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第一章
第二話 咲子(35)
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「広海ちゃん、お久しぶり!」
金曜日の夜、広海は大学時代の友人である咲子と池袋東口のいけふくろう前で待ち合わせをしていた。咲子は相変わらずでっぷり……いや、ぽっちゃりしている。手を振りながら巨体を揺らして近づいてくる咲子を見て、広海はすぐに鏡餅を連想した。ダウンジャケットを着ていることもあり、彼女はすごく大きく見える。
咲子は開口一番、こう言った。
「相談したいことがあるって、まさか広海ちゃんに好きな女の子でもできた?」
広海は笑った。咲子は女性が好きな女性、すなわちレズビアンである。新宿二丁目で知り合った年下の彼女と半同棲している。
「あいにく私は女どころか、男との恋愛にも興味がないのよ。」
「あら残念!」
「女の人が好きなのはうちのクライアントでね。で、本題なんだけど、アラフィフでも彼女って見つかるものなの?」
咲子は少し険しい顔になった。
「うーん、元気なのは10代、20代前半の若い子たちだからね。男相手でも女相手でも同じよ、若い子から相手が見つかるの。」
「やっぱり。」
広海はため息をついた。
「50くらいだと、長年連れ添ったパートナーと落ち着いてるわよ、みんな。なぜその人はその年で彼女を探してるの?」
「そこからは長くなるから、とりあえずお店行こうか。」
広海は咲子のダウンジャケットの裾を引っ張って、近くの鶏肉専門居酒屋に案内した。
居酒屋の店内は薄暗く、しかも広海が予約していたのは個室だった。
「わ、まるで私たちカップルみたいじゃない! ダメよ、広海ちゃん。私、彼女いるんだから。」
広海は苦笑いした。
「私一応カウンセラーだからさ、オープンスペースでクライアントの話できないじゃない? どこで誰が聞いているか分からないし……それで個室なのよ。」
「あ、そっか! 早とちりしそうになったわ。」
大笑いをする咲子に、広海はメニューを手渡した。
「なんでも好きなの頼んで。今日は私のおごりだからさ。」
「ホント? やだ、私また大きくなっちゃう!」
咲子はメニューを一通り見ると、店員を呼ぶチャイムを押していくつかの料理とレモンサワーを頼んだ。広海は烏龍茶とポテトフライを頼んだ。
「で、さっきの続きなんだけど、そのアラフィフクライアントって何で彼女を探してるの?」
咲子が顔を覗き込むようにして聞いてきたので、広海はクライアントである智恵子の話を要約して伝えた。咲子が思ったより真剣に聞いてくれ、ときどき考えるような表情をした。
「と、まあ、そんな人なんだけど、見込みあるかな?」
咲子はレモンサワーを一口飲んで言った。
「その人、見た目はどうなの?」
「仕事柄、身綺麗にはしてるし、顔も悪くない。でもやっぱり年相応には見えるね。」
「なるほどー。」
咲子はうんうんと頷きながら言った。
「あれだ、40超えて独り身でいるようなボイタチを何人か当たってみて、一番マシなやつを選べばいいんじゃない?」
「待って、ボイタチって何?」
「ごめん、広海ちゃんには業界用語は分かんないよね。」
咲子は舌を出した。
「ボイはボーイッシュの略。タチはセックスのときに攻める側ってことね。そのクライアントの元カノもおっさんみたいな見た目だったんでしょう? だったら似たような人を探すのが早いわ。」
「なるほど。」
広海は頷いた。そのとき、テーブルに大量の唐揚げと手羽先が運ばれたので、咲子は「わあ、いただきます!」と言って、それらを猛スピードで口に放り込み始めた。
「でもさ、その、『40超えて独り身でいるようなボイタチ』ってどこへ行けば出会える?」
広海の質問に、咲子はニコニコしながら答えた。
「かーんたんよ! そのクライアントは掲示板を使ってたみたいだけど、今はレズビアン用の出会い系アプリがいくつかあるから、それに登録したらすぐ見つかるわ。」
咲子はバッグからスマートフォンを取り出し、何やら検索し始めた。
「ほら、メジャーなのがこのアプリと、このアプリ。あとはこんなアプリもある。こっちは若い子が多いから微妙だけど、たまにアラフォーのタチもいるからやってみたらいいと思う。」
広海もリュックサックからメモ帳とボールペンを取り出して、それらのアプリの名前を書いた。
「二丁目はダメ?」
「ダメではないけど、やっぱり若い綺麗な子から先に彼女が見つかるからねー。女優みたいなビジュアルでもない限り、やりとりの中身で勝負できるアプリがとっかかりとしてはいいんじゃないかな。」
広海が気がつくと、目の前の皿が全て空になり、咲子は広海が頼んだポテトフライに手を伸ばそうとしていた。
「あ、足りないならもっと頼んでいいよ。」
咲子は「ありがとう!」とお礼を言いつつ、心配そうな顔を作った。
「広海ちゃんこそ食べなきゃダメよ。水炊き頼むから、一緒に食べよう?」
広海はチャイムを押して、烏龍茶とレモンサワー、水炊きを注文した。
「けどさ、咲子ちゃんはいつも二丁目で彼女ができるんでしょう? どうして……。」
咲子はニッコリ笑った。
「言いたいことは分かるわよ。私の場合はね、見た目だけじゃ勝負できないから高等テクを駆使するの。あと、必ずしも出会いは二丁目だけじゃない。ノンケを落として付き合ったこともあるわよ。」
広海は尋ねた。
「その高等テクって一体……。」
「ここからは企業秘密だから教えられないし、多分そのクライアントにも必要ない。40過ぎて独り身でいるようなボイタチなんてちょろいんだし、数打ちゃ大丈夫よ!」
