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三十六話
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山城屋が鈴代屋を訪れ「何でも、白い太夫が宴を開くそうですな?」と確認して来た。
藤兵衛は舌打ちしたいのを押さえた。「……お耳に入りましたか。太夫はまだまだ本調子では無いのですが……何しろ“命の恩人”への礼ですから」
特別な相手だという事を強調する。
こうして逃げを打った籐兵衛だったが、山城屋は膝を進めて来た。「……では、その後でも良いですから、こちらも太夫のお座敷をお願いしますよ。当方に取っても、特別なお客様なもので」粘りつくような視線を向けて食い下がる。
ピシッと座り直した藤兵衛。
「山城屋さん、その特別なお客人とは、やはり、あのお方……さる藩のご重役ですな?」
「ええ、そうですよ」
山城屋は、そんな事は分かりきった話だろうと言わんばかりである。
「申し訳ございませんが、このお座敷はお断りさせて頂きます」キッパリと断った鈴代屋。
「な、何ですって!何故!?」山城屋は驚愕し、目を剥いた。
「理由がお分かりになりませんか?ならばハッキリ申し上げましょう。初回のお座敷にて、あの方の乱暴狼藉をお忘れですかな?……太鼓持ちを殴り、膳を蹴り飛ばし、器まで投げつけた……万一、花魁達の顔にでも当たったら何としますか?商売ものでございますよ?確かに詫びにと多大なお足(※金の意)を頂戴致しましたが、太夫も、我々も、もう懲り懲りでございます。ここは粋に遊ぶ所……参られるなら、吉原を学んでからおいで下さい」
粋を尊ぶ吉原の花魁は「わちきは、いやでありんす!」と嫌いな客を振る事ができる。
そして振られた客がぐだぐだ言えば、恥の上塗り。
更に男を下げるだけ。
だが、座敷がかからぬ事をあの男に伝えればどうなるかは明らかだ。
更に食い下がって頼んだが、藤兵衛は「間に立つ山城屋さんには、すみませんがな、太夫が気が進まぬ以上、諦めて貰うのが、吉原のしきたりでございます。……これ以上のゴリ押しは無粋の極み、野暮という物……」
山城屋はぐうの音も出ない。ここは一旦引き下がるしか無さそうだった。
とりあえず、すごすごと引き下がったものの、山城屋の腹の中は煮えくり返っていた。
無粋な客を連れて来たと、彼自身も馬鹿にされたような物だからである。
あの家老め……浅黄裏めが……!
鈴代屋め、よくも馬鹿にしてくれたな……!
何より、一番頭に来るの白雪太夫だ。『あちきは、いやでありんす』だとでも言えば済むと自惚れやがって。
吉原一の太夫だろうが、結局は、金で抱かれる売女の癖に。
思い知らせてやる……!
そして山城屋は家老に切り出した。
「白雪太夫は、ご家老様を蔑ろにしたばかりか、小馬鹿にしておるのです。たかが遊女風情が。思い上がりの極みでございます」
「…うーむ」
「ですから、こんな仕返しは如何でしょう?……ちょっとお耳を」
ふむふむと山城屋の話に家老は頷き、ニンマリほくそ笑んだ。
「……あの白雪太夫の泣き顔も乙な物かも知れんのぅ」
「鈴代屋めにも仕返しが出来る……一石二鳥でございますよ」
藤兵衛は舌打ちしたいのを押さえた。「……お耳に入りましたか。太夫はまだまだ本調子では無いのですが……何しろ“命の恩人”への礼ですから」
特別な相手だという事を強調する。
こうして逃げを打った籐兵衛だったが、山城屋は膝を進めて来た。「……では、その後でも良いですから、こちらも太夫のお座敷をお願いしますよ。当方に取っても、特別なお客様なもので」粘りつくような視線を向けて食い下がる。
ピシッと座り直した藤兵衛。
「山城屋さん、その特別なお客人とは、やはり、あのお方……さる藩のご重役ですな?」
「ええ、そうですよ」
山城屋は、そんな事は分かりきった話だろうと言わんばかりである。
「申し訳ございませんが、このお座敷はお断りさせて頂きます」キッパリと断った鈴代屋。
「な、何ですって!何故!?」山城屋は驚愕し、目を剥いた。
「理由がお分かりになりませんか?ならばハッキリ申し上げましょう。初回のお座敷にて、あの方の乱暴狼藉をお忘れですかな?……太鼓持ちを殴り、膳を蹴り飛ばし、器まで投げつけた……万一、花魁達の顔にでも当たったら何としますか?商売ものでございますよ?確かに詫びにと多大なお足(※金の意)を頂戴致しましたが、太夫も、我々も、もう懲り懲りでございます。ここは粋に遊ぶ所……参られるなら、吉原を学んでからおいで下さい」
粋を尊ぶ吉原の花魁は「わちきは、いやでありんす!」と嫌いな客を振る事ができる。
そして振られた客がぐだぐだ言えば、恥の上塗り。
更に男を下げるだけ。
だが、座敷がかからぬ事をあの男に伝えればどうなるかは明らかだ。
更に食い下がって頼んだが、藤兵衛は「間に立つ山城屋さんには、すみませんがな、太夫が気が進まぬ以上、諦めて貰うのが、吉原のしきたりでございます。……これ以上のゴリ押しは無粋の極み、野暮という物……」
山城屋はぐうの音も出ない。ここは一旦引き下がるしか無さそうだった。
とりあえず、すごすごと引き下がったものの、山城屋の腹の中は煮えくり返っていた。
無粋な客を連れて来たと、彼自身も馬鹿にされたような物だからである。
あの家老め……浅黄裏めが……!
鈴代屋め、よくも馬鹿にしてくれたな……!
何より、一番頭に来るの白雪太夫だ。『あちきは、いやでありんす』だとでも言えば済むと自惚れやがって。
吉原一の太夫だろうが、結局は、金で抱かれる売女の癖に。
思い知らせてやる……!
そして山城屋は家老に切り出した。
「白雪太夫は、ご家老様を蔑ろにしたばかりか、小馬鹿にしておるのです。たかが遊女風情が。思い上がりの極みでございます」
「…うーむ」
「ですから、こんな仕返しは如何でしょう?……ちょっとお耳を」
ふむふむと山城屋の話に家老は頷き、ニンマリほくそ笑んだ。
「……あの白雪太夫の泣き顔も乙な物かも知れんのぅ」
「鈴代屋めにも仕返しが出来る……一石二鳥でございますよ」
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