お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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三十八話

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右京は膝の上で拳を握りしめた。「……もしや罠に嵌ったか……」


「若君が亡くなった上は、聞き及ぶ外記の性格からして、分家を取り込むのは容易に想像できまする。その時間を稼ぐ為には、事情を知る二人をそのまま生かしておくとは考えにくい。……そこで手前は貴方様に問いたい。右近と三郎……二人の有為な人材を己の野心の儘に踏みつけにする男……藩を牛耳り、商人と結託する男……それを放っておいて平気なのかと……。外記の専横に一番、迷惑するのは、民百姓でござる」


「……」


「双子ゆえ養子に出された貴方様が、手の平返したような藩の勝手な言い分や、野心を秘めた輩にうんざりされたお気持ち……お察ししますが」


自嘲する右京「……初めは身代わりの間少しでも、藩の役に立ちたくての、色々意見を言ってみたが重臣おとな共が承知せぬ。殿はああせぬ、こうせぬ、これは駄目、あれも駄目、駄目、駄目、駄目……。話しにもならん。結局は自分達の立場を守る為に俺が必要だったのだと気が付いた。藩主などどうでも良い。大人しく世継ぎさえ残せばの。……つくづく嫌になった。藩の為でござる、お家の為でござる……忠義面する連中が……千代菊丸が生まれたから、これ幸いと離れたのだが……」


彼がさっさと逃げ出した様子を想像した平介は、笑いをかみ殺した。「……相当“忠義”がお嫌いのようで」


それに対し右京は彼に似合わない皮肉に満ちた口調で言った。

「 “忠義”か……美名よの。その“忠義”さえ掲げれば、非道な事も罷り通る。伊織がそれがしを狙っていたのも千代菊丸や兄上への“忠義”……外記の行動もあやつの理屈では“忠義”、それこそ三郎や右近の行動も“忠義”。結局、藩の争いなどはそれぞれの大義名分と“忠義”のぶつかり合いよ」


「……言えますな」


「“忠義”は軽々しく口にする物では無い。それに“忠義”は捧げるに足る人間に捧げてこそ、生きる物。……全く……馬鹿なヤツらだ……」語尾が微かに震えた。


「……右京様?」


右京はほろ苦く笑った。「二人が……俺の何を見込んだかは分からんが……命がけで捧げて貰った“忠義”を無駄にはできぬ」


「……おお!」


「確かに迷惑するのは民百姓……仕方あるまい」


思わず平介は平伏した。「……右京様、ありがとうございます」


彼の目頭が熱くなる。

剣友の二人が見込んだこの人物が……捧げた“忠義”が、間違っていなかった事を……。


蕎麦を食べ別れた後、道場に戻った平助。


すると眠っている赤ん坊を背おった少年が「へーすけって小父さん?」と声をかけて来た。


「そうだが…?」


少年が結び文を差し出す「コレ。どっかのお侍さんから。渡せば分かるからって」


「?」


とりあえず受け取り、少年に駄賃をやった。


自分の部屋で文を読み下し、その顔色が変わる。




彼は佐々木右近が居た部屋に入った。




少し迷っていたが、意を決し彼は再び外出した。

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