【完結】佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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171 朝霧が覚えたもの

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「……そうなのね。うん、そっか。朝霧くんってばやっと決心できたのね! まったくもう、外国へ行くわけでもないのに、大げさなんだから!」

元気にそう言って、七瀬さんは可笑しそうに笑った。
でも七瀬さん、俺に見られちゃってましたよ。
さっとよぎった、一瞬の表情。
そういうところが、ポンコツの所以だ。

「ですよね。これで宮城さんも、ようやく眠れますね」
「うふふ、本当ね」

傍らにいた後輩が俺たちを見て、肩を竦めて小さく息を吐いた。
……ダメ? 俺も。
茶番のようなやり取りをして、デスクへ向かう。
仕事があるのは、ありがたいものだ。
家以外の居場所が、ここにある。
俺の小さな世界の、小さな居場所。

「ナオさん、飲みに行くなら付き合いますよ」

こそっと告げた後輩を見上げて、少しだけ腹を立てた。
なんだよ、お前はなんでそう的確なんだ。
フンとふてぶてしく笑って、考える素振りをする。

「お前のオゴリなら、行ってやらんでもない」
「なんで俺が?! どこをどう取ってもナオさんがオゴるパターンでしょ?!」

むきになる後輩が可笑しくて、ちゃんと笑みが漏れた。
どうかな。
俺、大丈夫そうかな。
なんせ俺は、平凡な男だ。
つい強い男を思い描いて、苦笑した。
俺もさ、あいつのつま先分くらいには、なれればいいな。


――朝霧がここを出ることに同意して、そこからはあっと言う間だった。
宮城さん的には、朝霧への危害が一番の懸念だったろうし、もうすぐさま転居先が用意された。多分、朝霧の返事より先に、転居先を用意していたんだろう。

「これは? すぐ使う? 使わない?」
「……使う」
「じゃあこっちな。覚えたか? この段ボールが、一番最初に持って行って開けるやつ!」

一向に進まない荷づくりにしびれを切らして、なぜか俺がせっせと段ボールに詰めている。
所在なさげにじっと段ボールを見つめる朝霧は、今から捨てられることを悟った犬のよう。

「朝霧、お前も動けよ! なんで俺ばっかり。あのさあ、会おうと思えばいつでも会えるから!」
「……ここが良かった」

ぼそり、漏れた声に俺の方が息苦しくなる。
いつでも会えるなんて、嘘ばっかりだ。忙しくなる朝霧に、そうそう俺と会う時間なんてない。
そして朝霧も、きっとここへ会いには来ない。
……それが、俺への危害になると知ってしまったから。

「もう決まったんだろ! オリンピック選手が、シャンとしろよ!」

おかしいな、言ってねえはずなのに。へこみすぎだろ。
ごめんな、嘘で。それでも、俺はもう――
首を振って、苦笑した。
言ってねえんだか、言えないんだか。
だって、嫌だと言われたら簡単に鈍る。俺は朝霧みたいな、強い精神を持ち合わせていないから。

「お前、荷物超少ないから簡単でいいな」
「……」
「暗い!! 飯食ったら、行くぞ。なあ、お前の部屋ってどんな所?」

飯、に反応して、少しだけ朝霧が尻尾を揺らしたような気がした。

「何食う?」
「うずらの味玉」

息を吸って、ゆっくり吐き出した。

「……お前、昼に食うもんじゃねえよ。酒のつまみだろ。まあ、あるから食え」

……お前さ、料理名覚えたんだな。
その事実が、どうにも……。どうにも、俺の喉を詰まらせる。

なあ朝霧。
たまに会う、じゃあもう――無理なんだよ。俺は。

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