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勝利の瞬間は、想像していたよりもずっと生々しかった。
城壁の狭い小窓から覗いた銃口越しに、馬群が近づいてくるのを見たとき、胸の奥が冷たく引き締まった。彼らは誇り高く、疾走する蹄の音は大陸を揺るがすようだった。だが私は、撃つ相手を選んでいた。腕や馬の足――致命傷を与えずに動けなくさせれば、現場で治療に手を取らせ、戦力を削げる。指揮官を戦闘不能にすれば軍の統制は乱れる。目的は勝利でも、できる限り血を流さないことだ。
火薬の匂いが鼻を突き、火縄銃の反動が肩に伝わる。初めて見る兵たちの驚愕と戸惑い、そして恐怖の声が混じる。銃声の連なり――それは馬の悲鳴、鉄のきしみ、人の叫びを次々に切り裂いた。的確に狙いを外さずに当てるには、冷静さが必要だった。私は息を数えて、火縄を手早く調整し、次の一発に集中した。
数十分のうちに戦況は変わった。聖国の馬隊は指揮系統を失い、混乱が広がり、数が多くても機能しなくなった。旗が倒れ、軍楽が途絶え、やがて白旗があがる。彼らは降参し、撤退していった。遠くで響く鼓笛が止み、代わりに城内から歓声と安堵のため息が溢れる。勝った――そう思った瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。
勝利は、すぐに疑念に変わる。国王が私に目を向けると、その目は褒めるよりも計算をしているようだった。側近たちの視線はもっと鋭かった。彼らの言葉は、歓声より重かった。
「葵――この策を挙げたのは君だと、王女が言う。だが、その案はどこから来たのか。誰かに教わったのか? それとも……外部の者の知識か?」
「火縄銃の原理と稜堡の設計図を持ち込んだのは誰だ。真実を話せ」
重臣の一人が鋭く問う。会議室の空気が一瞬で凍る。私は喉が乾いた。相手は今や国の防衛を左右する提案をした当事者だ。だが同時に、私の正体を知られてはならない。それは、私がこの国で「普通」に暮らすために築いてきた唯一の防壁でもある。
心の中でいくつもの言葉がぶつかり合った。全部を話せば、外国人であること、地球という異なる世界の出自、そしてこの世界に元から存在しない火器の知識を持つ「異端」として扱われかねない。かといって嘘で取り繕えば、いつか真実は暴かれるだろう。
国王は真っ直ぐに私を見据えた。静かだが命令のような声で言う。
「葵、答えよ」
私はゆっくりと立ち上がり、頭の中で流れる一年分の風景を思い出した。王女の無邪気な笑顔、城の子どもたちのはしゃぎ声、寒い日に振る舞ったスープの温かさ。ここに来てから守りたいものができた。そこまで守るために、私は嘘をつくべきではないと思った。だが同時に、過去の自分をそのままさらけ出すことが、どれだけこの国を動揺させるかも分かっている。
言葉を選び、私は口を開いた。
「私がどこから来たか、完全にはお話しできません。でも、この国を守るために学んだこと、教えたことは私自身の知識と経験の応用です。外部の勢力のためではないと、どうか信じてください」
側近の一人が鼻を鳴らす。疑念は消えない。だがそのとき、王女が部屋に駆け込んできて、私のすぐ横に立った。胸の前で小さな拳を握り、毅然とした声で言った。
「父上、葵は私の友達よ。彼女がここにいるのは、私が認めたから。葵は私たちを守ってくれた。彼女を疑う理由はない」
王女の言葉は短い盾のように私を守った。国王はしばらく黙り、側近たちの顔を一つずつ見回す。重苦しい沈黙の後、彼はゆっくりと頷いた。
「今は勝ちを祝うべき時だ。だが、君の正体については慎重に扱う。国の安寧のために、情報管理が必要だろう」
その言葉は、釈放でもあり、拘束でもあった。安心のようなものと、閉塞のようなものが同時に胸に押し寄せる。王女が私の手をぎゅっと握る。小さな温度が伝わり、私は自分が完全に孤独ではないことを確かめた。
勝利は手に入れた。しかし――それは新たな責任と、隠された真実がいつか大きな波となって押し寄せる前触れでもあった。私はその波を、どうやって受け止めればいいのか、まだ知らなかった。
