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十二話
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全く勝手な事を……!
夜道を家に戻りながら、右京はカンカンに腹を立てていた。
彼は、ある藩の先代の殿様の落とし胤であった。
それも双子。
当時は畜生腹と忌み嫌う習慣の為、兄だけが世継ぎとして藩に引き取られ、弟の右京の方は養子に出されたのである。
引き取ったのは実兄が藩の剣術指南を勤め、その道場で師範代をしていた松永新次郎。
剣の腕では兄をも凌ぐやもと謳われていた松永だったが、立場を越える真似をする事もなく補佐役に徹していた。
次男とは言え師範代をしていた松永は分家としてー家を構え、妻帯もしていたのだが、生憎妻千代との間に子が無かった。
畜生腹の双子とはいえ、紛れもない殿様のお子を、そこらの町人や百姓には任せられぬと養父母を買って出、更に右京を引き取った後、藩内で育てれば、内紛の種になりかねぬと暇ごいをし、江戸に出た。
一家を立てた松永ではあったが所謂分家であり、無くなったとしてもその影響は少い事、道場においても他の高弟達が何とか稽古を回して行ける事、そして何より実力がありながら兄の影で長年過ごして来た控え目で誠実な人柄が養父として承認された理由であった。
我が子同然に身体を鍛え上げ、剣と学問を教え、愛情を込めて育ててくれた優しい養父母が相次いで亡くなり、白雪と知り合った少し後……実兄が跡を継いだ藩からー人の使者が右京を探し当てて来たのである。
江戸に出て来た夫婦は長屋で町人の子に文字を教えたり、同じ剣の流派の道場を訪ね代稽古で生活の糧を得ていたが、決して豊かな訳ではない。
流石に殿様の子を貧乏な浪人生活で困窮させるのはあり得ないと、年に一度養育費が藩から出ていたが、まさに捨扶持と言って良い金額だった。
その事を知るのは松永の兄を含め極少数。
指南役の伯父も病を得て亡くなり従兄弟に当たる者もいたが既に縁遠い。
元服の折りに養父母からおよその事情は聞いていたが、右京は今更と思い、二人の死後は藩に繋がる細い糸を断ち切っていた。
しかし使者は僅かな手がかりを頼りに辿って来たのだった。
理由は、まだ世継ぎも居なかった兄が重い病にかかり、この儘では藩がお取り潰しになるとの事で、その代役を頼まれたのである。
実際、身代わりの間、身体の弱い兄の正式な跡継ぎに、と言った話も出たのは知っている。
だが、右京にはその気は全く無く、すり寄ってくる連中も鬱陶しいだけだった。
兄の側女のお美代の方が、千代菊丸を産んでくれて、心底ホッとしたというに……。
おそらくは、お美代の方の父親、内藤外記が、要らぬ気を回しているのだろうが……。
魑魅魍魎の蠢く藩のお家騒動なぞ沢山だ。
正義と忠義の大義名分を掲げながら、腹の中では何を企んでいるか分からぬ連中……。
いっそ、吉原の花魁達の方がよほど清々しく見える。
金の有る無しで割り切るあの世界の方が……。
藩中の醜い権力闘争を見るにつけ、胸に去来したのは、振袖新造の雪菜……
勇気と可憐さを併せ持った彼女が脳裏から消えず、事ある事に面影が蘇って来た。
江戸に戻って、吉原一の太夫に成長した彼女が、自分を忘れて居なかったのに心底驚き……そして嬉しかった。
藤の花……二人だけに通じる思い出の花……
花魁道中で白雪太夫は、右京に向ける笑顔に、彼女の真実を籠めた……彼女の心が誰にあるかを……
吉原で繰り返される一夜限りの約束……。
一夜限りの夢……。
夜が明ければ儚く消える……。
そんな世界の花魁が示した真実に右京は感動した。
花魁道中の僅かな刻
見交わす目と目に、お互いの思いを込め合う……。
白雪とのこの時だけが嘘の無い世界だと……。
だが、それが今はこんなに辛くなるとは……
愛しさは募るばかりで、抱きあう事も出来ない二人。
この儘の状態が続けば、彼女を抱く男達を、一人残らず叩き斬りそうな自分が怖い……
太夫と思いを共有していると感じるだけに、花魁道中の後、彼女がどうなるか………それを思うと、嫉妬でどうにかなりそうな己を抑えるのが困難なのだ。
そんな右京は伊織達に襲われてからは、これ幸いとなるべく外出を控えた。
写本の仕事を請け負っていたのも、その理由付けになった。
そうだ。ちょうど良かったではないか……。
だが、己に無理に言い聞かせ、吉原から足を遠ざけては見たものの、愛しい女と会えないのは、また別の辛さを呼んだ。
白雪太夫の錦絵を買ったと自慢する大工に、思わず頼み込み見せて貰ったその絵姿……
「…!」
見事に彼女を写し取って……その瞳に胸を突かれた……。
「なあ、お侍。白雪太夫の愁い顔も良いだろ?」
右京は頷いて絵を返すと、キリキリと灼けつくように痛む胸を押さえた。
太夫……暫く見ない間に ……。
その瞳は……あまりに哀しく……そして何という苦悩の色を浮かべているのだろう……。
……太夫!
……白雪太夫!
……彼は顔を覆った。
……そなたに会いたい……!
