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5. 芸術の悪魔
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その老人は、芸術の悪魔と呼ばれていた。著名な批評家であるクリストファー・ヒルから高く評価されたことを契機に、彼は世界的に知られる画家となった。彼の芸術は、一部の人々に熱狂的に歓迎され、そうではない大多数の人々に生理的に拒絶された。彼の絵画群では、色むらが意図的につくられていて、描写の筆致は暴力的なまでに粗い。
「The Tattoo Baby」
全身タトゥーだらけの嬰児が中央に描かれた絵画だった。嬰児は歩道でおすわりをしていて、幼子らしくないアンニュイな表情を浮かべこちらを見ている。いや、鑑賞者の後方をぼやっと見ているだけで、決して目が合うことはない。嬰児の後ろには、無配色のコンクリートからなる建物がある。その壁にはシミがある。向かって右には、牛の死骸が腹ばいで横たわっている。黒い牡牛であり、家畜ではなく闘牛のようであった。目は決死の闘いを想起させるように見開かれ、身体中の筋肉が隆起している。裂かれた腹から血が溢れ、嬰児に届きそうになっていた。向かって左には、異様なほどカラフルで色鮮やかな花が地味な花瓶に飾られていた。他は色味が抜かれていることから、花と血がより鮮やかに映えていた。
「The Balloons」
夏至の太陽に焼かれ、光が溢れるような筆致だった。創作である夏の異様な光量を、現実の眩しさと錯覚して目を細めてしまう。ほぼ真下から仰ぎ見るような画角で、カラフルな無数の風船がひと塊りになってふわふわと浮かんでいる。光の爆発のせいでかろうじて垣間見えるのは、風船の塊から垂れ下がる縄だった。その頼りない細い縄で、全裸の男が首を吊り死んでいる。爆発する陽に焼け焦げたような陰のせいで、男は曖昧に描写されている。それでも、偶然か、あるいは意図的に、一対の眼はこちらを向いているように見えた。命が落ちただけ、体が軽くなったみたいに、風船の浮力で上へ上へと上がっていくように見えた。
「The Dancing Baby」
油絵の具を塗りたくられた嬰児がキャンバスの上で遊ぶことで描かれた、色彩豊かな抽象画だった。それは虐待か、あるいは芸術か。創作のために絵筆にされた嬰児は、彼の子供だった。
「The Baby in the Toilet」
夏の公衆便所の便器の水に浮かぶ胎児が描かれている、タールのように重い筆致の油絵だった。煙草の吸い殻や使用済みのコンドームや注射器が散らばっている。壁には卑猥な落書きが描かれている。便器は掃除されたことがないみたいに黒ずんでいる。便器の水溜りに浸かる胎児からへその緒がのび、便器の外へ見切れている。陶器の子宮と汚水の羊水。そして、絵画にその姿すら表さない卑怯者の手が、胎児あるいはトイレのレバーに向かって伸びている。窓から射す斜陽に、夏が滲むようだった。
「The Vagina」
巨大すぎるヴァギナの絵画だった。その巨大さとは不釣り合いに、この大大陰唇はリアリズムが追求されていた。陰核包皮、陰核、大陰唇、小陰唇、尿道口、膣口、すべてが正確に描かれている。また、襞が左右非対称であり、黒ずんでいるように見える。見上げるほど巨大なその絵画は、生々しく臭いが立つようだった。
「Salty and Fishy」
肥満で醜い老婆の裸が描かれている。ソファに座った彼女の垂れ下がった巨乳と、肥大した乳輪、胸よりでている腹と、臍の下までみっしりとした密度で茂る未処理の陰毛、その下に垣間見える濡れて束になった毛だらけのヴァギナ。そのヴァギナをじっとりと味わうように舐める美少年がいる。その塩気や生臭さ、それから味まで感じてしまうような味蕾を刺激する絵画だった。その美少年は老人の幼少期の容姿をしており、これは自画像であるようだ。
過激さに毒された人々のこれらの作品への熱狂ぶりは、悪魔信仰の新興宗教のようだと揶揄された。また、そのカルトの愛好者たちにとっては、彼こそが信仰対象であり、神様だった。その信者=愛好者はより鮮烈な劇薬を求め、過激さは歯止めが効かず、後にさらに加速していく。ブレーキが馬鹿になった四輪駆動車のアクセルを踏み切るように。
悪魔あるいは神様は、老いると人間になるようだ。その老人には頭髪がなく、肉体は根を断たれた植物のように痩せ、左腕には醜い何かを隠すように包帯が巻かれていた。胸には縦に一筋、外科手術の痕があった。
老人は記憶を保つことができなかった。あらゆることを忘却してしまう。記憶障害により過去のことも殆ど忘れてしまっていた。
