ポリティカル・コレクトネスなおとぎ話。

春花とおく

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ポリティカル・コレクトネスなマッチ売りの少女

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ある所に、小さな女の子がいました。家は貧しくも豊かでもなく、平凡そのもの。少女自身も特に目立った所の無い子でした。

しかし、彼女にはひとつだけ変わった所がありました。それは、彼女は大変に正義感に溢れた人であり、その力を言論の刃に変え日々SNSなどで発信する活動を行っていたのです。朝起きては新聞にかじりつき、昼にニュースを見ては思案に暮れ、夜になったらそれを櫂として情報の荒波に漕ぎ出す毎日。彼女のもっぱら得意とする所は政治関連の問題。彼女の、大衆に迎合することなき孤狼の如し信念とその言論は牙の如く鋭かった。ですが、いや、であるが故、彼女を賞賛する者は少なかったのでした。彼女は、右に行ったと思えば左に赴き、ふとすれば宙に浮いている、いずれにせよ常に一定の立場を取らなかったからです。そう、彼女は彼女という唯一の思想のみをその拠り所とし、であるが故に彼女だったのです。

今日も少女は自らの考えを言語化し、SNSの大海に浮かべることに腐心しています。しかし、反応は殆どない。彼女が数時間かけて紡いだ思考も、それにより編んだ言葉も、海の藻屑となって消えるのみ。

一方で、今日も政治家のスキャンダルを取り上げ誹謗中傷することに熱心な者たちには同意と賞賛の言葉が投げかけられています。例えば右翼であったり、或いは左翼であっても、いずれかの立場に与した者たちが、同じ立場の者たちを賞賛しまた相手の立場を批判することで、言論の皮をかむった中傷合戦を行っているのでした。多くの支持者を集める者は勿論、末端の者ですら、多くの賞賛を浴びています。

少女は、虚しさを感じながら憤りました。

「自らを主張することなくただ敵を貶めることのみに囚われた言論が、何故私よりも賞賛されるのだろうか。」

「その都度思考することを拒み特定の思想に取り憑かれわかりやすいものに流れてしまうことの虚しさよ。」

「それとも、この世界は論理的であることよりも、ただ相手を打ち倒し快楽を得られることこそが正しさとなりつつあるのだろうか。」

「私の言葉は、思考は必要ないのか」


その嘆きを表明しても、やはり反応はありません。ついに、少女はスランプに陥ってしまいました。スランプ、と言っても元々鳴かず飛ばずの発信者である彼女に向く反応の数に変わりはありません。ただ、彼女は何かを思考し、それを発信しようとする度に、まるでそこに検閲管がいるように思えてしまうのでした。それは賞賛される、正しい考えなのか。彼女の中の検閲管は問います。途端に彼女は自信を無くしてしまい、鋭い言論も、無難な言葉になってしまうのです。そしてそれが誰の目にも触れられないのは当然のことでした。

ある日、某国の首脳による失政がネットのニュースでとりあげられました。するとたちまち賛否の声が泉のように湧き上がります。某国を敵対視する者は首脳を批判しその支持者を中傷する一方、某国を支持する者は首脳を擁護し批判者を罵倒しました。政治に興味のないもの達はその様を眺め距離をとっています。

少女は、普段であれば失政の原因と対策について考え、その上で自国の政治について考え発信していたのですが、生憎のスランプはまだつづいています。無味乾燥した言葉が喉の奥に出かかって、ふと手を止めました。そして、再び手を動かし始めました。

少女は某国を敵対視する言葉の中から、支持者と反応の特に多いものを選び出し、それを引用する形で発信したのです。その内容というのは、某国の首脳を失政にかこつけて中傷するもので、また国そのものや国民までにその矛先は向いていたのでした。

それは少女の本心と言うよりは寧ろ、彼女の心底嫌うような言葉でした。しかし、それは意に反して賞賛と同意の雨を降らせたのです。彼女は恐ろしさと悲しみをひしひしと感じながら、それでも身体の奥から溢れてくる熱に目を背けずにいられませんでした。彼女の発信に対する反応は、普段の数百倍にも達しています。特に引用元の発信者が彼女に好意的な反応をしたために、その流れは支持者の中で加速していきました。当然、数多の反応の中には少女に否定的な者も多くいました。しかし、少女に賛同する者たちが勝手に批判者を糾弾してくれます。そしてその糾弾は、また多くの賛同を受けるのです。その過程に少女は、まるで自分が相手を説き伏せ、賞賛されたかのように感じました。そこでは、賛同の数こそが正しさの証でした。そして、少女はそこで正義の立場にありました。

彼女は、しかし、安易な中傷に伴う浮薄な賛同の虚しさを理解していました。ただ、それでも承認欲求の充足される快感に抗うことが出来ませんでした。

以来少女はかつての信念を捨て去り、論理的思考とはかけ離れた対立を煽るような発言ばかりを繰り返しました。彼女が快楽を得るに比例して支持者は増えてゆきます。元々頭は良かった少女ですから、的確に大衆の悪意を駆り立てます。支持者の数もかつて引用した者よりもずっと多くなりました。そして数多の賛同が彼女の承認欲求をより肥大化させ、それに伴い彼女の言動も激しさを増してゆきました。少女は発信する度に賞賛と批判の嵐に遭い、炎上することもしばしばでした。しかし、それでも彼女を止めるものはいません。寧ろ、信者は増えるばかり。彼女は常に何かを燃やし続け、その熱に浮かされているのでした。

そんな日が幾らか続きました。しかし、終わりは突然やってきます。激しい言葉を繰り返し使ったことにより少女のもっぱら使用していたSNSが利用出来なくなったのです。

少女が憤り、その鬱憤を別のメディアで晴らそうとしていた時でした。彼女の友人から食事の誘いが来たのです。SNSの活動に熱中するあまり久しく出かけることも無かったと気が付き、これはいい機会と彼女は支度をしました。ネット上だけでなく、現実でも自分の思想を披露しようと考えたのです。

友人たちからの賞賛の眼差しを想像し向かった先で、少女らは取り留めのない会話に花を咲かせました。実のない話に痺れを切らした少女。会話が途切れたスキに、選挙の話題を取り上げました。

「そう言えば、再来月に選挙があるようだけど…」

すると、友人たちは露骨に顔を曇らせました。

「そうねえ…」

「久しぶりに集まったのだし、もっと楽しい話をしない…」

その反応に少女は口を尖らせます。

「そんなことでは、国民として失格よ」

「でもねえ…」

「誰に投票すればいいか分からないし…」

その言葉を聞いた少女は、ここぞとばかりにまくし立てました。この政治家はココがダメだ、あいつは不正をしているに違いない、そいつも人格が…しばらく黙って聞いていた友人でしたが、やがて少女に言いました。

「誰も政治の話をせず悪口ばかりだから、私政治って嫌いなのよね」

その日はスグ友人と別れた少女でしたが、それ以降彼女への誘いは一向に無くなってしまいました。

依然としてSNSは使用出来ず、あまり利用していなかった末端のメディアでは支持者は多くありません。かと言って現実の友人たちはあの日以来少女を避けるようになってしまったよう。少女は欲求不満に陥ってしまいました。

「私を認めて…」

冷たくなった心を暖める火を求め、少女はネットと現実を彷徨い続けましたとさ。










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