真夜中のコインランドリー

夏目有也

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2. 真夜中のコインランドリー

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 学生寮の地下にあるそのコインランドリーは、夜になるとひどく静かだ。蛍光灯が時折ちらつき、コンクリート剥き出しの壁に青白い影が揺れる。濡れた床からはかび臭さが立ち上り、洗濯機の中に残った柔軟剤の甘い匂いが混じる。
 それに湿っぽさがひどい。構造上、その地下に湿気が溜まりやすいのかもしれない。空調もあまり効いていなくて、生暖かくじとっとして息苦しい。

 大学で彼女と鉢合わせたら、僕はどうするのだろうか。校内ではずっとびくびくして、彼女と似た背格好の女の子がいたら、惨めに物陰へ隠れるのだろう。
 穢れた僕は真夜中に地下のコインランドリーで自分の洗濯が終わるのを待っている。ガタガタと揺れる縦型洗濯機を見つめるうちに、昨夜の腰の動きが脳裏に蘇った。機械仕掛けの人形のようにぎこちなく、リズムを掴めない動きだった。
 下で僕を見上げていた彼女の目――蔑むような視線が焼きついて離れない。
 ほんの少しの吐息も漏らさないように堅く閉じられた彼女の口――歯が欠けてしまうのではないかというほど食いしばり、感情を噛み殺しているようだった。
 きっと彼女は悔しいのだろう。それくらい僕にもわかる。でも、もう後戻りはできなかった。

「ピー」という電子音が鳴り、蓋がカチリと外れる。
 中から現れたのは、濡れた衣類などではなかった。髪も眉もまつ毛もない全裸の男が、ぬらぬらとした皮膚から滴をぼたぼたと落とし、ぬめる音を響かせながら這い出てくる。股間はただ平らな皮膚で覆われ、性別を示すものは一切なかった。それでも、筋肉や胸を観察する限り、そいつは男であるように思えた。
 そいつはふらつきながら乾燥機に近づき、無理やり身体をねじ込むように中へ入る。蓋が閉まる寸前、振り返った顔は表情がなく、ただ黒い眼窩の奥からじっと僕を見据えていた。

「ゴウン」

 乾燥機が回りだし、そいつは乾かされていった。

 僕は呆然と立ち尽くし、男が這い出てきた洗濯機を見下ろした。丸いガラス窓には、自分の顔が映っている。だがそこには髪も眉もまつ毛もなかった。つるりとした頭皮の僕が、無表情にこちらを凝視している。
 頭に手をやると、濡れた皮膚の感触が指先にまとわりつく。ぞわりと背筋が冷え、胸が縮み、息が詰まる。

――気づくと、僕は洗濯機の中にいた。すっぽりと洗濯槽に収まっている。外から覗き込んでいたはずが、今は内側から外を見ている。膝と胸がくっつくように折り畳まれている。身動きが一切取れず、呼吸も浅く早くなる。鉄の内壁が皮膚に吸いつき、肋骨がきしみ、肺が押し潰される。柔軟剤と金属の匂いが鼻の奥にねっとりと張りつく。
 ガラスの向こうには、髪も眉もある“僕”がいて、こちらを覗き込んでいる。そいつは僕ではないくせに、僕そのものの顔をして、冷たい目で見下ろしている。あの夜、彼女が向けた目と同じだった。まるで彼女から目をくり抜いて、僕にねじ込んだみたいな目だ。

 童貞を捨てた夜。行為の後に下着を履きながら彼女が言った台詞が生々しく想起される。
「下手だったね。童貞でしょ?」

 蓋がカチリと閉まる。ふわりと漂う柔軟剤の甘い匂いが、彼女の吐息と同じ匂いに変わる。鼻腔を満たすその匂いに、肺の奥が満たされる。そして、洗濯槽に水が流れ込んでくる。ごぼごぼと僕は溺れて、大量の水を飲んでしまう。

「ゴウン」

 洗濯機が回りだし、僕は洗われている。
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