脳の記憶保持機能が欠落したその老人は、私の祖父だった。彼はいつも同じ映画を繰り返し鑑賞していた。その映画は、再生機器の設定で終わると始めから自動再生されるようになっており、繰り返し液晶テレビに映し出される。祖父は映画の中の世界を、飽きることなく眺めている。映画を観終えると満足気に溶けるように背もたれに深くもたれ、自動再生でまた映画が始まると少し強張り僅かに前のめりになる。彼の記憶はちょうど映画一本ほどの時間しか保存されない。
祖父が生活を営むその部屋には、後脚が不自由なことから車椅子をつけた老犬がいて、祖父の傍でいびきをかいて寝てばかりいた。
車に轢かれたことにより、祖父は頸髄を損傷し下半身が不自由なため、電動の車椅子で移動する。老犬は前脚だけでひょこひょこと器用に祖父の後をついて歩いたが、やはり二本だけの脚では疲れるのか、はあはあとよく舌をだしていた。
祖父の車椅子が動くと、老犬の車椅子が動く。祖父の車椅子が止まると、老犬の車椅子が止まる。老犬が祖父を見上げる。祖父の車椅子が動くと、老犬の車椅子が動く。祖父の車椅子が止まると、老犬の車椅子が止まる。老犬が祖父を見上げる。父の車椅子の車輪が回ると、老犬の車椅子の車輪が回る。彼らは歯車仕掛けの一つ機械のように動き、止まり、見上げ、動き、止まり、見上げ、動き、止まり、見上げる。映像がループするような散歩だった。一つの映像が繰り返し再生されるように。
祖父は米国人で英語しか喋ることができなかった。介護士は日本人で日本語しか喋ることができなかった。彼らの間に会話なんてものはなく、沈黙に映画の音が混じった部屋で、まるで歯車で動く機械のように正確に、ただ決められたことを決められたときに決められたように行われていくだけだった。
変わらない日々の中で、老いていく身体と抜け落ちていく記憶だけが変わっていく。老いにより視力も失い始めており、黒目が濁っていた。衰える視力により、映画が映し出される液晶テレビと車椅子の距離が徐々に詰まっていくのを、間違い探しのように見ていたことが思い出される。
私は英語が喋れなかったことと、その白濁した目を幽霊のそれと怖がり、祖父のいる部屋には近づくことは稀だった。
祖父の部屋の窓からは、放蝶温室が見えた。母の趣味が高じて建てられたものらしい。鑑賞者不在となったその温室には、蝶が依然として飼育されており、それらは全身白の使用人たちにより徹底的に管理されていた。
日射により眼球にじゅっと焼きついたように、忘れることができない蝶の光景があった。地下室へ繋がる階段の前で、蝶がもがくように羽ばたこうとしていた。その蝶の羽は針と糸で縫い閉じられていた。放蝶温室から生け捕りにされたであろう蝶の自由は剥奪されていた。幼い私は自らの四肢が縫い閉じられることを想像してしまう。抗えど抗えど、逃れることができない。暴力の翳がちらちらとちらつく。
「The Tattoo Baby」
全身タトゥーだらけの嬰児が中央に描かれた絵画だった。嬰児は歩道でおすわりをしていて、幼子らしくないアンニュイな表情を浮かべこちらを見ている。いや、鑑賞者の後方をぼやっと見ているだけで、決して目が合うことはない。嬰児の後ろには、無配色のコンクリートからなる建物がある。その壁にはシミがある。向かって右には、牛の死骸が腹ばいで横たわっている。黒い牡牛であり、家畜ではなく闘牛のようであった。目は決死の闘いを想起させるように見開かれ、身体中の筋肉が隆起している。裂かれた腹から血が溢れ、嬰児に届きそうになっていた。向かって左には、異様なほどカラフルで色鮮やかな花が地味な花瓶に飾られていた。他は色味が抜かれていることから、花と血がより鮮やかに映えていた。
「The Balloons」
夏至の太陽に焼かれ、光が溢れるような筆致だった。創作である夏の異様な光量を、現実の眩しさと錯覚して目を細めてしまう。ほぼ真下から仰ぎ見るような画角で、カラフルな無数の風船がひと塊りになってふわふわと浮かんでいる。光の爆発のせいでかろうじて垣間見えるのは、風船の塊から垂れ下がる縄だった。その頼りない細い縄で、全裸の男が首を吊り死んでいる。爆発する陽に焼け焦げたような陰のせいで、男は曖昧に描写されている。それでも、偶然か、あるいは意図的に、一対の眼はこちらを向いているように見えた。命が落ちただけ、体が軽くなったみたいに、風船の浮力で上へ上へと上がっていくように見えた。
「The Dancing Baby」
油絵の具を塗りたくられた嬰児がキャンバスの上で遊ぶことで描かれた、色彩豊かな抽象画だった。それは虐待か、あるいは芸術か。創作のために絵筆にされた嬰児は、彼の子供だった。
「The Baby in the Toilet」
夏の公衆便所の便器の水に浮かぶ胎児が描かれている、タールのように重い筆致の油絵だった。煙草の吸い殻や使用済みのコンドームや注射器が散らばっている。壁には卑猥な落書きが描かれている。便器は掃除されたことがないみたいに黒ずんでいる。便器の水溜りに浸かる胎児からへその緒がのび、便器の外へ見切れている。陶器の子宮と汚水の羊水。そして、絵画にその姿すら表さない卑怯者の手が、胎児あるいはトイレのレバーに向かって伸びている。窓から射す斜陽に、夏が滲むようだった。
