8 / 15
8
しおりを挟む
――それは、逃げられない瞬間だった。
城の中での「自由」は、外界から隔離された鳥籠にすぎなかった。十日間、王女と過ごす時間は穏やかで、彼女の笑顔が唯一の救いだったが、城内の視線は日に日に冷たくなり、葵は異物として扱われていった。食堂に出れば、兵士や侍女たちがひそひそと囁き、廊下を歩けば避けられる。葵は、もはや自分が「異端の存在」としてしか見られていないことを痛感した。
だからこそ、決断した。
――もう、隠すことはできない。すべてを伝えよう。
王女にそう告げたとき、彼女は黙って頷いた。迷いも恐れもない瞳で「一緒に行く」と言った。
謁見の間。国王、宰相、側近たちが揃う重苦しい空気の中で、葵は王女の隣に立った。やがて、深呼吸をして――ウィッグを外し、瞳を覆っていたカラコンを外す。黒髪、黒い瞳。その瞬間、場にざわめきが走った。
「やはり異端者か……」
「忌むべき色……」
囁きは刃のように突き刺さる。葵は震える唇を押さえながらも、真っ直ぐに言葉を紡いだ。
「私は……この国の生まれではありません。遠い異世界――『日本』という国から来ました。この知識も技術も、その世界から持ち込んだものです。けれど、ここを傷つけるためではない。ただ――この国を守りたい、それだけなんです」
言葉は静かに響き渡った。しかし、国王の眼差しは鋭く、疑念は消えない。重臣たちも顔をしかめ、空気は張りつめていた。
だが、そのとき。宰相が国王のもとに歩み寄り、何事かを耳打ちする。国王の瞳が揺れ、やがて大きく息を吐いた。そして一冊の古びた本を取り出す。
「葵。これを読んでみよ」
差し出された本を開いた瞬間、息を呑んだ。――それは、日本語で書かれていたのだ。震える手でページをめくる。そこには、この国の成り立ち、初代王が異世界から来た人物であること、そして彼が「日本」という同じ場所から来たと記されていた。
読み終えたとき、葵は涙がこぼれそうになった。自分は一人ではなかった――だが、その代償はあまりに大きい。
国王は深く頭を垂れた。
「葵……異世界の来訪者よ。そなたの言葉を疑ったこと、許してほしい。我らはそなたを、この国の恩人と認める」
その場にいた宰相も、側近も、次々に頭を下げる。異端の視線は、一転して敬意と畏怖に染まった。王女は小さく微笑み、葵の手を握った。
だが葵は理解していた。
――もう、普通に暮らすことはできない。
一度「異世界の来訪者」として知られてしまった以上、誰も葵を「ただの少女」として扱うことはないだろう。尊敬も、畏怖も、疑念も、そのすべてが「普通の生活」を遠ざける。
謁見の間にひれ伏す人々を見渡しながら、葵は小さく息を吐いた。
自分の未来は、この瞬間から大きく変わってしまったのだと――痛感しながら。
城の中での「自由」は、外界から隔離された鳥籠にすぎなかった。十日間、王女と過ごす時間は穏やかで、彼女の笑顔が唯一の救いだったが、城内の視線は日に日に冷たくなり、葵は異物として扱われていった。食堂に出れば、兵士や侍女たちがひそひそと囁き、廊下を歩けば避けられる。葵は、もはや自分が「異端の存在」としてしか見られていないことを痛感した。
だからこそ、決断した。
――もう、隠すことはできない。すべてを伝えよう。
王女にそう告げたとき、彼女は黙って頷いた。迷いも恐れもない瞳で「一緒に行く」と言った。
謁見の間。国王、宰相、側近たちが揃う重苦しい空気の中で、葵は王女の隣に立った。やがて、深呼吸をして――ウィッグを外し、瞳を覆っていたカラコンを外す。黒髪、黒い瞳。その瞬間、場にざわめきが走った。
「やはり異端者か……」
「忌むべき色……」
囁きは刃のように突き刺さる。葵は震える唇を押さえながらも、真っ直ぐに言葉を紡いだ。
「私は……この国の生まれではありません。遠い異世界――『日本』という国から来ました。この知識も技術も、その世界から持ち込んだものです。けれど、ここを傷つけるためではない。ただ――この国を守りたい、それだけなんです」
言葉は静かに響き渡った。しかし、国王の眼差しは鋭く、疑念は消えない。重臣たちも顔をしかめ、空気は張りつめていた。
だが、そのとき。宰相が国王のもとに歩み寄り、何事かを耳打ちする。国王の瞳が揺れ、やがて大きく息を吐いた。そして一冊の古びた本を取り出す。
「葵。これを読んでみよ」
差し出された本を開いた瞬間、息を呑んだ。――それは、日本語で書かれていたのだ。震える手でページをめくる。そこには、この国の成り立ち、初代王が異世界から来た人物であること、そして彼が「日本」という同じ場所から来たと記されていた。
読み終えたとき、葵は涙がこぼれそうになった。自分は一人ではなかった――だが、その代償はあまりに大きい。
国王は深く頭を垂れた。
「葵……異世界の来訪者よ。そなたの言葉を疑ったこと、許してほしい。我らはそなたを、この国の恩人と認める」
その場にいた宰相も、側近も、次々に頭を下げる。異端の視線は、一転して敬意と畏怖に染まった。王女は小さく微笑み、葵の手を握った。
だが葵は理解していた。
――もう、普通に暮らすことはできない。
一度「異世界の来訪者」として知られてしまった以上、誰も葵を「ただの少女」として扱うことはないだろう。尊敬も、畏怖も、疑念も、そのすべてが「普通の生活」を遠ざける。
謁見の間にひれ伏す人々を見渡しながら、葵は小さく息を吐いた。
自分の未来は、この瞬間から大きく変わってしまったのだと――痛感しながら。
0
あなたにおすすめの小説
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜
☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。
しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。
「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。
書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。
だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。
高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。
本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。
その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる