生きずらさを感じる少女、異世界に転生する

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港町をあとにして数日後、葵は次の街へと足を踏み入れた。そこは石造りの家々が並び、広場には市場が開かれ、人々のざわめきと楽器の音色が入り混じっていた。街の一角でふと耳に届いたのは、かすれた声で歌う老いた吟遊詩人の歌だった。

彼の指は震え、声も掠れてはいたが、言葉の端々に込められた想いは確かに聴衆の胸を打っていた。しかし、周囲の若者たちは首を振りながら去っていく。
「古い歌ばかりで退屈だ」
「もう年寄りに歌は無理だろう」

その言葉を聞いたとき、葵の心は痛んだ。彼女は近づき、老詩人に声をかける。
「年齢なんて関係ない。声は、まだ磨ける」

驚いたように目を見開く詩人に、葵は丁寧に呼吸法を教えた。胸の奥に空気をため、力まずに吐き出すこと。喉ではなく腹で響かせること。声の出し方ひとつで、歌は新しく生まれ変わるのだ。

さらに葵は、自分の記憶の奥底に眠っていた日本の童話――『鶴の恩返し』『竹取物語』『桃太郎』などを物語として語って聞かせた。異世界には存在しないその話は、人々にとって新鮮で、不思議な魅力に満ちていた。

老詩人は日に日に声を取り戻し、童話を自分の歌に編み込み始めた。やがて街の広場では、彼の歌に人々が足を止め、子どもたちが目を輝かせて耳を傾けるようになった。彼の名声は瞬く間に広がり、王宮の宴にも招かれるほどになったのだ。

「ありがとう、葵殿。あなたのおかげで、私はもう一度歌う意味を見つけられた」
老詩人の瞳には涙がにじんでいた。

その姿を見ながら葵は思う。
――この世界に来た意味は、ただ生き直すことじゃない。人の可能性を広げ、夢を守り続けることなんだ、と。
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