咲子は親指を立てて笑った。
金曜日の夜、広海は大学時代の友人である咲子と池袋東口のいけふくろう前で待ち合わせをしていた。咲子は相変わらずでっぷり……いや、ぽっちゃりしている。手を振りながら巨体を揺らして近づいてくる咲子を見て、広海はすぐに鏡餅を連想した。ダウンジャケットを着ていることもあり、彼女はすごく大きく見える。
咲子は開口一番、こう言った。
「相談したいことがあるって、まさか広海ちゃんに好きな女の子でもできた?」
広海は笑った。咲子は女性が好きな女性、すなわちレズビアンである。新宿二丁目で知り合った年下の彼女と半同棲している。
「あいにく私は女どころか、男との恋愛にも興味がないのよ。」
「あら残念!」
「女の人が好きなのはうちのクライアントでね。で、本題なんだけど、アラフィフでも彼女って見つかるものなの?」
咲子は少し険しい顔になった。
「うーん、元気なのは10代、20代前半の若い子たちだからね。男相手でも女相手でも同じよ、若い子から相手が見つかるの。」
「やっぱり。」
広海はため息をついた。
「50くらいだと、長年連れ添ったパートナーと落ち着いてるわよ、みんな。なぜその人はその年で彼女を探してるの?」
「そこからは長くなるから、とりあえずお店行こうか。」
広海は咲子のダウンジャケットの裾を引っ張って、近くの鶏肉専門居酒屋に案内した。
居酒屋の店内は薄暗く、しかも広海が予約していたのは個室だった。
「わ、まるで私たちカップルみたいじゃない! ダメよ、広海ちゃん。私、彼女いるんだから。」
広海は苦笑いした。
「私一応カウンセラーだからさ、オープンスペースでクライアントの話できないじゃない? どこで誰が聞いているか分からないし……それで個室なのよ。」
「あ、そっか! 早とちりしそうになったわ。」
大笑いをする咲子に、広海はメニューを手渡した。
「なんでも好きなの頼んで。今日は私のおごりだからさ。」
「ホント? やだ、私また大きくなっちゃう!」
咲子はメニューを一通り見ると、店員を呼ぶチャイムを押していくつかの料理とレモンサワーを頼んだ。広海は烏龍茶とポテトフライを頼んだ。
「で、さっきの続きなんだけど、そのアラフィフクライアントって何で彼女を探してるの?」
咲子が顔を覗き込むようにして聞いてきたので、広海はクライアントである智恵子の話を要約して伝えた。咲子が思ったより真剣に聞いてくれ、ときどき考えるような表情をした。
「と、まあ、そんな人なんだけど、見込みあるかな?」
咲子はレモンサワーを一口飲んで言った。
「その人、見た目はどうなの?」
「仕事柄、身綺麗にはしてるし、顔も悪くない。でもやっぱり年相応には見えるね。」
「なるほどー。」
咲子はうんうんと頷きながら言った。
「あれだ、40超えて独り身でいるようなボイタチを何人か当たってみて、一番マシなやつを選べばいいんじゃない?」
「待って、ボイタチって何?」
「ごめん、広海ちゃんには業界用語は分かんないよね。」
咲子は舌を出した。
「ボイはボーイッシュの略。タチはセックスのときに攻める側ってことね。そのクライアントの元カノもおっさんみたいな見た目だったんでしょう? だったら似たような人を探すのが早いわ。」
「なるほど。」
広海は頷いた。そのとき、テーブルに大量の唐揚げと手羽先が運ばれたので、咲子は「わあ、いただきます!」と言って、それらを猛スピードで口に放り込み始めた。
「でもさ、その、『40超えて独り身でいるようなボイタチ』ってどこへ行けば出会える?」
広海の質問に、咲子はニコニコしながら答えた。
「かーんたんよ! そのクライアントは掲示板を使ってたみたいだけど、今はレズビアン用の出会い系アプリがいくつかあるから、それに登録したらすぐ見つかるわ。」
咲子はバッグからスマートフォンを取り出し、何やら検索し始めた。
「ほら、メジャーなのがこのアプリと、このアプリ。あとはこんなアプリもある。こっちは若い子が多いから微妙だけど、たまにアラフォーのタチもいるからやってみたらいいと思う。」
広海もリュックサックからメモ帳とボールペンを取り出して、それらのアプリの名前を書いた。
「二丁目はダメ?」
「ダメではないけど、やっぱり若い綺麗な子から先に彼女が見つかるからねー。女優みたいなビジュアルでもない限り、やりとりの中身で勝負できるアプリがとっかかりとしてはいいんじゃないかな。」
広海が気がつくと、目の前の皿が全て空になり、咲子は広海が頼んだポテトフライに手を伸ばそうとしていた。
「あ、足りないならもっと頼んでいいよ。」
咲子は「ありがとう!」とお礼を言いつつ、心配そうな顔を作った。
「広海ちゃんこそ食べなきゃダメよ。水炊き頼むから、一緒に食べよう?」
広海はチャイムを押して、烏龍茶とレモンサワー、水炊きを注文した。
「けどさ、咲子ちゃんはいつも二丁目で彼女ができるんでしょう? どうして……。」
咲子はニッコリ笑った。
「言いたいことは分かるわよ。私の場合はね、見た目だけじゃ勝負できないから高等テクを駆使するの。あと、必ずしも出会いは二丁目だけじゃない。ノンケを落として付き合ったこともあるわよ。」
広海は尋ねた。
「その高等テクって一体……。」
「ここからは企業秘密だから教えられないし、多分そのクライアントにも必要ない。40過ぎて独り身でいるようなボイタチなんてちょろいんだし、数打ちゃ大丈夫よ!」
咲子は親指を立てて笑った。
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