夜道を家に戻りながら、右京はカンカンに腹を立てていた。
彼は、ある藩の先代の殿様の落とし胤であった。
それも双子。
当時は畜生腹と忌み嫌う習慣の為、兄だけが世継ぎとして藩に引き取られ、弟の右京の方は養子に出されたのである。
引き取ったのは実兄が藩の剣術指南を勤め、その道場で師範代をしていた松永新次郎。
剣の腕では兄をも凌ぐやもと謳われていた松永だったが、立場を越える真似をする事もなく補佐役に徹していた。
次男とは言え師範代をしていた松永は分家としてー家を構え、妻帯もしていたのだが、生憎妻千代との間に子が無かった。
畜生腹の双子とはいえ、紛れもない殿様のお子を、そこらの町人や百姓には任せられぬと養父母を買って出、更に右京を引き取った後、藩内で育てれば、内紛の種になりかねぬと暇ごいをし、江戸に出た。
一家を立てた松永ではあったが所謂分家であり、無くなったとしてもその影響は少い事、道場においても他の高弟達が何とか稽古を回して行ける事、そして何より実力がありながら兄の影で長年過ごして来た控え目で誠実な人柄が養父として承認された理由であった。
我が子同然に身体を鍛え上げ、剣と学問を教え、愛情を込めて育ててくれた優しい養父母が相次いで亡くなり、白雪と知り合った少し後……実兄が跡を継いだ藩からー人の使者が右京を探し当てて来たのである。
江戸に出て来た夫婦は長屋で町人の子に文字を教えたり、同じ剣の流派の道場を訪ね代稽古で生活の糧を得ていたが、決して豊かな訳ではない。
流石に殿様の子を貧乏な浪人生活で困窮させるのはあり得ないと、年に一度養育費が藩から出ていたが、まさに捨扶持と言って良い金額だった。
その事を知るのは松永の兄を含め極少数。
指南役の伯父も病を得て亡くなり従兄弟に当たる者もいたが既に縁遠い。
元服の折りに養父母からおよその事情は聞いていたが、右京は今更と思い、二人の死後は藩に繋がる細い糸を断ち切っていた。
しかし使者は僅かな手がかりを頼りに辿って来たのだった。
理由は、まだ世継ぎも居なかった兄が重い病にかかり、この儘では藩がお取り潰しになるとの事で、その代役を頼まれたのである。
実際、身代わりの間、身体の弱い兄の正式な跡継ぎに、と言った話も出たのは知っている。
だが、右京にはその気は全く無く、すり寄ってくる連中も鬱陶しいだけだった。
兄の側女のお美代の方が、千代菊丸を産んでくれて、心底ホッとしたというに……。
おそらくは、お美代の方の父親、内藤外記が、要らぬ気を回しているのだろうが……。
魑魅魍魎の蠢く藩のお家騒動なぞ沢山だ。
正義と忠義の大義名分を掲げながら、腹の中では何を企んでいるか分からぬ連中……。
いっそ、吉原の花魁達の方がよほど清々しく見える。
金の有る無しで割り切るあの世界の方が……。
藩中の醜い権力闘争を見るにつけ、胸に去来したのは、振袖新造の雪菜……
勇気と可憐さを併せ持った彼女が脳裏から消えず、事ある事に面影が蘇って来た。
江戸に戻って、吉原一の太夫に成長した彼女が、自分を忘れて居なかったのに心底驚き……そして嬉しかった。
藤の花……二人だけに通じる思い出の花……
花魁道中で白雪太夫は、右京に向ける笑顔に、彼女の真実を籠めた……彼女の心が誰にあるかを……
吉原で繰り返される一夜限りの約束……。
一夜限りの夢……。
夜が明ければ儚く消える……。
そんな世界の花魁が示した真実に右京は感動した。
花魁道中の僅かな刻
見交わす目と目に、お互いの思いを込め合う……。
白雪とのこの時だけが嘘の無い世界だと……。
だが、それが今はこんなに辛くなるとは……
愛しさは募るばかりで、抱きあう事も出来ない二人。
この儘の状態が続けば、彼女を抱く男達を、一人残らず叩き斬りそうな自分が怖い……
太夫と思いを共有していると感じるだけに、花魁道中の後、彼女がどうなるか………それを思うと、嫉妬でどうにかなりそうな己を抑えるのが困難なのだ。
そんな右京は伊織達に襲われてからは、これ幸いとなるべく外出を控えた。
写本の仕事を請け負っていたのも、その理由付けになった。
そうだ。ちょうど良かったではないか……。
だが、己に無理に言い聞かせ、吉原から足を遠ざけては見たものの、愛しい女と会えないのは、また別の辛さを呼んだ。
白雪太夫の錦絵を買ったと自慢する大工に、思わず頼み込み見せて貰ったその絵姿……
「…!」
見事に彼女を写し取って……その瞳に胸を突かれた……。
「なあ、お侍。白雪太夫の愁い顔も良いだろ?」
右京は頷いて絵を返すと、キリキリと灼けつくように痛む胸を押さえた。
太夫……暫く見ない間に ……。
その瞳は……あまりに哀しく……そして何という苦悩の色を浮かべているのだろう……。
……太夫!
……白雪太夫!
……彼は顔を覆った。
……そなたに会いたい……!
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