佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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4 風呂

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「はあっ、はあ……あの、無、理……!!」

息も絶え絶えに膝に手を着いた俺を振り返り、息一つ乱していない朝霧さんが困惑顔をする。
そんな顔しない! 俺はもともと走るの苦手なの!! 
そもそも社会人になってからというもの、運動という運動なんてしたこともない。
いきなり酷使された心臓が、肺が、悲鳴を上げている。

「も、十分濡れたから! もういいって……!」

流れるのが汗なんだか雨なんだか分からない。ものの10分も経っていないと思うけれど、俺はもう限界だ。だって朝霧さんが、どんどんペース上げるから!! アスリートについていけるかっての!
シャツの肩は既にぺったり肌に貼り付いている。少しでも被害を減らそうと、ジャケットをカバンに詰めたのは正解だった。

戻って来た朝霧さんが、死にかけている俺を見て状況を把握したらしい。

「……分かりました。歩きますか? 帰ったらすぐ風呂入って下さい」

口ぶりからするに、朝霧さんは俺を送り届けてから帰るつもりだろうが……これだけ濡れてしまったら、もう先に帰れとも言えない。この濡れねずみ状態で電車はキツイだろう。
さすがに、俺もそこまで鬼畜じゃない。風呂ぐらい貸すし、泊めてやろう。そもそも、数日後にはルームシェアする相手だ。
 
「風呂は、朝霧さんが先、入って……」
「いえ、俺はいいです」
「よくないですって……」

そこから家に着くまで、散々一番風呂を巡って言い争う羽目になった。見た目通りと言うか、朝霧さんって頑固だ。家主の言うことは素直に聞いてほしい。
 

結局、『アスリートの身体を壊したら、クビになる!』と脅して不毛な言い争いに勝利した俺は、めでたくコーヒーで暖を取る羽目になっていたわけで。
朝霧さんの方は、さっき半裸で出てきた時点で風呂は終わっていたらしい。パジャマを渡した後、すぐ戻って来た。

「風呂、ありがとうございます」
「うわー……」

俺はもう一度ビックリだ。
本人は何ら気にした様子はないけれど、俺のパジャマが可哀想なことになっている。
まるで成長期の子どもみたいに丈は短く、窮屈そうだ。
胸元、もしかしてボタン止まらないから開けてる? さすがにちょっと傷付くんですけど。

「えーと、朝霧さんの部屋がそこになります。あ、ベッドはまだそっちに入れてないんですけど、押し入れに布団は入ってるんで、使ってください」
「どうも」

俺の家に、他人がいる。どうも、複雑な気分だ。
ルームシェアか……こういう感じなんだな。
ちなみに、朝霧さん用のベッドはある。だってシングルベッド二つ並べて使ってたからな。キングサイズオーバーのベッドに一人で寝ていた切なさよ……。

会釈して部屋に入っていく朝霧さんの大きな背中が、扉の向こうに消える。
彼女と全然違う存在感に、ほんのり切ない気分が押し寄せ、慌てて風呂へと向かった。


「あったけー……」

温められた風呂場に足を踏み入れ、ほうっと力を抜く。
冷え切った身体に、温かいシャワーがぴりぴり痛い。
そういや朝霧さん、冷え切った風呂に入ったんだよな。気を使ったんだろう、出てくるのもやたら早かったし。
一応俺だって気を使って譲ったはずの一番風呂だったけれど、これは二番風呂が正解だったかもしれない。 

頭からざあざあ浴びる温かい湯が、ゆっくりと身体を温めてくれる。
まだ身体の中でくすぶっていた酒の名残も、押し流されていくような気がした。
 
「はあ……」

まだルームシェアは始まってもいないのに、俺ばっかり情けない姿を見せてしまった。これは、家主としての沽券こけんに関わるのではないだろうか。

タオル一枚で出てきた朝霧さんを思い出し、 ふと鏡に目をやって、薄っぺらい身体に苦笑する。
違うな。全然違う……。

あれはちょっと、驚愕だった。
スーツだと、ガタイがいい、くらいにしか思わなかったのに。
いいなあ、と今さら鏡を見て思う。

「俺も鍛えてみるかな……」

そううそぶいて腕の肉をつまんだ。
確か、社内にジムがあったはず。もちろん、普段アスリート部の人たちが優先的に利用しているものだ。一般社員は有料だったけど、かなりお得だと誰かが言っていた気がする。
まさか、自分が利用しようと考える日が来るとは。

「まあ、そのうちな、気が向いたらということで……」

ため息を吐いてシャワーを手に取ろうとした俺は、それが随分高い位置にあることに気付いて、少々イラッとしたのだった。
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