切っていたそうだからそれと同じだ。
ジュリエットは、地元民や普通学校の生徒達を招待した。
無償の施しは、デザイナーからも市民らからも大感謝された。父の財力あってのイベントだったし、ジュリエットがドレスを作ったワケでもない。大した努力はしていない。それでも人々から称賛されるのは、気分が良かった。
父からも「神を学び、人の幸福に目が向くようになったな」と評価してもらえた。

――ヤバくない? 私ってば、聖女に推薦されちゃう?

良い気分に浸っていると、家族連れが入って来た。
子供らはショーを見物したようで、ジュリエットに気付くや慌ただしく駆け寄って笑みを閃かせた。

「昨日は、綺麗なショーにご招待頂き、有難うございました」
「お礼なんていいんですのよ。素晴らしい事はみんなで分け合うべきですもの」

微笑みかけたジュリエットを仰ぎ、十歳かそこらの男女は目を輝かせた。
女子の方が言った。

「わたし王国でいっぱい勉強して、ジュリエット様の為にドレスを作ります」

ジュリエットは瞬き「――あら、そう。どうも」と笑った。
祈りを終えて礼拝堂を後にする親子を見送りながら、妙な気分がしていた。
無垢な直視を浴びた所為か、何か後ろめたい。

良い事はした。でも大した事はしていない。

考えていると、司祭が通りかかった。昨日も会った人物で、まだ二十代なのにかなり老成している。治癒を使うメイジゆえに高位に就いているらしい。
彼は、神学で有名な帝国女学院に通うジュリエットの依頼だったからこそ、聖堂前広場をランウェイとして提供してくれた。
ジュリエットは、司祭と向き合った。

「あの、神様は人に罰を与えますか?」

司祭は微笑んだ。

「神が人に与えるのは試練と許しです」
「許し……」

ジュリエットは、悪い事はしていない。
シルヴィーを取り戻すのは権利であって悪行とは違う、筈だ。

――だってお母様が命と引き換えに。

ジュリエットの思案顔に、司祭が告げた。

「悩める者よ、貴女は自由です。戻るのも進むのも好きに出来ます。神は常に貴女のお傍にいらっしゃりますよ」

ジュリエットは、神に傍にいて欲しいのではない。

――シルヴィーが傍にいてくれれば。

これを願う事は悪い事なのだろうか。
父の言葉が脳裏を過る。人の幸福に目が向くようになったな――。
人の幸福。
シルヴィーの幸福は、ジュリエットの傍にはないのだろうか。





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