お江戸物語 藤恋歌

らんふぁ

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五十二話

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兄の跡目を継ぎ、次期藩主になる右京……。


それ故、来れないと断りを入れたのだろう。……無理もない。


一国一城の主と吉原の太夫……


二人の身分も立場も全く違う物になる……


右京こそが、太夫に取って手が届かない。


そんな立場の右京が、息せき切って駆けつけて来てくれた……。


自分を守る為に……


あの時…あのような、あられも無い姿を見られ、やはり身を売る女かと、彼に蔑まれたらどうしようと思った。


そうなれば自分を支えて来た誇りも、砕け散ってしまっただろう。


だが、右京の自分を見る眼差しが変わる事はなかった。


花魁である、自分の立場や気持ちを彼は理解してくれていた。


決して望んでしている事では無いと……




右京様……


ああ、右京様……


太夫の胸が熱くなる……


もう……もう充分……。これ以上は罰が当たる……



涙が溢れて白い頬を伝わった。


誰にも己の心を渡さぬ氷の太夫……。


その氷が人前で溶けて行くのを止められない。




藤兵衛が驚いたように彼女を見た。


右京も太夫の涙に動揺を隠せない。「……太夫、悪かった。本当にすまなんだの」


胸が詰まり、声も出せない太夫はかぶりを振る。


言いたい事が山ほどあるのに……


この気持ちを伝える事が出来るなら……



彼女が、ようやく言葉に乗せたのは……


「……松、いえ、鳥山様。私が貴方様に助けて頂いたのはこれで三度……。それに吉野の命も助かりました。まことにありがとうございます。この事は、終生忘れませぬ」


生まれついての武家言葉。


吉原の……花魁の言葉は使わなかった。


ありんす……廓言葉は気に染まぬのをごまかし嘘を付く為……


私自身の真の言葉に、廓言葉は使わない。


右京様


貴方様は私の心まで助けて下さった……



藤兵衛も吉野の一件を彼に話した。「鳥山様、本当にありがとうございます」


そこへ伊之助が来て主に耳打ちした。

「……吐きましたか。やはり、な」向き直った彼は「鳥山様、山城屋の始末をどうなさいます?」右京に尋ねる。


「家老と結託して、藩を喰い物にした生き証人だ。繋がりを吐かせなければ。ただ、こちらにも落ち度はある。あまり公にも出来ん」


「実は山城屋は、長崎屋さん襲撃の主犯のようです」


「!」


藤兵衛は外記と山城屋を迎えるに当たって、長崎屋からの忠告に従い、料理の吟味をした事を説明した。


そして見世の中に内通者がいる可能性も。


それで新しく板場に入った男を見張っていた所、口に入れると腹痛などを起こす食材をコッソリ捨てようとしていたのを捕まえ、誰に頼まれたか伊之助が責め、山城屋との関係を吐いたとの事だったのである。


「ならば、山城屋はこちらの件が済んだ後で、町奉行所に引き渡すとしよう。才蔵親分や神野殿に」

右京は決断を下した。


「よろしいので?」


「我が藩の中での悪さより、長崎屋にしたように、山城屋はもっと叩けば埃も出よう。藩でこっそり始末するより、町奉行所で調べて被害者達の救済をして貰った方が良かろうと思う」


藤兵衛は一礼した。「……では、そのように」

彼は右京の判断に感激していた。


見世の者がおずおずと顔を出した。「……あの……お迎えの家中の方々が……」


右京は目を上げる「……来たか」そして彼は太夫を見やった。


もう、逢えない……。



お互いに見つめ合う……



「…親父様、申し訳ござんせん。鳥山様と二人きりになりとうありんす……」

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