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人の目は変わった。
最初は恐怖と好奇が混ざった視線だったが、いつしかそれは敬意と畏怖に形を変えた。道行く者は私を見ると自然に道を譲り、子どもたちは指をさして囁く。侍女や近衛の態度は終始礼儀正しく、時に距離を置かれた。誰もが私を「異端」でもあり「恩人」でもある一種の記号として扱った。普通に生きるということ――隣の部屋の誰かと夕飯を取り、冗談を言い合い、瑣末な悩みを打ち明けるような日常は、どこか遠い夢になっていった。
けれど王女だけは変わらなかった。
彼女は十五のまま出会ってから、私が年を重ねる間もずっと変わらず、その笑顔で私を迎えてくれた。彼女と過ごす時間は、私が「普通」を感じられる数少ない瞬間だった。助言を求められるたびに、私は国のためにできることを考え、時に数字と理屈で言葉を紡ぎ、また時にただ隣に座って話を聞いた。城の内側では「自由にして良い」と言われたが、その自由は鉄格子の向こう側のそれで、私はそこに甘んじていた。
日々はゆっくりと過ぎ、季節が幾度も巡って、私は二十五歳になった。鏡に映るのは、十八のままの顔。黒髪はつややかに肩に落ち、黒い瞳は少し翳を含むようになったかもしれない——けれど、歳月が刻むはずの線はどこにも見えない。最初は嬉しかった。若さが保たれることは、この国での自分の立ち位置に都合が良かったからだ。だが、ある夜、静かに胸に湧いた違和感は、次第に重い問いとなって私を追い詰めた。
どうして、年を取らないのだろう。
傷は癒えることが早い。病は寄せ付けない。だがその「特別さ」は、祝福であると同時に呪いのようにも感じられた。私はそのことを考えるたびに、孤独という冷たい風を肌で感じた。友情も愛情も、時間というフィルターを通して育つものだ。だが時間が私に対して働かないならば、人は私から離れていくのではないか——そういう恐れが胸の奥に芽生えていった。
その夜、いつものように窓辺に座って深く考え込んでいると、ふいに静かな声が降りてきた。耳鳴りのように柔らかく、しかし確かに私の内側に届く声だった。あの白い空間で会った存在——女神の声だった。
「あなたは、寿命に枯れず、病に斃れず、怪我によって命を失うことはないだろう。死によって終わることはないのです。」
言葉は冷たくも暖かくもなく、ただ事実として私に突きつけられた。私は最初、それを受け入れられなかった。何度も問い質した。――では、永遠に一人でいるのか。誰かと共に老い、寄り添い、やがて同じ墓に眠ることはできないのか。答えは厳然として同じだった。
「あなたは生き続ける。これから先、あなたが愛する者は死に、あなたは残されることになるだろう。しかし、それはあなたが誰の味方にもなれるということでもある。守るべきものがある限り、あなたはその光になるのです。」
その最後の言葉が、私の胸に小さな炎を灯した。絶望だけではなかった。確かに孤独は訪れるだろう。何度も別れを経験し、何度も喪失を抱えるだろう。だが同時に、私には時間という武器がある。長く在ることは、変わらぬ視点で国を見守り、学び、継承する力でもあるはずだ。
私は窓の外に広がる城下町の灯りを見つめた。そこに生きる人々の顔が、幼い頃に抱いた「普通」の幻影と重なる。王女の笑顔も、その中にあった。守りたいものがある限り、私はこの冷たい祝福を引き受けるしかない。だが、引き受けることと諦めることは違う。
「――私は、これからもここにいる」
私は自分にそう言い聞かせた。声には震えが混じっていたが、やがてその震えは決意へと変わっていった。
孤独はたしかに恐ろしい。だが孤独の中でも誰かを思い、誰かのために動ける自分でありたい。いつか訪れる別れに備え、私は今を慈しみ、今の人々に全力を尽くそう。そう誓った瞬間、窓辺の闇は少しだけ柔らかくなった。心に灯った小さな炎を胸に、私は長い時間の中で何を守り、何を遺していくのかを考え始めた。
