ポリティカル・コレクトネスなおとぎ話。

春花とおく

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Cinderella's

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これはまさに、今のお話。
 
ある所に女の子がいました。彼女は「シンデレラ」と呼ばれていました。何故なら彼女は毎日家事を押し付けられていて、それが昔のおとぎ話の人物のようだったからです。
シンデレラには姉が二人いました。
長女は意地悪で、よくシンデレラをいじめました。彼女に家事を押し付けるのも長女です。何もしない者は家にいる資格がないと言う彼女は、しかし自身は働きもしないのだから呆れたものです。
そう、シンデレラたちに親はいません。父親は不幸な事故でシンデレラ達がまだ小さな頃死んでしまいました。その後子どもたちを一人で育てあげた母親だったのですが、その心労祟って数年前に死んでしまったのです。ですので、今は三姉妹で力を合わせ生活しています──
 
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そして次女が私。私が働くことでこの家は何とか食い繋げている。
姉妹で三等分にした父と母の少なくない遺産も、私の分だけはもう少ない。食費に回した分の幾らかが返ってくれば──やはり、それも次の日のパンになるだろう。私が朝から晩まで働いても、姉は妹をいじめて憂さ晴らしをするばかりだし、妹は妹で言われたことをするだけ。結局私が頑張る他ないのだ。私が、私が強くあらねば。睡眠不足で頭が痛くとも。キリキリと痛む奥歯を見て見ぬふりせざるを得なくとも。
母が死に際、姉妹三人を集め言い残した言葉は胸に刻みつけている。
「強く生きなさい」
ああ、もう姉が帰ってきた。どうせパチンコで金をスってきたか、男に金を貢いできたのだろう。つまり、持ち出した金は既に彼女の手中にないということだ。
「おい、聞け。いい話がある」
姉がこういう時、大抵が「姉にとって」いい話だ。そして「私たちにとっては」嬉しくない話。そしてそれは、今回に関しても例外ではなかった。
「なんとだ、合コンを取り付けてやった。お前はこの歳になって恋人もいないようだからな」
自分のことを差し置いて、姉はまるで母親のように言う。それもお節介で、差し出がましい母親だ。
「あら、お姉様。おかえりなさい」
姉の帰宅を察してか、妹がやってきた。屋根裏の掃除を任されていたようで、頭に被った埃をはたいている。
「まさに、シンデレラだな」
姉が言った。灰まみれならぬ、埃まみれということか。命令したなら、「ありがとう」だの「お疲れ様」だの、まず言うことがあるだろうに。
「お前はとても行けないな。こんな醜い女を連れて行けば、私の評判まで下がりかねない」
姉の言葉の意味を図りかねてシンデレラはぽかんとしている。それからしばらくすると、掃除をしに、階段を上がっていった。
私は時々、彼女にとても苛つかされることがある。何故姉の意地悪に抵抗しないのだ。何故自分の意思を示さないのか。そんな受動的な生き方では、この世界を生きていくことは難しいというのに。
姉の自己中心的行いに辟易しつつ、何も言わない私も他人のことを言えないが…
「合コンは来月の頭だ。準備しとけよ」
姉は参加の如何を確認することなく言い残し、またどこかへ出ていった。
 
