靄が晴れましたので、

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帝都編

58 スペル




視界が白んだ。白い世界になった。
霧の夢に似ていた。

目の前にぽんっと白い箱が出てきた。バリエーション豊富なクッキーとかが入ってそうな円形の、贈答用の箱だ。
その円い蓋がぱっと開いた。
シルヴィーは、白い箱に向かって手を伸ばした。死ぬのは嫌で、会えないのはもっと嫌だった。
無我夢中の手が箱に届く。円い口を開けた箱の中身を見る。
ホワイトホールになっていた。期待した白いウサギは入っていない。
最期なのに会えなかった。がっかりした。

ふと、シルヴィーの頭に言葉が浮かんだ。
言うだけ言ってみた。

「――スノーホワイト」

ホワイトホールから、白いウサギが飛び出した。



ホワイトホールから、白い発光体が出て行った。
衝撃が、シルヴィーの意識を現実に引き戻す。
目の前に現れたホワイトホールと、空に飛び出した個体を肉眼で追う。
夢のウサギが現実に出てきた――。

ウサギは、後ろ脚から繰り出した超加速を得て空中を疾走し、迫りくる黒い雨に向かって行った。
全身に白い光を帯びている。高速による熱であり現象自体は魔法ではない。魔力を放出しプラズマの塊になっている。
高速の弾丸ボディだ。光のように屈折しながら動き回り、高速体の周囲に衝撃波を生み出す事によって飛来するカラスの羽根を吹き飛ばしていく。一つ一つを叩き落す必要などない。
白い弾丸が通過した後ろで黒い雨は無害な羽根と化し、ひらひらと空中を舞った。

カラスは、自分に突っ込んで来る見知らぬ個体を認めた。再び両翼を後方に引いて迎え撃つ。
相手の方が速かった。片翼に直進し、空に抜けていく。
貫通された翼に大穴が開いた。カラスは飛翔を維持出来ない。傾いて墜ちる。

巨体の落下を予期した兵士が口々に「退避ー!」と発した。撤退と避難が始まる。
シルヴィーは、後輩と兵士らの手を借りて移動の波に加わった。さっきからやたらと全身が重く、怠い。とても自力では走れない。
他力に頼って逃げる足を動かしながら、首で背後を振り返った。
白い弾丸が巨大落下物に容赦のない体当たりを食らわせている。一定方向に集中する攻撃からその意図を察する。人気のない方へ落としにかかっている。
シルヴィーは、空の相手に呼び掛けた。

「死なないでね、スノーホワイト!」

それで、あの言葉は自分がウサギに付けた名前なのだと理解した。

――私のスペルは、あの子の名前だった。

自分がメイジになったのだと自覚もした。
胸の中心が熱かった。興奮と恐怖と歓喜でもう訳が分からなくなっていた。



逃げる群衆の背後で強烈な閃光が生じる。
上空に巨大な光源が出現し、黒々とした森林を晴天の昼間のように照らし出した。随分と低い位置に浮かぶ、季節外れの真夏の太陽だ。
認めたある兵士が「ああ」と感嘆ごと呟いた。

「ヴィンツェンツ殿下のスペルだ――」

紅い球形のプラズマがカラスの巨体にどすんと圧し掛かる。
カラスは火に呑まれ、黒い煙を噴き上げながら森の中に墜ちていった。



高原に出たシルヴィーは、森の入り口でスノーホワイトを待っていた。
急に浮かび出た太陽がカラスを仕留めたのを見て、心配が限界に達した。怠い体をおして駆け出そうとしてふらつき、倒れそうになる。
慌てた後輩やら兵士やらの手がシルヴィーを支え、止めた。
シルヴィーは彼らに訴えた。

「お願い、戻らせて! あの子が巻き込まれたかもしれないの!」

すると「それはない」という答えが飛んできた。
シルヴィーが振り仰いだ先に、騎乗のヴィンツェンツがいた。
馬で歩み寄り、彼は言った。

「どうにか間に合ったな」
「……殿下? もしかして、さきほどの火球は殿下の魔法ですか?」
「そうだ。だから手応えで分かる。巻き添えはない。少なくとも私のスペルが原因で死んだのはカラス一体のみだ」

シルヴィーは、遂にその場にへたり込んだ。
馬を降りたヴィンツェンツが駆け寄り、シルヴィー傍らで膝を突いた。細い肩を両腕で引き寄せて言う。

「一先ず、そなたが無事で何よりだ」
「来てくれたんですね……」
「迷子の報せを受けて馬を飛ばした。それより巻き添えとはそなたの友人の事か? すぐに捜索を再開させよう」
「確かに友人ですが、人間の同級生ではなくて……」

シルヴィーはヴィンツェンツに訴えるようにして告げた。

「ウサギのあの子が出てきて、私を助けてくれたんです」

ヴィンツェンツは瞬き、シルヴィーを凝視した。
一度では理解出来ない話だったのだろう。シルヴィーも未だ信じられない。

その時、森の茂みがガシガシッと葉と枝を鳴らした。
シルヴィーが音に反応するのと、野草の間からウサギの顔が出てきたのは同時だ。
ウサギの無事を見て、シルヴィーは笑みを輝かせた。

「良かった、スノーホワイト」

ヴィンツェンツがウサギとシルヴィーのどちらに対しても仰天している。
仰天には早かった。
いつものようにウサギはぴゃーっと駆けて来た。シルヴィーもいつものように両腕を伸ばしてウサギを待ち構えた。
一人と一羽の間に、例のホワイトホールが現れた。

「――え?」

ウサギはぴょーいと白い空洞に飛び込み、消えた。
ウサギを呑み込むやホワイトホールも消滅した。

「――え?」

シルヴィーの身にも異変が起こった。
全身の気怠さが、嘘のように消えた。



三十分後、迷子ことエレオノーレが保護された。
西側の斜面で、頭から血を流して倒れていたところを兵士達が発見した。
「転んだ拍子に岩で頭を打ったらしい」との事だった。





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