佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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22 ふつうの朝霧

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俺は非常に機嫌を悪くして、不遜な男を睨み上げた。
どう頑張ってみても朝霧の手にあるスマホは奪えねえし、いつか、また油断した時に全削除してやる。
ひとまずは、取れる対策をすべきだ。

「……なら、絶対ロックはかけろよ?! じゃねえとお前が寝てる間に……」

言いかけて口を閉じた。そうだ、ロックがかかってないんだから、朝霧が寝てる間に消せば良い。人様の画像を勝手に消すなんて、普通は言語道断。だけど、消すのは俺の画像だけだ。別にいいだろう。
よし、と頷いた俺を面白そうに見て、朝霧がスマホを操作した。

「分かった。ロックはかけておく」
「…………」

くそ、あと少し口を閉じるのが早ければ……。

何食わぬ顔の朝霧がテーブルのゴミを袋に突っ込むと、小さくまとめてゴミ箱に放り投げた。
腹が立つほど見事なシュートを披露した拍子に、その背中から雑誌が滑り落ちる。

「そういや、なんでスマホ画像見たんだよ?」
「確認しただけだ」
「だから、何を」

朝霧は思案するように少し間を開けて、俺のスマホを指した。

「その画像と、雑誌の俺の違い」
「何も違わねえよ。プロが撮った方がイイってだけだろ」

胡乱な目を向けると、朝霧も不服そうな顔をする。

「それが嫌だ」
「ソレって何だよ、良く撮られんのが嫌なわけ?」
「……かもな」

何言ってんだ、写りが良い方がいいに決まってんだろ。馬鹿かこいつは。
証明してやろうと、素早くスマホを構えてパシャリとやった。
ちょっと眉を上げた朝霧が、同じように俺を撮る。
こいつ、俺が撮ると必ず撮り返してきやがる。だから俺のスマホにある朝霧の画像枚数と同じだけ、俺の人質画像が保存されている。すげえ嫌だ。マジで他人に見られたら死ぬ。

「ほら見ろよ。雑誌の朝霧はバリバリ格好いいだろ?」

ずい、と画面を向けてやり、雑誌も取り返してテーブルに開いた。
雑誌の中に居る、孤高のアスリート『朝霧 涼』と、スマホの中に居る、『普通の朝霧』の顔。
まあな、どう撮っても映える顔面には違いねえけどな!!

「……へえ? どれが格好いいんだ?」
「見りゃ分かるだろ、プロの撮った方が格好いいだろ? これとか、クールで色気っつうの? 雰囲気あって、めっちゃ――」

……あれ?
きゅ、と唇を結んだ。
ちょっと待て、そうじゃない。俺は、単に写真の質の話をしているだけであって。

スマホの画面からそうっと視線を移動させて、朝霧を見上げる。
頬杖をついた朝霧は、画面でも雑誌でもなく、俺を見ていた。
視線が絡んだ瞬間、堪えきれないように口元を押さえて肩を震わせている。

「そうか、俺はクールで色気があって、バリバリに格好いいか」

くっっっそ! こんなもん誘導尋問だ!

「写真の話だっつってんだろ!」
「そうか」
「野郎……。お前はコイツじゃねえ! こんな高潔で質実剛健なヤツじゃねえわ」

雑誌をバシバシ叩いて、腹立ち紛れに言いつのる。

「だから、違うと言っただろ」

澄ました朝霧の、ほら見ろ、と言いたげな顔が腹立たしい。
なるほどな! お前の性格の悪さとかうっとうしさが、綺麗さっぱり昇華された別人写真だから嫌なのか。
贅沢なやつめ。俺だったら超絶イケメンに写してもらえるなら、その方がいいに決まってるわ! 実物と違うとか、知ったことか。

「つうか、笑えばいいだけじゃねえ? お前がいつも通りにすればいい話だろ」
「それができれば苦労しない」
「なんでだよ。……朝霧くーん、こないだのも良かったよぉ! はい、笑って~」

スマホを構え、声色を変えてひらひら手を振ってやると、朝霧がふっと笑った。
すかさず響くシャッター音。

「ほら見ろ、何も苦労してねえ。簡単じゃねえか」
「それはお前が……。急に七瀬さんになるな」
「俺のテクにかかれば、朝霧君も大したことないね。俺、カメラマンの才能あんのかもな」
「笑わせんのは、カメラマンの才能じゃないだろ」

簡単に笑った朝霧に気を良くして、撮ったばかりの画像を開いて……絶句した。

「あー……これは、ちょっと、ダメかも」
「何が」

真面目な顔で唸る俺に、朝霧が首を傾げる。

「こんなのが掲載されたら、死人が出る」
「出るか」

くい、と自分の方へスマホを引き寄せた朝霧が、画面を確認して生ぬるい視線を寄越してくる。
いや、出るだろこれ。

画像を目にした瞬間、ドクッと鼓動が跳ねるような衝撃。

磨いた刃みたいだった朝霧の、自然と綻んだ笑み。
ほんのちょっと、目尻が下がるだけで。
ほんのちょっと、口角が上がるだけで。
こんなにも、こんなにも、印象が変わるのか。
これが、ギャップというやつだろうか。

「はあ~俺の才能が怖い。世界を虜にしてしまう」
「お前の才能なのか」

俺だろうよ。だってお前だけならただの無愛想写真なんだからな。
『確かに?』と言って笑う朝霧に何となくイラッとしたので、何枚も撮ってやった。

貯まっていく、笑う朝霧の画像。
これってもしかして、世界で俺のスマホにしかないかもしれないな、なんて思ったのだった。
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