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ある日のことです。姉たちがパーティーに招待されました。
もちろんシンデレラもパーティーに行きたかったのですが、彼女は身なりが汚らしいということで、姉から「お前は来るな」と止められてしまいました。そして代わりに家中の掃除を命じられたのです。
姉たちが出ていってしまった後、早速シンデレラは掃除に取り掛かります。しんしんと降る雪のように埃が舞う中を独り、シンデレラは夢に見ました。煌びやかなパーティー、美味しい食事、何より素敵な王子様…ああ、誰か私をこの悲惨な状況から救い出してはくれないかしら。シンデレラの目尻から零れ落ちた涙が一粒、薄く積もった埃に跡を残しました。
しかし、どこからともなく妖精が現れることはありません。現代、妖精はなくその魔法は科学へと代わったのです。カボチャの馬車は鉄の車へとなり力を増した上、ガラスの靴などというものは機能性を重視したスニーカーなどへと置き変わっています。お城へ連れて行ってくれる鼠の御者だって今はなく、自分の力で行かなくてはならないのです。
「ビビディ・バビディ・ブー!」
その時でした。まさに現代魔法の一つ、十数センチに満たぬ中に測りきれぬ規模の世界を秘めた箱ことスマートフォンが、まるで魔法の呪文の如く鳴りました。
震える手で手繰り寄せてみると、それはメールの受信を訴えていたよう。シンデレラは一縷の望みを胸に、メールを開きました。が、スグに期待が失意へと変わっていきました。何故ならそのメールは迷惑メールであったからです。その内容というのが、よくある整形を勧めるもの。
いつもなら無視するところなのですが、しかし今日ばかりは何かが引っかかりました。
そうです、パーティー!
お姉さんたちの会話は、実はシンデレラにも聞こえていました。だからこそ下の階へ降りたのですが、案の定彼女は蚊帳の外。シンデレラだって、パーティーへの憧れはあります。ですが、どうしようもありません。シンデレラは美しくないから……それを解決してくれる魔法。それが整形なのです!
メールを見てみると、料金も両親の遺産で払うことが出来ます。これぞ、まさに降って湧いたような幸運。
彼女は早速支度を始めました……
 
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ある日、妹が姿を消した。
書き置きの類もなく、私たちは慌てた。こんな生活に嫌気がさして出ていったのか。まさか自殺などはしてはいないだろうか。しばらく手がかりを探したが、やがて騒ぐのにも飽きたのか、姉はどこかへ行った。
「あいつが居なくても何も困らないじゃないか。むしろせいせいする」
いつも家事を押し付けている分際で、とは思うが、あの気弱な妹のことだ。大それたことは出来ずに帰って来るだろう。そう思い直す。
しかし、妹は中々帰って来なかった。流石にこれ以上は心配になり警察などにも相談したが、連絡は全くなかった。
ただ、一つだけ分かったことがある。それは、彼女の分の遺産が銀行から引き抜かれていたということ。つまり、彼女は恐らく自分の意思で出ていったということだ。
ならば、ひとまず安心だ。一息ついたところ、また災難が現れた。姉がまた合コン話を取り付けて来たのだ。
前回で嫌という程学んだ。もしかすると、私に恋愛は向いていないのかもしれない。あの、身の毛のよだつ数時間を思い出す。必要以上に華やかな服装。求められる女性らしい態度。品定めするような男たちの目……
「私、仕事があるから」
嘘ではない。実際、重要なプロジェクトを私は抱えている。
「しかし、人数がな…」
姉が困り顔をした、その時だった。
「ただいま、お姉様方」
その声の先、扉の前には、見知らぬ女がいた。
「長い間ご心配おかけしました」
小川のせせらぎの如く流麗な髪、大きな宝石を思わせる輝きに満ちた目、彫刻品のような整った目鼻立ち。ここまでの美人はテレビやSNSでしか見たことがない。彼女は現実とは遠い夢や魔法の世界の住民のように感じられた。
 だが、その声だけは聞き覚えがあった。
「私です。シンデレラです」
ああ、そうだ。確かにこの声は妹のものだ。しかし、見た目は全くと言っていい程異なっている。なるほど。彼女は整形したのだ。持ち出した金はそのための費用だったのだろう。
まさか、整形とは!あの覇気なく薄汚れた妹が輝かんばかりに美しくなって帰ってきたのだ。それは、まさに現代の魔法と言う他ないだろう。
「ちょうど、よかった」
驚きを隠しきれないまでも、姉は平静を装い言った。
「お前が代わりにこい」
 
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現代の魔法によって美しくなったシンデレラは、パーティーへと出かけました。
そこは、普段外へ出ることの無い彼女にとっては夢のような場所でした。美味しいお酒。明滅する灯り。 お腹の底に響く音楽。頭も目も耳も、全てが均衡を失いシンデレラをくらくらとさせます。
そして、何よりも男たちです。彼女がお酒を欲せばスグに差し出し、甘い言葉を囁く美しい男たち。
シンデレラは今までにない経験にうっとりとしました。
男たちは見目麗しいシンデレラに目を奪われ、それに付随した下心を伴っていたのですが、もちろん彼女はそれに気が付きません。
そのパーティーは夜の十二時をこえても続きました。昔と違って、現代の魔法は突然消えることがないのです!
 
