【完結】佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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170 隠し事

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仕事から帰ってきたら、玄関に既に靴がある。
珍しく、朝霧が先に帰宅しているらしい。何気なくそう思って、気が付いた。
そうか……多分、宮城さんと話をしたんだな。

「ただいま、早いな」
「……ああ」

こたつにも入らず、足を投げ出して座っていた朝霧が、ハッと顔を上げた。
案の定な雰囲気に、少し苦笑してデカい男のそばへ座る。

「決心、ついたか?」
「……つかない。ナオ、悪い」
「いやあ、俺は別にいいんだけどさ。お前、オリンピック選手だぞ。なんかあってからじゃ遅いからな」

あの話を聞いても、引っ越しに納得できねえのか。
宮城さんは、約束を守ってくれているだろうけれど……どこまで話したんだろうな。

「飯でも食って考えろよ。つうか寒いんだから、こたつ入れ」

ぽん、と頭に手を置いて立ち上がろうとした腕が、ぐいと引かれる。
体勢を崩して、つい右手をついてしまった。

「いっ……」
「ナオ? どうした」

しまった。
つい漏れた声に青くなって、視線を泳がせる。

「あー、ちょっと包丁で切った。寒くて手がかじかんじゃってさ」
「痛むほど切ったのか?」
「ちょっとでも切れたら痛むの!」

見せろと手を伸ばす朝霧から体を離して、料理の邪魔するなとそっけなく振り払った。
今度こそ立ち上がって――と思った瞬間、思いもよらない力で引かれた。
うわ、と衝撃に備えた身体は、柔らかく受け止められたけれど。

「何だよ?!」

真上から覗き込む朝霧が、不審げな顔をしている。

「右手を? 包丁で?」
「あっ……」

ヤバい、と焦っても、もうこうなっては逃げられない。
抵抗空しく掴み取られた右手が、朝霧の目の前に晒される。

「手、開け」
「なんでそんな見たがるんだよ!」

痛えのを堪えて握り込んでいるっていうのに、無骨な指が丁寧に俺の手を開かせる。
ああくそ、どうするか……。

「なんだ、この傷。どうやったらこんな傷がつく」

顔をしかめて俺の手のひらを撫で、じっと、朝霧が俺を見る。
絶対、なんかおかしいと勘付いてる。

「……包丁を落としかけて、つい握ったんだよ」
「そんなわけあるか」

もう、これ以上言い訳が見つからない。
これで納得しろよ、と視線から逃げていたら、スッと朝霧が息を呑んだ。

「ナオ」
「……なんだよ」
「まさか、これも……そう、なのか」

ギク、としたのがバレただろうか。

「そうって言われても分かんねえけど。何の話だよ」

そつなく返した、と思ったのだけど。
ちら、と見上げた朝霧が凄い顔をしていた。

「お、おい、朝霧……?」
「何を、された」

ヤバい。
今度は俺が息を呑む番。
見たことのない形相で、それでも堪えているのが分かって。
危うい朝霧に、冷や汗が伝う。
なんとか笑みを作って、首を振った。

「何って、何の話だよ! お前、すげえ顔してるぞ?」
「誰に、何をされた? お前が言わないなら、俺は宮城さんを締めて聞くぞ」
「なっ……」

重低音の声が、チリチリ皮膚を刺すような気がする。
こいつ、絶対やる。今のこいつなら。
圧を感じる瞳を見上げて、そして……溜息とともに力を抜いた。

「はあ……。誰に、とかそんな物騒なことじゃねえよ。大げさにすんな」
「どこが――」
「郵便受けにさあ、刃物が入ってんの、気付かなかっただけ」

目を見開く朝霧に肩を竦めて、努めて何でもないと言ってみせる。
ただ、それだけ。ちょっとばかり、俺に用心が足りなかったというだけ。
けど、お前は気にするだろうから。そこまでは言わない方が良いって、わざわざ宮城さんにも口止めしておいたのに。

「お前が変にヘコむだろうから、言わなかったんだけど。言わせたんだから、ヘコむなよ?」
「……無理だ」

あー、ほらな。
ゆっくり俺を抱き込んだ朝霧が、そのまま動かなくなった。
……でも、今日の話し合いでも結論出せなかったなら、ある意味荒療治で良かったのかもな。
きっと朝霧は、これで決断できる。

「……どうしても、駄目なのか。なんで、お前に」
「そりゃあな、世間からすると面白くねえだろ」

同期だからって、朝霧を使ってうまい汁を吸っているように思われても仕方ない。
むしろ、事実ですらあるだろ。
最初は、俺のアカウントへの攻撃が増えた程度。以前の炎上に比べれば想定の範囲内だから、見ないようにしてたんだけど。
でも、最近になって朝霧の露出が増えた影響で厄介なのが増え、バレた。ここの住所。

何でバレたかなんてわかんねえけど、フツーに朝霧を付けて突き止めたのかもな。
変な手紙が入るようになって、上司組には相談してたんだけどさ。
あの、日本選手権の放送で一気に激化したというか。
多分、一部はまだ俺の存在を女だと思ってるやつらもいるし、まあなんというか、過激なのがいる。

「ナオ、悪い……」
「お前が謝ることじゃねえけど。だから言いたくなかったんだって」
「俺だろ。……悪い」
「お前じゃねえよ、やったヤツが悪いだけだろ」

俺を抱き込んだまま、小さく繰り返す朝霧の声が、俺の心を削る。
くしゃくしゃ短い髪をかき混ぜて、ぺしりと叩いた。

「もーーめんどくせえ。あとさあ、お前自意識過剰だろ! もしかすると、俺の熱狂的ファンかもしれねえのに!」
「……」

まだ動かない朝霧を引っ張って、立ち上がろうともがく。

「俺は飯を作るの! お前も食うだろ? 離せ! ……離さねえなら、そのままついて来い」
「……」

くるり、と体が反転し、そのまま浮いた。
キッチンにすとんと下ろされ、背後から朝霧がしっかり腕を回す。どうやっても見えない顔は、今どんな感じになってるんだ?

「なあ、会社も同じなんだし、そんな悩むことか? あんま宮城さんを困らせんなよ」

本当に離れない朝霧をくっつけたまま、独り言のように言った。

「…………わかった」

小さく聞こえた返事に一瞬手が止まる。
そして、俺はただ、そっか、と返したのだった。
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