生きずらさを感じる少女、異世界に転生する

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この国に来てから、もう一年が経っていた。
時折、国王から助言を求められることはあったけれど、私は目立たぬように過ごしてきた。ウィッグとカラコンは、私の「鎧」だ。誰にも正体を知られないように、部屋にひとりでいる時だけ、それを外す。

その日も、私は窓辺の椅子に腰掛けて、久しぶりに自分の本来の姿に戻っていた。黒髪が肩に流れ、瞳に映る色は深い黒。鏡に映るたび、どこか安堵する。

――ガチャ!

ノックの音はなかった。ただ、慌ただしい足音が廊下から響いてきたかと思うと、勢いよく扉が開け放たれた。

「葵! 大変なの!」

飛び込んできたのは王女だった。頬は赤く上気し、息は荒い。よほど切羽詰まった知らせを抱えているのだろう。けれど、その瞳は次の瞬間、大きく見開かれた。

「……っ」

私の黒髪と、黒い瞳を、見てしまったのだ。
部屋の中に沈黙が落ちる。私の心臓は一瞬止まったかと思った。

王女は驚きの表情を浮かべたまま固まっている。私は――ただ無言で、彼女の瞳を真っ直ぐに見返した。
その目線に込めたのは、必死の懇願。――何も言わないで。

数秒の間。
けれど王女は、ふっと表情を変えた。
「……緊急会議が開かれるわ。隣国同士が戦を始めたの。お父様が、あなたを呼んでる」

それだけを言い、踵を返す。まるで何も見なかったかのように。

私は息を吐き、すぐに《異空間収納》から茶色のウィッグと灰色のカラコンを取り出す。震える手で身に着け、鏡を確認。――大丈夫、隠せている。

扉を開けると、王女が廊下で待っていた。彼女は何事もなかったかのように私を見て、
「行きましょう」
とだけ言った。

私はその背を追いながら、胸の奥で小さく呟く。

――ありがとう。

そして、王城の重い扉が開かれる。
戦火の影が、ついにこの国へと迫っていた。
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