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妹と姉がタクシーに送られ帰ってきた時には、もう夜もふけかけていた。
白む空を背景に「見て、お姉様。いいって言うのに、タクシー代こんなにもくれたの」とはしゃぐ妹はそれでも美しい。なるほど、この美貌に男たちはやられたのだろう。彼女は男におだてられ乗せられ、お姫様同然の扱いを受けたことだろう。元々気弱な彼女のこと。受け身でいることには天賦の才がある。堂々たる好かれっぷりだったに違いない。
一方の姉はどうだろう。愛想は悪く自分勝手、加えて高慢ちきときた。好かれる要素が見当たらない。きっと妹のモテぶりが気に食わなかったはずだ。その証拠に、いつもの朝帰りよりもテンションが低い。いつか妹を「白雪姫」の如く殺してしまわないか心配だ。
 
 
以来、妹は変わった。変わった、といってもそれは外面の話で、中身は何ら変わらない。姉には家事を押し付けられ、だからといって何も不満は漏らさない。相変わらず家にいてはスマートフォンを何やらいじっている。
ただ、毎日のように夜になるとどこかへ出ていくようになった。それも、決まって男が車で迎えに来る。
男は皆同じではなくて、かなりの頻度で変わる。ただ皆一様にスポーツカーで現れ、妹を連れ去っていくのだからややこしい。要は、皆お金持ちか、或いは見栄っ張りだといえる。
姉は変わらない。妹を使役して、時に私を振りまわす。傲慢で偏屈で前時代的な忌むべき姉だ。しかし、ふらっとどこかへ行く頻度は少し減った。「姉の妹」として妹たちを連れていたのが、今や「妹の姉」に堕ちたことが悔しくてならないのだろうか。
そして私はと言えば、相変わらず大忙しの毎日だ。大変な仕事をこなせばより大きな仕事が顔を出す。まるでRPGのような日々だが、RPGのように一眠りで疲れが全快するようなことは、まるでない。
こんな私を救ってくれる王子様はいないものか。結婚願望なんて無いに関わらず思ってしまう。
しかしだ。
前に抱えた仕事を何とか終えた時、上司に褒められることがあった。「あなたの仕事ぶりには目を見張るものがある」と。また昇給したために、幾らか生活にゆとりが出来た。
こうした目に見える成果は、更なるモチベーションへ繋がる。これは、誰かに与えられたものではない。他ならぬ私が、私自身の力で、掴み取ったものだ。その自信で強くあれる。
そして今、私は社運を賭けたプロジェクトを任せられている。簡単な仕事ではないし、責任も小さくない。だが、何とかやり遂げねばならない。生活のため、未来の自身のため、何より、信頼してくれた上司に報いるため。
その日の夜、家のチャイムを鳴らす者がいた。誰かと出てみれば、どこかで見たような顔。爽やかな笑顔を浮かべ羨ましいくらいに白い歯を見せる男の背は高く、まるで
「王子様」
「どちら様でしょうか」と聞く前に、妹が駆けてきた。まさか、本当に「王子様」かと思えば、どうやら「王子さん」の聞き間違えだったようだ。
しかし、「王子」の名に聞き覚えがある。そうだ。業界の覇権を握りつつある一大企業であり、我が社のライバル企業の名だ。確か社長には次期社長と目される御曹司がいた。どこかの雑誌で顔を見たことがある。この爽やか満点男こそがそれだ。
なるほど、まさに彼はお姫様を迎えに来た王子の中の王子、様を付けざるを得ない王子様に違いない!
 