城壁の狭い小窓から覗いた銃口越しに、馬群が近づいてくるのを見たとき、胸の奥が冷たく引き締まった。彼らは誇り高く、疾走する蹄の音は大陸を揺るがすようだった。だが私は、撃つ相手を選んでいた。腕や馬の足――致命傷を与えずに動けなくさせれば、現場で治療に手を取らせ、戦力を削げる。指揮官を戦闘不能にすれば軍の統制は乱れる。目的は勝利でも、できる限り血を流さないことだ。
火薬の匂いが鼻を突き、火縄銃の反動が肩に伝わる。初めて見る兵たちの驚愕と戸惑い、そして恐怖の声が混じる。銃声の連なり――それは馬の悲鳴、鉄のきしみ、人の叫びを次々に切り裂いた。的確に狙いを外さずに当てるには、冷静さが必要だった。私は息を数えて、火縄を手早く調整し、次の一発に集中した。
数十分のうちに戦況は変わった。聖国の馬隊は指揮系統を失い、混乱が広がり、数が多くても機能しなくなった。旗が倒れ、軍楽が途絶え、やがて白旗があがる。彼らは降参し、撤退していった。遠くで響く鼓笛が止み、代わりに城内から歓声と安堵のため息が溢れる。勝った――そう思った瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちた。
勝利は、すぐに疑念に変わる。国王が私に目を向けると、その目は褒めるよりも計算をしているようだった。側近たちの視線はもっと鋭かった。彼らの言葉は、歓声より重かった。
「葵――この策を挙げたのは君だと、王女が言う。だが、その案はどこから来たのか。誰かに教わったのか? それとも……外部の者の知識か?」
「火縄銃の原理と稜堡の設計図を持ち込んだのは誰だ。真実を話せ」
重臣の一人が鋭く問う。会議室の空気が一瞬で凍る。私は喉が乾いた。相手は今や国の防衛を左右する提案をした当事者だ。だが同時に、私の正体を知られてはならない。それは、私がこの国で「普通」に暮らすために築いてきた唯一の防壁でもある。
心の中でいくつもの言葉がぶつかり合った。全部を話せば、外国人であること、地球という異なる世界の出自、そしてこの世界に元から存在しない火器の知識を持つ「異端」として扱われかねない。かといって嘘で取り繕えば、いつか真実は暴かれるだろう。
国王は真っ直ぐに私を見据えた。静かだが命令のような声で言う。
「葵、答えよ」
私はゆっくりと立ち上がり、頭の中で流れる一年分の風景を思い出した。王女の無邪気な笑顔、城の子どもたちのはしゃぎ声、寒い日に振る舞ったスープの温かさ。ここに来てから守りたいものができた。そこまで守るために、私は嘘をつくべきではないと思った。だが同時に、過去の自分をそのままさらけ出すことが、どれだけこの国を動揺させるかも分かっている。
言葉を選び、私は口を開いた。
「私がどこから来たか、完全にはお話しできません。でも、この国を守るために学んだこと、教えたことは私自身の知識と経験の応用です。外部の勢力のためではないと、どうか信じてください」
側近の一人が鼻を鳴らす。疑念は消えない。だがそのとき、王女が部屋に駆け込んできて、私のすぐ横に立った。胸の前で小さな拳を握り、毅然とした声で言った。
「父上、葵は私の友達よ。彼女がここにいるのは、私が認めたから。葵は私たちを守ってくれた。彼女を疑う理由はない」
王女の言葉は短い盾のように私を守った。国王はしばらく黙り、側近たちの顔を一つずつ見回す。重苦しい沈黙の後、彼はゆっくりと頷いた。
「今は勝ちを祝うべき時だ。だが、君の正体については慎重に扱う。国の安寧のために、情報管理が必要だろう」
その言葉は、釈放でもあり、拘束でもあった。安心のようなものと、閉塞のようなものが同時に胸に押し寄せる。王女が私の手をぎゅっと握る。小さな温度が伝わり、私は自分が完全に孤独ではないことを確かめた。
勝利は手に入れた。しかし――それは新たな責任と、隠された真実がいつか大きな波となって押し寄せる前触れでもあった。私はその波を、どうやって受け止めればいいのか、まだ知らなかった。
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