七夕伝説

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星が還る場所 夕島 流星 視点

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 28歳。
 もう、俺たちがあの空を切り裂いた日から、10年の歳月が経っていた。
 周りはとっくに大人になり、結婚して家庭を持って、社会の中でそれなりの人生を送っている。
 けれど俺は、あの日から前に進めていなかった。

 世界が戻った朝、目を覚ますと、すべてが「元通り」になっていた。
 スマホの履歴も、メールも、あの御屋敷も、訓練も――何一つとして形には残っていなかった。
 ただ一つ、体の奥に残ったのは、七星姫奈と過ごした時間の記憶だった。

 いや、記憶なんてもんじゃない。
 あれは、俺の生きた証だった。

 彼女と出会い、互いの痣に導かれ、戦い、信じ、守り合った日々。
 何千回夢に見ても、決して色あせなかった。
 それどころか、時が経つほど鮮やかに、胸の奥で光り続けていた。

 「君は生きてるか?」
 ふとしたときに、そう問いかけた。
 満員電車の窓越しに見える誰かの横顔が、姫奈に見えたこともあった。
 けれど振り返ると、そこに彼女はいなかった。
 何度も、何度も。

 俺は誰とも付き合わなかった。
 いや、できなかった。
 心の中で、あの星の夜が灯っている限り、
 他の誰かに触れることなんて、できなかったんだ。

 そして――また7月7日が巡ってきた。

 空は晴れている。
 昔と変わらない、夏の風が吹く。
 俺はあの草原に足を運んでいた。

 理由は、わからない。
 ただ、行かなくちゃいけない気がした。
 まるで心が、ずっとその場所を覚えていたみたいに。

 草の香りが鼻をかすめる。
 懐かしい感覚に胸が締め付けられる。
 そうだ、ここで、姫奈と並んで空を見た。
 闇が溢れ、戦いが始まり、そして終わった。

 ――視線の先、遠くに人影が見えた。

 一瞬で心が騒ぎ出す。
 理屈じゃない。直感だ。
 あの人だ、と。
 何年も夢で追いかけ続けた、あの背中だった。

 足が自然と前に出る。
 一歩、また一歩。
 近づくたびに、心臓の音がうるさくなる。

 やがて、互いの顔が見える距離になった。
 10年という時間が、目の前の彼女の顔を優しくなぞっていた。
 けれど、変わらない。
 あの時と、まったく同じ、心の奥に触れるような瞳。

 「……ただいま。」

 たった一言。
 それだけで、全部が繋がった気がした。
 空白の時間が、意味を持った瞬間だった。

 姫奈を抱きしめる。
 失っていた何かが、自分の中に戻ってきたような感覚。
 どれだけこの瞬間を待ち望んでいたか。

 言葉はもう必要なかった。
 お互いに、すべてを知っていた。
 戦った日々も、失った時間も、心の痛みも。
 そして、再びこうして出会えた奇跡も。

 「……これからは、ずっと一緒にいよう。」

 俺の声に、姫奈は静かに頷いた。
 それだけで、何も怖くなかった。

 空を見上げると、星がまばゆく瞬いていた。
 まるで、あの夜に交わした約束を、祝福してくれるように。

 俺たちはまた歩き出す。
 失われた時間の先に、新しい未来が待っている。
 もう、あの空を怖がらなくていい。

 だって今度は――ふたりで、ちゃんと同じ星を見上げられるから。
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