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「はあ」
ため息をひとつ、シンデレラは嘆きます。「どこかに私の王子様はいないかしら」
整形した日から、沢山のパーティーに出ました。多くの男性に会い、同じだけのアプローチを受けました。
しかし、シンデレラの思うような男性は現れません。皆見栄をはって高級なご飯へ連れて行ってくれたり、プレゼントをくれます。ですがそのチョイスも微妙なものばかり。これでは無理していることが丸わかり。断りきれずデートへ出かけたって、ちっともときめくことがありません。あそこへ行きたいわ。これが欲しい。誰も彼もがシンデレラの胸中を察することが出来ず、むしろ己の下心ばかり丸出しにしていたのでした。
ある日、シンデレラはまたパーティーに出席していました。いつか会ったベンチャー企業の若手社長が、お金持ち達が参加するパーティーだと言って招待状をくれたからです。
シンデレラは、お酒を片手に会場を練り歩いています。どこかにいい男性はいないかしら。その間にも彼女の美貌につられ男たちは無数に寄ってきます。
 
「僕は」「私は」「お嬢さん…」
てんやわんやのシンデレラ。ついに、つまずいて大きく後ろに転んでしまいました。その際咄嗟にテーブルクロスを掴んでしまったために、幾らかの料理が散乱してしまいます。また転げた拍子に靴をどこかへ飛ばしてしまいました。
周囲は大騒ぎです。シンデレラは勿論のこと、男たちも立ちすくんでいました。
しかし、その中一人だけシンデレラの元へ歩いてくる影がありました。
「お嬢さん、大丈夫ですか」
そう言ってその男は、手に持った靴をシンデレラに履かせました。
すると、まあ、ピッタリ!というのはシンデレラの靴だから当たり前です。問題はその後。
「とても綺麗な人だ」
差し出された手を、シンデレラは思わず取ってしまいました。それほど彼はスマートで、美しかったのです。この方こそ私の王子様かもしれない。彼女は直感的に思いました。それは次第に確信に変わります。彼はスマートで、エスコートも素晴らしく、そして大企業の御曹司だと言うのです。
 
去り際、男が跪き交際を申し入れた時、シンデレラはすぐさまその手を握りました。ああ、今や王子様とのめぐり逢いにガラスの靴は必要ないのです。美しさと、少しばかりの運さえあれば!
 
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「私たちの結婚を許して頂けるでしょうか」
その言葉を聞いた時、危うく気を失いそうになった。ただでさえ想定しなかった妹の結婚、それも、ライバル会社の男と。こんな時こそ口達者な姉がいてくれればいいのに、生憎彼女はどこかへ行ってしまった。
そもそも、両親がいないからと言って姉に結婚の許可をとる必要はない。末の姉妹とて、もう成人だ。何をするにも許可のいる頃はとうに過ぎている。
「勝手にしろ」
と言いたいところを、これから義弟となるライバル会社次期社長様が「お嬢さんは私が守りますから」と、割り込んでくる。
彼女は妹であり、娘ではない──のだが、当の本人はうっとりとした顔を男に向けているものだから、呆れ果てて声も出ない。総じて愛は盲目だ。おとぎ話とて、現実とて。
「妹を、よろしくお願いします」
結局そう伝えると、二人は連れ添ってどこかへ消えた。
そうだ。別に結婚は悪くない。妹だって姉に虐められる日々から抜けられるわけだし、大企業御曹司のことだ。金に困ることはないだろう。私も妹の分生活が楽になる。
 
 
幾週後、妹の結婚式が執り行われた。それは豪勢な式だった。妹は本物のシンデレラもかくやの美しいドレスをまとい、夫となる男も王子の名に負けぬ威厳を誇っていた。ただ出された料理の味がえらく薄いことを除けば、一生の思い出に相応しい式だ。
これでいい。これで妹はハッピーエンドだ。まさに彼女は、そのあだ名の如く苦しみを耐え忍び、結果幸せが向こうからやってきた。
もうそろそろ自分の幸福を考えてもいいかもしれない。ふと思う。私にとっての幸せ。それは何だろう。
前向きな思考の私とは対照的に、その日の職場には陰鬱さが漂っていた。社員とすれ違っても挨拶はなく、挨拶しても返事が小さい。
胸中一転、不穏な空気が胸を満たす。
「何かあったのでしょうか」
上司の顔も青くなっていた。いよいよ何か悪いことが起きたのだと覚悟を決める。が、私の覚悟などは折り紙細工のようなもので、立派に立てたつもりでも、吹けば飛び押せば潰れるものだった。
「例のプロジェクトが…」
どうやら、任されているプロジェクトの失敗が濃厚となったらしい。
担当である私が「らしい」と言うのは、妹の結婚式で休んでいる間にライバル会社が発表したアイデアというのが、私たちのプランを無に帰すものだったからだ。
それを知らず私は意気揚々と通勤していたわけだが、これにより降格は免れないだろう。酷いと、職を失うかもしれない。
茫然とした。娯楽を捨て、睡眠を削ってまで取り組んだ仕事が、築き上げてきた信頼が、魔法が解けるように消えた。ああ、私にとっての十二時の鐘は、いったい何時鳴った?
 
