佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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13 犬

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「ほら、これも持て!」

買い物袋を追加で朝霧の腕にぶら下げ、俺は少しだけ溜飲りゅういんの下がる思いでにんまりした。

「多いな……一度、車に戻ったらどうだ?」
「100kg持ち上げられるなら、余裕だろ?」

フンと笑った俺に、大荷物を抱えた朝霧が呆れた顔をする。
朝霧を誘ったのは、もちろんこのため。そろそろ毛布がないと寒くて……。元カノめ、なんで俺の毛布まで持っていった?! 
毛布って、結構重い。嵩張って邪魔だし。ここは朝霧君の出番だろう。
そして、重要な理由はもうひとつ。なんとアスリート部は社用車を使える制度があるからだ! 何せ俺、都会っ子だから。車なんて持ってない。
元々は、アスリート部が遠征だの何だのと、必然的に社用車を使う場面が多かったための制度らしい。
 

「そういやお前、必要な物は買い足すって言ってたけど、結局何も買ってないだろ? 今買っとけば?」

概ね買い物をすませ、モール内で適当な店に入った俺たちは、それぞれランチを食って寛いでいた。
もちろん、荷物は車に詰め込んできた。さすがに、荷物の山となった朝霧が朝霧だと気付かれたら、俺の首が飛びそうで……つい日和ひよってしまった。

「別に、必要なものがない」
「嘘つけ、もうちょっと色々あるだろ! 私服ももっと買え!」
「買っても、着る機会がない」

確かにな!! でもそれでいいのか……! イケメンはこれだから!!
ブツブツ言いながらグラスに残った氷を呷って、ガリリと噛んだ。
 
「……久しぶりだ」
「何が」

目を細めて呟かれた言葉を聞きとがめると、朝霧は少し言い淀んだ。

「…………買い物?」
「なんで疑問符をつけるんだよ?!」

満足そうな顔してるけど、朝霧はなんも買ってないからな?!
こいつ、本当に物欲がないよな。食欲に偏りまくってるんじゃないだろうか。
行き交う人を眺める横顔に、機嫌良さそうだなと思う。

「欲しいもん、ないのか? 俺だったら服なんて何着あってもいいし、靴もいっぱいほしいし、自社製以外のキッチンツールも興味あるんだよなあ」
「買えばいい」
「金があったらな?!」

俺は感づいていた。コイツ、金持ってる。だって当然だよな? 食以外使わねえもん。それだって、安いところですませていたし。

「せめて食いもんに使えばいいのに。美味そうな惣菜とか、いいとこで食う飯とか、色々あるだろ」
「別に……元々、惣菜は好きじゃない。1人でレストランに行くのか?」

確かに、ぼっち飯はなあ……俺だと気にするけど、むしろ朝霧はそんなこと気にしなさそうなのに。
俺と食ってる時は割りと食に興味ありそうなのに、作ってやらないと途端に『面倒なこと』に分類されてそうな雰囲気が不思議だ。
なら、高級食材とか……こいつが食いたいってものなら奮発しても許されるだろ! そしたら俺も相伴に預かれるってものだ。

「じゃあさ、何食いたい? お前が食いたいモン、作ってやるよ」

大いなる下心を隠して身を乗り出して……そして、少し後悔した。
目を見開いた朝霧が、次いで――笑ったから。

思わず、息を呑む。
……何だよ、お前の方こそ、よっぽど子どもっぽい。
だよ、俺、そんな大層なこと言ってないだろ。
そんな、……ガキみたいな。いや、犬みたいな顔で。
そう、犬だ。ただの犬。
光弾ける笑みを浮かべた、犬。

「それ、今日か?」
「え、あ、ああ」

呆けていた俺は、何か言いたげな視線に気付いて首を傾げた。

「何か、リクエストがあるのか?」

こくり、と頷いた朝霧が、明らかにそわそわしている。なんだ? お前がそんなに執着するモンがあるのか……?
俺の方までドキドキしながらその薄い唇が開かれるのを待つことしばし。

「最初に食った……あの、卵のやつ」
「え? 肉とかじゃなく? 卵料理って最初に何作ったっけ?」

えらく庶民的な回答に拍子抜け、記憶を手繰った。
名前が分からないなら、オムレツや卵焼きじゃないだろう。スコッチエッグか? 巣ごもり卵とか? そんなに凝ったものを作った覚えもなく、腕組みして考え込む。

「小さくて、美味い、ウズラのとろっとした……」
「ああ! あのツマミ?! 朝霧、そんな気に入ってたの?!」

もどかしそうにしていた朝霧が、パッと目を輝かせて頷いた。

「佐藤、また作るって言っただろ。俺は卵買ったぞ」  
「あー。言ったか? 悪い、そんなに気に入ってたとは」

そう言えば、冷蔵庫になぜかやたらウズラがあるなと思って八宝菜にしたんだったか。どうせ生活力のないこいつが、適当に買ってきたのかと……。

「分かった、そんなんでいいならすぐ作れるぞ。他は?」
「チューハイ」

即答した朝霧が、あの、犬の目で俺を見た。

「夜、風呂入って、酒飲んで食おう」

なんだよ、それ。まんまあの時のことだろ?
あんな些細なこと……。記憶に残るようなもんでもなかったろうに。

「……もしかして、アレ楽しかったのか?」

なんとなく居心地悪い気分を誤魔化すように、軽口を叩いてみる。
そして、俺はまた後悔をした。

「ああ、そうだな……あれも、楽しかった」

朝霧の双眸が、ガッチリと俺を捕まえる。
まるで何かを注ぎ込むように、捕らえて放さない。
ああ、無理だ。
朝霧の力で捕まえられたら、俺は逃げられない。
 
はふ、と無意識に口を開閉した時、朝霧がハッと視線を逸らした。圧迫感から解放され、大きく深呼吸する。

「……悪い。飲むのも久々で。つい気がいた」
「そ……か。お前さ、結構顔に迫力あるんだからな! それ怖いぞ?!」

いつも通り、いつも通りだ。
グラスを手に取って、空になっているそれを呷った。

「そんなこと、初めて言われたが」
「マジで?!」

憮然ぶぜんとした朝霧を見て、自然な笑みが浮かぶ。
もう、大丈夫だ。
無表情なヤツだと思っていたのに、朝霧の表情が豊かになったのか……それとも。

俺は頭を振って立ち上がった。
朝霧は、犬みたいなヤツだ。一緒に暮らしていると、つい情が移ってしまうかもしれない。

だけど、俺の犬じゃない。

預かってるだけの高級犬は、どうも俺の飯をいたく気に入ったらしい。

「じゃーそろそろ帰りますか! ウズラ買ってな!」
「チューハイも」

大きな犬は、そう言ってまた、あの顔で笑ったのだった。
  
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