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帝都編
59 サモン
魔法学科の教師と生徒達は、ホテルに帰された。
ビースト事変発生により、今年の「魔法遠征」は強制終了となった。
気の毒な生徒達にも慰めはあった。仲間が誰も傷付いていない事と、ヴィンツェンツのプラズマを目撃出来た事だ。予定を遥かに超える大規模な魔法を仰ぎ見、男子の多くが「うおおお」と吠えていたそうだ。
危険レベル「レッド」となった悪魔の森では、軍による調査が行われている。
シルヴィーは一人、学生の集団から離脱していた。ヴィンツェンツの付き添いで森に引き返し、ビースト研究所を訪ねる。
どうしてもビースト博士ことデーニッツにウサギの件を相談したかった。
シルヴィーの話を聞き、彼はこう分析した。
「ウサギは遥か遠方の飛び地からこの森まで瞬間移動しています。間違いなくシルヴィー様の魔法は、サモンです」
ビーストを呼び出す魔法をサモンと呼称する。原始の魔法で多く見られたその技は今現在、ほとんど失われている。
謎の倦怠感についてもサモンならば説明が付くと言う。
「デポジット(保証)です。サモンは呼び出して終わりではありません。お帰り頂くまでがセットとなった魔法ですので、往復に必要な魔力を手元に残しておく必要があります。その為のデポジット機能であり多めのマージンです。ウサギがお家に帰って体調不良が解消されたのは、デポジット分が戻った為でしょう」
「私の魔力は、スノーホワイトの交通費にあてられているんですね?」
「そういう事です。尤もサモンは、魔力が潤沢なだけでは成立しない魔法です。呼び出す対象は概ね大物のビーストですから、一筋縄ではいきません」
これにヴィンツェンツが頷いた。
シルヴィーを見る。
「そなたは既に、サモンと似た能力に接触している」
「似た能力?」
「スーパーポストマンだ」
「確かに」
瞬く間に遠方へ封筒を送れる能力は、紙限定のサモンと言って差し支えない。
デーニッツも頷いた。
「意思のない物体を移動させる魔法は、比較的簡単です。しかし知的生命を動かさねばならないサモンは全く勝手が違います。個体の強弱で難易度が変わります。強者は拒否権を行使し、呼び声を跳ね付ける事が出来る為、必ず応じてくれるとは限らないのです」
シルヴィーは安心した。
「ではあの子は、強制されて戦いに来たのではないのですね?」
「勿論です。呼び出しに応じた理由は一つしかありません。――愛です」
「愛……!」
「シルヴィー様の事が好きだから死なせない為に来た。それだけです」
「愛……!」
シルヴィーは心から感動した。
隣でヴィンツェンツがちょっとそわそわしながら「愛、なら私も……」とぶつぶつ言っている。
申し訳ない事に、胸がいっぱいのシルヴィーは聞き流してしまった。
その夜。
ホテルに居残ったシルヴィーは、就寝後間もなく霧の森に来た。
ぴゃーっと駆けて来たウサギを今度こそ両腕に抱き上げて、小さな白い顔に頬を押し当てる。
「私達の愛が時空を超えたね、スノーホワイト」
互いの頬に頬を擦り付けるだけの時間を過ごして、夢は終わった。
大変な至福だった。
翌日からシルヴィーは、森に籠るようになった。
まずは卒研のデータ収集に励む。と言ってもウサギ関連ではない。
サモンを行った今、事態はより複雑化した。嬉しい誤算ではあるものの一年かそこらでは時間が足りず、半端な提出物になってしまう可能性が高い。
ならばと、思い切ってテーマを「コトリ型のビーストの生態」に切り替える決断に至った。鳥は獣よりも遥かに文献が多く、丁度デーニッツが手懐けている個体もいて資料集めには全く困らない。
コトリのデータを溜める傍ら、シルヴィーはサモンの検証にも精を出した。
何度か試して分かった事がある。
一人と一羽を繋ぐホワイトホールの直径は、大体シルヴィーの両掌を合わせたサイズで固定されている。小さなウサギが通過するには問題ない。
紙みたく薄い円形という形状も固定で、ウサギが来る際は水平方向に、帰る際は垂直方向になって出現する。それで初回時、ウサギはぴょーんと飛び上がって登場した。ビックリ箱みたいに。
二度目以降はビックリ箱になっていない。緊急性がないとウサギは飛び出してこないようで、シルヴィーの心理状態でその判断をしている。
すーっと小さい顔を首まで出して「呼んだ?」と目で伺うだけ。腰が砕けるほど可愛い。破壊力が凄いので免疫のない人は注意されたい。
可愛い額を前にして撫でないという選択肢のないシルヴィーは、指先で撫でた。そして気付いた。
呼んで触れただけでは倦怠感が来ない。法則を掴む為、シルヴィーはホワイトホールに沈んだままのウサギの両の前足に手を差し込み、抱き上げてみた。
後ろ脚がホワイトホールから離れないよう持ち上げた場合、ウサギ本来の重量が両腕に軽い負荷となって感じられた。
けれど後ろ脚がホワイトホールから抜けきった途端、ホワイトホールは消え、ウサギの重量を超過する負荷が全身にズシッと圧し掛かった。
つまりウサギのボディが一部でもホワイトホールと接触している限り、デポジット分は差し引かれない。少量の魔力を消費するだけで済む。
この負荷、魔力に富んだメイジがサモンを行えば軽いのだろう。正確には軽いと感じられるのだろう。
「ヘボいメイジの癖して大物を釣り上げてる、その代償なんだわ……」
「頭だけウサギ」と見詰め合ったまま、シルヴィーは唸った。
魔力は、誕生時から各々体内のキャパが決まっていてマックス値は動かないし、増やせない。疲労や老化で減るだけだ。
悩めるシルヴィーの肩に、ヴィンツェンツの手が被さった。
「私が代理負担出来れば良いのだがな」
「殿下、そのお気持ちだけで――ホントそうですね」
「……このところのそなたは夢のキャラに近付い。ウサギが傍にいる所為だな」
「有難うございます」
「うむ? うむ……」
検証の最中、ヴィンツェンツは常にシルヴィーに寄り添ってくれている。
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