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麗しの王子様との邂逅。ガラスの靴はないけれど、お互いの美貌で結ばれた関係。そして結婚!
シンデレラに訪れた幸せの数々は、彼女を高慢にするに十分でした。ですが、ある程度の良識と女性らしい慈悲の心は持ち合わせたシンデレラ。式のご飯に少し細工を加えた程度で姉への復讐は留めます。
ただ長姉が式に来なかったことが残念でなりません。彼女こそシンデレラの幸福な姿を見て、一番悔しがるに違いなかったのですから。しかしそれも、もはや彼女にとっては些末なこと。
何と言っても、私は今、最高に幸せだもの!
タワーマンションの一室から街を見下ろせば、かつての自宅が見えます。なんて辺鄙な場所。なんて汚いアパート。少し前まではあんな所に住んでいたなんて、まるで信じられません。あの時は惨めでした。不幸せでした。そんな私を救ってくれたあの日の通知、整形という魔法。
ああ、あれはまさしく魔法でした。処置を終え包帯を外した時の驚きを、シンデレラは思い出します。しかし、ただ一つ、整形だけが彼女の不安であるのも確かでした。
もし、私の美が整形ゆえのものとバレてしまえば……姉が夫に告げ口しないとも限りません。それこそ魔法がパッと消えてしまった時、夫は幻滅しないだろうか。そもそも、夫は私を本当に愛しているのか……彼も、魔法の虜になった一人ではないか。そんな疑念が彼女を惑わすのです。
シンデレラ自身は、自らの力をもってなし得た経験が殆どありません。精々が掃除くらいでしょうか。しかし、それも姉に言いつけられてやっていたことの、ホンの延長です。
今、自由になって思います。自分に命令を下してくれた姉たちの存在に。塩は入れすぎると辛いものですが、無いと物足りないものです。
とはいえ、シンデレラ(と夫!) には沢山のお金があります。整形バレは心配しても仕方ありません。今、この美貌こそがシンデレラなのです。赤ちゃんの頃ブサイクだったことを責める人がいたら、とんだ変人であることでしょう。それに、お金さえあれば大抵のことは何とかなるものです。シンデレラが何をすべきか分からなくとも、ホームキーパーを雇えば家事の全てをこなしてくれます。スマートフォン、整形……まるで魔法のようなものは沢山あります。しかし、その最たるものはお金なのかもしれません。
 
とにかく、今はこう結論付ける他ありません。
シンデレラは美貌を手に入れ幸せです。シンデレラは、理想的な男性と結婚することが出来て幸せです。そしてシンデレラの幸せは、お金の力で恒久的に続くことでしょう……
 
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今度は、姉が帰ってこない。
ふらっとは出かけては帰ってくる姉だ。朝帰りや、酷い時は一週間帰ってこない時もあった。ただ、ひと月以上、それも妹の結婚式を欠席してまで家を空けることは考えにくい。
あんな姉であっても少ない血縁者だ。死なれては後味が悪い。仕事の失敗でただでさえ辛いというのに、いなくなっても頭痛の種たる姉は厄介この上ない。
その日も重い頭を抱え出社した。途中、生活費をおろすために銀行に寄る。そこで、ATMの示す残高の異変に気がついた。明らかに、残金が少ない。
慌てて記帳した履歴を見る。と、一ヶ月に少なくない額の引き下ろしがあった。ちょうど、姉の失踪した頃と重なる。何が起きたかを理解するまで、さほど時間はかからなかった。そして、それが絶望を連れてくるのはもっと速かった。
使途不明の大金。時を同じくする姉の失踪。それは、姉が自分の遺産のみならず生活費までを奪い、どこかへ去ったことを意味するのではないか。そうとしか考えられない。情けとばかりに残された残金がそれを証明している。
泣きっ面に蜂、とはまさにこのことだ。ただ人間、あまりに不条理なことが続くと理性までも吹っ飛んでしまうらしい。不思議と悲しみも怒りも感じなかった。が、さすがに三度も続くと己の不運を嘆かずにいられない。
出社してすぐ、上司がやってきた。何事かと思えば、別の部署へ移動だと言う。別の部署──いわゆる閑職というやつへ。つまり、左遷のお知らせだ。
 
