男の妊娠。

ユンボイナ

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第四章 生まれた子どもたちの行方~その二

両親の離婚⑵

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 夏休み明け、E郎は登校した。家から学校までは少し遠くなったが、私立の中高一貫なので転校しなくて済んだのはありがたい。
 E郎は教室に着くと、まず親友のα秀を見つけて話しかけた。
「おはよう!」
「よう、おはよう。E郎のところも大変だな。」
 夏休み中、E郎はα秀とメールや電話で連絡を取り合っていた。α秀も両親が離婚して母親や母親の両親と一緒に住んでいたので、親の離婚について相談していたのだ。
「まあ、僕のところはパパの実家だからね。前からたまに遊びに行ってたし。」
「けど、大変だよな、ババアは。いっぱいご飯出してくる。『飯食え』攻撃だよ。」
 α秀はクラスの中で一番太っていた。その理由は、いつも祖母が闇雲に夕飯を作るために食べざるを得ないからだと言う。そういえば、E郎も少し腹が出てきたような気がする。
「なあ、あれ、何だろう。太らせて相撲取りにでもさせたいのかな?」
α秀は笑った。
「最近はうちの母ちゃんも病気にならないように注意してくれるようになったけど、一度でかくなった胃袋はなかなか元に戻らないっていうからな。E郎も気をつけろ。」
E郎は頷いた。

 夏休み中のα秀とのやり取りで一番E郎のためになったのは、以下のようなものだった。
「まずはその家の指揮官が誰かを見定めることだ。うちの家には母ちゃんとばあちゃん、二人の指揮官がいるから、そのときどきで様子を見て、どちらの意見に従うかを考えなくちゃいけない。E郎の家ではどうだ?」
「うちはパパがばあちゃんに逆らえないし、じいちゃんは置物状態だから、指揮官はばあちゃんかな。」
「よし、じゃあ、E郎は徹底してばあちゃんに従え。それがサバイバルの道だ。」
E郎はα秀に質問した。
「従う、って何でも従うの?」
「さすがに譲れない部分はあるだろう。だけど、それ以外は服従だ。遠くの大学に行くか就職すれば一人暮らしさせて貰えるだろう。それまでは面従腹背だ。」
「メンジュウフクハイ?」
「形だけは従っておいて、内心はそうじゃないってこと。魂まで売り渡す必要はない!」
「なるほど。」
そういうことなら、E郎は得意だ。今までもA雄を泣かせないように良い子を演じてきた。今度は祖母好みの良い子を演じるだけである。

 「ただいま、ばあちゃん! 今日は始業式だったよ。」
E郎は帰宅すると元気よく祖母に話しかけた。
「あら、それで帰りが早かったのね。お昼ごはんは簡単なものでいいかしら?」
「うん! ばあちゃんの作るものは何でも美味しいよ。」
祖母は「あらあら」と言いながら嬉しそうな顔をしている。
「貰い物の素麺がまだ残ってるんだけど、それで構わない?」
「僕、素麺大好きだよ!」
「じゃあそうするわね。できたら呼ぶから一緒に食べましょ。」
「わーい! 僕、部屋で待ってるね。」
E郎は学校のカバンを持って家庭用エレベーターではなく階段で二階に上がると、自分の部屋に飛び込んだ。そして、両手で頬を軽く叩いた。
「だんだん僕が僕じゃなくなっちゃう気がする。」
しかし、E郎はα秀が言った「面従腹背」の言葉を思い出した。さすがにその四文字熟語を紙に書いて部屋に貼るのはまずいような気がしたので、生徒手帳の隅にこっそり書いておいた。これなら仮に見つかっても言い訳できるような気がする。
 次に、E郎は部屋のノートパソコンの電源を入れ、指紋認証をし、「今後の計画」というファイルを開いた。高校卒業までは、「面従腹背」で、その後は自宅から絶対に通えないような大学に進学する必要がある。関東甲信以外の大学でちゃんと「ここでなきゃ」という説得力のある大学である必要があった。この点も夏休み中にα秀に話をしたところ、ヒントをもらうことができた。

 「例えば、だな。昆虫学みたいなマイナー分野だと、ちゃんと勉強できる大学が少ないんだ。京大で生態を学ぶか、九州大学で分類学をやるか、その辺りが大昔から伝統があって強い大学だ。」
「待って、京大に九大じゃ、めちゃくちゃ勉強する必要があるじゃないか。」
α秀は笑った。
「ある程度努力しないと自由は勝ち取れないぞ。もちろん、もう少し入りやすい大学はある。大阪府立大学は蝶の研究が日本一だし、香川大学は蟻研究で有名だ。」
「分かった、そんな感じでマニアックなところを攻めていけばいいんだね。でも、何でα秀はそんなに大学の研究内容に詳しいの?」
E郎の質問に、α秀はこう答えた。
「ふと、昆虫の研究なんてどこでやってるんだろうって思って調べた結果だ。残念なことに俺は虫が苦手だからやめておくが。」

 E郎も虫はあまり好きではないので、他の分野を探すことにした。例えば魚類。長崎大学はフグ毒研究が盛んだ。マグロの養殖に関しては昔から近畿大学が有名だし、愛媛大学は場所がら魚の養殖技術について開発を続けている。
「東京を離れて西に行くのも悪くなさそうだな。」
E郎は西日本の観光名所の画像も収拾していた。通天閣、天の橋立、安芸の宮島、淡路島、四万十川など場所はバラバラだが、A雄が出不精なうえにB子が多忙であったために旅行にほとんど行ったことのないE郎の目には全て新鮮に映った。一番のお気に入りは長崎の端島である。「軍艦島」と呼ばれたその島の建物は完全に風化して今や瓦礫の山だが、建物の在りし日の画像をインターネットで見ることができた。
「すごいな。」
立体画像で30号棟アパートを見ていると、階下から祖母の、「お昼よー!」という呼び声が響いてきた。E郎は努めて明るく「はーい!」と返事をした。
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