お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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三十五話

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急ぎ戻った外記は捕らえられ、引き据えられた三郎と右近を、してやったりと勝ち誇った顔で見た。


伊織が手にしているのは、油紙に包まれた書状。


外記は躍り上がらんばかりの喜びようだ。「間宮、ようやった!これで時が稼げる。その間、儂が分家に声をかければ……」


伊織は頭を黙って下げる。「……国元から江戸までは遠うござるし、道中は物騒。使いの者が不慮の事故に遭ったりするのは……ままある事でござる」


眉1つ動かさず言ってのけて見せる。


憤怒の表情の三郎は喚いた。「おのれ!伊織、貴様!魂までも腐り果てておったとは!」


それに対して、伊織は顔の筋一本も動かさず、あくまでも平静で冷たい。「……何とでも言え。某がわざわざ佐々木を出迎えたのは、屋敷の他の人間に知られぬ為よ。佐々木右近は旅の途中で行方知れず……持参の書状は殿には届かなかった。……ほら佐々木が持っていた書状もこの通り。これでよろしゅうございますな?内藤様。貴方様の願い通り」


内藤は頷き「おお。これを手に入れられれば、言う事なしじゃ。……燃やせ」


伊織は言われた通りに、書状を手あぶりにかざし、火を付けて燃やしてしまった。


外記は満足げに頷いた「よしよし。……だが、間宮よ。もう1人、始末せねばならぬ者がおるぞ」


命じられた伊織は眉をひそめた。「……本田まで?」


「生き証人だ。生かしてはおけぬだろう」外記の口から冷酷非情な命が下った。


「……と言う訳だ。本田、お主には気の毒したのう」





夜も更けた頃……上屋敷の不浄門がそっと開いて、菰がかけられた大きな荷車が出てきた。


「…今、お主達にウロウロされては困るのよ。だから死んで貰うしか無かった。……悪く思うなよ」荷車を引いた男……伊織は独り言のように呟くと夜の闇に消えて行った……。




夜明け近くに、泥だらけになって立ち戻った伊織は外記に報告する。「……全て片が付きました」


「うむ。ご苦労。」そう言うと外記は伊織に金を投げるように渡した。「……要らぬゴミを捨てた骨折り賃だ。受け取るが良い」


伊織は頭を下げ押し頂いた。



外記はすこぶる機嫌が良い。「間宮、儂に付いたのは賢明だったの。そなたの忠義、見せてもろうたわ。これからも頼むぞ。」


「ははっ」



頭を下げる伊織の表情は窺い知る事は出来なかった……。



「後は右京様さえ居なくなれば……」


サッと顔を上げた伊織「右京様まで?若君が生きておられた時には確かに邪魔なお方でしたが……内藤様は殿の世継ぎには、分家を立てるおつもりなのでしょう?右京様の方は藩に戻る気は、全くないのですから構わず、放っておけばよろしいのでは?」


「いや、後顧の憂いは絶っておくに限る。まだまだ本田や佐々木に賛同する家中の者は多い故な。担ぐ御輿が無ければ、担ぎようもあるまいて。……必ず始末せよ。良いな?」

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