 
私を含めて四人がようやく入るような部屋に、大量の書類。そこが新たな仕事先。何をするかと言えば、紙の書類をひたすらデジタル化するという仕事。要は、誰にでも出来る仕事だ。他の三人はここへきて長いらしい。挨拶もそこそこに、仕事に没頭、というよりは仕事をすることで現実から逃げているように見える。
その仕事というのも、想像に違わずつまらないものだった。
他者の生み出したアイデアを、他者の言葉で打ち込む。そこに自分の関与する余地はない。今まで仕事に没頭していた分、それは酷く退屈だった。蜂に刺された上を蚊に噛まれたかのような気分だ。どうしようもなく痒いのに、掻けば激痛であることがわかっているようなもどかしさが私を捉えて離さない。そりゃあ涙も枯れてしまう。
そんな日々が数週間続いた。
気がつくと、私は真に立派な「四人目」になっていた。つまり、現実から目を背け続けるお仕事マシーンへと無事成長を果たしていたのだ。その証拠に、我々四人は無言の内に通信することが可能となりつつある。「早く帰りたい」「今すぐ帰りたい」「すぐさま帰りたい」「早急に帰りたい」という具合に。
仕事をしているというより、させられている。その観念がまた無力感を呼び込んでくる。それを忘れたくて、仕事をする。実際はさせられているということを、一時忘れて。その繰り返しが自我を削り取ってゆく。空いた所に仕事を積み込めば、ただ言われた通りに動く機械の完成だ。
だが、まだ新米マシーンに過ぎない私は、甘くもふと考える時がある。このままでいいのか、と。だがそれはノイズのレベルに過ぎず、また「速く仕事を終わらせて帰ろう」と仕事に戻る。壊れかけの機械のように。
 
 
その日も、同じように仕事をしていた。ちょうど、「何か出来ないか」と自問していたフェーズにあった時だ。いつもは目を通ってパソコンへと流れていく情報の中に、気になることがあった。いつもは放置する所を、その時ばかりは見逃せなかった。「何か出来ないか」と自問していたからだ。確認してみれば、それは書類上の小さなミスだった。
面倒だが、これは看過できない。持ち前の生真面目さが顔を出した。上に報告をと席をたった刹那、ある考えが浮かぶ。
この部署には大小問わず多くの資料がやって来て、デジタル空間へ消えてゆく。それは保存のためであるから、それらの資料は一旦役目を終えているわけだ。その資料でミスが見つかったということは、そのミスは一度適正な仕事と誤認され、執行された上で私の目に止まったことになる。そしてこのままではミスはミスと認知される機会をこれ以上得ることなく、会社に何らかの損害を与えてしまう。
逆に考えれば、ここが最後のザルの目なのだ。私たちがここでミスに気がつけば、最悪の事態に間に合うケースもあるのではないだろうか。また、計上されぬ使途不明金を減らすことができるのではないか。
椅子に座り直して、積もった資料を見直してみる。今まで様々な仕事に関わってきたおかげもあり、幅広い部署部門の情報を読み解くことができた。
また、幸いここにはやりがいに飢えた社員が三人もいる。彼らは私より歳が上であり、私よりもずっと経験も豊富だ。四人で協力したところ、かなり多くの資料を見直せた。
結果、多いとはいえないが、少なくない数の誤記が見つかった。それら全てを合わせると、数十万の無駄な損害が出ていることになる。見方を変えれば、我々がその額を一日で稼ぎ出したということだ。額としては小さいものだが、それで一人の社員が生きていけると考えれば無視はできない。
この指摘と共に上司に伺いを立てれば、今の状況を変えられるかもしれない。
おそらく、この部署始まって以来の活発な議論が交わされた。あまり効率的と言えないこの部署を効果的に活かすにはどうすればよいか。どうすればより社に貢献できるか。また私たち自身が能率的に働くことができるか。
頭を働かせる快感が時間を忘れさせる。熱い議論が、更なる熱を呼び込んでくる。久しぶりに仕事を楽しいと感じた。自分が生きているという実感を得た。
ついに出来上がった案は、達成感に浮かれる私の目から見れば悪くない。上からの助言を基に手を加えれば、より洗練されたものとなるはずだ。何よりそれは、泥臭くともガラスの靴より眩い、自己実現の形だった。このアイデアで、私たちは変わるのだ。
王子様などは待っていても来ない。ならば、こちらから向かってやろう。それが今を生きる私たちだ。
 