「The Vagina」
巨大すぎるヴァギナの絵画だった。その巨大さとは不釣り合いに、この大大陰唇はリアリズムが追求されていた。陰核包皮、陰核、大陰唇、小陰唇、尿道口、膣口、すべてが正確に描かれている。また、襞が左右非対称であり、黒ずんでいるように見える。見上げるほど巨大なその絵画は、生々しく臭いが立つようだった。
「Salty and Fishy」
肥満で醜い老婆の裸が描かれている。ソファに座った彼女の垂れ下がった巨乳と、肥大した乳輪、胸よりでている腹と、臍の下までみっしりとした密度で茂る未処理の陰毛、その下に垣間見える濡れて束になった毛だらけのヴァギナ。そのヴァギナをじっとりと味わうように舐める美少年がいる。その塩気や生臭さ、それから味まで感じてしまうような味蕾を刺激する絵画だった。その美少年は老人の幼少期の容姿をしており、これは自画像であるようだ。
過激さに毒された人々のこれらの作品への熱狂ぶりは、悪魔信仰の新興宗教のようだと揶揄された。また、そのカルトの愛好者たちにとっては、彼こそが信仰対象であり、神様だった。その信者=愛好者はより鮮烈な劇薬を求め、過激さは歯止めが効かず、後にさらに加速していく。ブレーキが馬鹿になった四輪駆動車のアクセルを踏み切るように。
悪魔あるいは神様は、老いると人間になるようだ。その老人には頭髪がなく、肉体は根を断たれた植物のように痩せ、左腕には醜い何かを隠すように包帯が巻かれていた。胸には縦に一筋、外科手術の痕があった。
老人は記憶を保つことができなかった。あらゆることを忘却してしまう。記憶障害により過去のことも殆ど忘れてしまっていた。
脳の記憶保持機能が欠落したその老人は、私の祖父だった。彼はいつも同じ映画を繰り返し鑑賞していた。その映画は、再生機器の設定で終わると始めから自動再生されるようになっており、繰り返し液晶テレビに映し出される。祖父は映画の中の世界を、飽きることなく眺めている。映画を観終えると満足気に溶けるように背もたれに深くもたれ、自動再生でまた映画が始まると少し強張り僅かに前のめりになる。彼の記憶はちょうど映画一本ほどの時間しか保存されない。
祖父が生活を営むその部屋には、後脚が不自由なことから車椅子をつけた老犬がいて、祖父の傍でいびきをかいて寝てばかりいた。
車に轢かれたことにより、祖父は頸髄を損傷し下半身が不自由なため、電動の車椅子で移動する。老犬は前脚だけでひょこひょこと器用に祖父の後をついて歩いたが、やはり二本だけの脚では疲れるのか、はあはあとよく舌をだしていた。
祖父の車椅子が動くと、老犬の車椅子が動く。祖父の車椅子が止まると、老犬の車椅子が止まる。老犬が祖父を見上げる。祖父の車椅子が動くと、老犬の車椅子が動く。祖父の車椅子が止まると、老犬の車椅子が止まる。老犬が祖父を見上げる。父の車椅子の車輪が回ると、老犬の車椅子の車輪が回る。彼らは歯車仕掛けの一つ機械のように動き、止まり、見上げ、動き、止まり、見上げ、動き、止まり、見上げる。映像がループするような散歩だった。一つの映像が繰り返し再生されるように。
祖父は米国人で英語しか喋ることができなかった。介護士は日本人で日本語しか喋ることができなかった。彼らの間に会話なんてものはなく、沈黙に映画の音が混じった部屋で、まるで歯車で動く機械のように正確に、ただ決められたことを決められたときに決められたように行われていくだけだった。
変わらない日々の中で、老いていく身体と抜け落ちていく記憶だけが変わっていく。老いにより視力も失い始めており、黒目が濁っていた。衰える視力により、映画が映し出される液晶テレビと車椅子の距離が徐々に詰まっていくのを、間違い探しのように見ていたことが思い出される。
私は英語が喋れなかったことと、その白濁した目を幽霊のそれと怖がり、祖父のいる部屋には近づくことは稀だった。
祖父の部屋の窓からは、放蝶温室が見えた。母の趣味が高じて建てられたものらしい。鑑賞者不在となったその温室には、蝶が依然として飼育されており、それらは全身白の使用人たちにより徹底的に管理されていた。
日射により眼球にじゅっと焼きついたように、忘れることができない蝶の光景があった。地下室へ繋がる階段の前で、蝶がもがくように羽ばたこうとしていた。その蝶の羽は針と糸で縫い閉じられていた。放蝶温室から生け捕りにされたであろう蝶の自由は剥奪されていた。幼い私は自らの四肢が縫い閉じられることを想像してしまう。抗えど抗えど、逃れることができない。暴力の翳がちらちらとちらつく。
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