最初は恐怖と好奇が混ざった視線だったが、いつしかそれは敬意と畏怖に形を変えた。道行く者は私を見ると自然に道を譲り、子どもたちは指をさして囁く。侍女や近衛の態度は終始礼儀正しく、時に距離を置かれた。誰もが私を「異端」でもあり「恩人」でもある一種の記号として扱った。普通に生きるということ――隣の部屋の誰かと夕飯を取り、冗談を言い合い、瑣末な悩みを打ち明けるような日常は、どこか遠い夢になっていった。
けれど王女だけは変わらなかった。
彼女は十五のまま出会ってから、私が年を重ねる間もずっと変わらず、その笑顔で私を迎えてくれた。彼女と過ごす時間は、私が「普通」を感じられる数少ない瞬間だった。助言を求められるたびに、私は国のためにできることを考え、時に数字と理屈で言葉を紡ぎ、また時にただ隣に座って話を聞いた。城の内側では「自由にして良い」と言われたが、その自由は鉄格子の向こう側のそれで、私はそこに甘んじていた。
日々はゆっくりと過ぎ、季節が幾度も巡って、私は二十五歳になった。鏡に映るのは、十八のままの顔。黒髪はつややかに肩に落ち、黒い瞳は少し翳を含むようになったかもしれない——けれど、歳月が刻むはずの線はどこにも見えない。最初は嬉しかった。若さが保たれることは、この国での自分の立ち位置に都合が良かったからだ。だが、ある夜、静かに胸に湧いた違和感は、次第に重い問いとなって私を追い詰めた。
どうして、年を取らないのだろう。
傷は癒えることが早い。病は寄せ付けない。だがその「特別さ」は、祝福であると同時に呪いのようにも感じられた。私はそのことを考えるたびに、孤独という冷たい風を肌で感じた。友情も愛情も、時間というフィルターを通して育つものだ。だが時間が私に対して働かないならば、人は私から離れていくのではないか——そういう恐れが胸の奥に芽生えていった。
その夜、いつものように窓辺に座って深く考え込んでいると、ふいに静かな声が降りてきた。耳鳴りのように柔らかく、しかし確かに私の内側に届く声だった。あの白い空間で会った存在——女神の声だった。
「あなたは、寿命に枯れず、病に斃れず、怪我によって命を失うことはないだろう。死によって終わることはないのです。」
言葉は冷たくも暖かくもなく、ただ事実として私に突きつけられた。私は最初、それを受け入れられなかった。何度も問い質した。――では、永遠に一人でいるのか。誰かと共に老い、寄り添い、やがて同じ墓に眠ることはできないのか。答えは厳然として同じだった。
「あなたは生き続ける。これから先、あなたが愛する者は死に、あなたは残されることになるだろう。しかし、それはあなたが誰の味方にもなれるということでもある。守るべきものがある限り、あなたはその光になるのです。」
その最後の言葉が、私の胸に小さな炎を灯した。絶望だけではなかった。確かに孤独は訪れるだろう。何度も別れを経験し、何度も喪失を抱えるだろう。だが同時に、私には時間という武器がある。長く在ることは、変わらぬ視点で国を見守り、学び、継承する力でもあるはずだ。
私は窓の外に広がる城下町の灯りを見つめた。そこに生きる人々の顔が、幼い頃に抱いた「普通」の幻影と重なる。王女の笑顔も、その中にあった。守りたいものがある限り、私はこの冷たい祝福を引き受けるしかない。だが、引き受けることと諦めることは違う。
「――私は、これからもここにいる」
私は自分にそう言い聞かせた。声には震えが混じっていたが、やがてその震えは決意へと変わっていった。
孤独はたしかに恐ろしい。だが孤独の中でも誰かを思い、誰かのために動ける自分でありたい。いつか訪れる別れに備え、私は今を慈しみ、今の人々に全力を尽くそう。そう誓った瞬間、窓辺の闇は少しだけ柔らかくなった。心に灯った小さな炎を胸に、私は長い時間の中で何を守り、何を遺していくのかを考え始めた。
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