 
しばらく私たちは同じ仕事を続けた。毎度毎度ミスが見つかることはないが、それでも稀に見つかることがある。私たちはただ、万が一のセーフティネットとして機能出来ればいい。ザルとしての目的でなくとも、その用法があるなら利用しないテはない。
そのうちに新たな部署が新設された。私たちの提言が承認された形だ。大きな部屋があてがわれ、人員も多く設けられた。代わりに私たちの部署は廃止されたが、皆新部署に所属することになる。
そしてその部長に、私が選ばれた。
今までの仕事の貢献と、新部署の提案者ということがあってのことだそう。今までの努力は裏切らなかったのだ。念願の昇進に私は舞い上がった。これで生活苦から解放される。少しの贅沢なら許される。
しかし、それ以上に喜ばしかったのは、自身の努力が、自分の力が、目に見えて社に貢献したという事実だ。私は、例え少しだとしても、世界を変えられる。その僅かばかりの万能感が私を安心させてくれた。そして、その安心があるからこそ、私は引くことなく前に進める。そんな気がした。
だが、これで安泰というわけでは決してない。
新部署設立と同時期に、感染症が世界中で大流行したのだ。
その始まりは隣国だった。新たな病原菌が発見されたらしい。当初はその程度の扱いだった病は、気がつけば世界中に蔓延し、私たちのすぐ喉元に迫っていた。
症状やそれがもたらす死者の数よりも大きかったのが、その感染力だ。感染への恐怖、それが世界を変えた。もはや流行前と流行後は時代が違うとすら言えるだろう。
特に海外との関係が重要な企業は、世界的な病の流行に対する国の閉鎖により大きなダメージを受けた。
何とか今は持ち直しているが、我が社も一時は倒産の危機にあった。しかし、社内では経費削減の名の元人員削減が行われた。
私はリストラの憂き目は逃れたものの、給与のカットには舌を巻く思いをしている。だが、幾つか他社から転職の声もかかっている。万が一の時には新天地で始めるのも良い。
妹夫婦も流行病の影響を受け、かなり生活が苦しいと聞く。
苦しめばいい。意地悪にも、私は思う。妹はずっと、自分の力で何とかするということを避け続けていた。確かにそれでも彼女は幸せを掴んだ──というよりは、幸せがあちらの方からやってきた。
しかし、幸福とは気まぐれなもので、こちらから掴まねばふらりとどこかへ行ってしまうものなのだろう。彼女にはその力がなかった。自分で生きていく力が。だから、苦しむことから学ぶべきだ。
やっと、思い出した。いつか大学で学んだことを。シンデレラという人物は、初期の物語では自発的な強い人物であった。だが、時代が進むにつれ受動的ヒロインへと変わっていき、それがあるべき女性像として受容されていたのだ。
時代はまた変わった。現代のシンデレラであるあなたには、その苦しみの中でもがいてほしい。そして、自分のハッピーエンドを掴んでほしい。
「強く生きて」
母の言葉の意味。強さ──それは、幸せを掴む強さ、掴んで離さない強さなのではないか。
人には人の幸せの形がある。生き方が人により違うように。
その意味では、私たちは皆シンデレラに違いない。
例えガラスの靴が合わなくたって、王子様との結婚だけがハッピーエンドではないのだ。私にとってのそれは自立だった。妹にとっては愛。姉は──分からないが、きっと探している最中なのだろう。
母よ、私たち姉妹は、強く生きられているでしょうか。
 
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……めでたし、めでたし。
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