男の妊娠。

ユンボイナ

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第五章 さらにその後の子どもたち

北の大地にて⑵

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 F実の、「お客様!」という叫びにも似た声で男性は振り向いた。
「あ、お客様、商品をお忘れです。」
F実はキーホルダーの入ったビニール袋を差し出した。
「あ、すみません。わざわざ。」
男性は頭を下げながら袋を受け取った。F実はホッとしたので男性に話しかけた。
「しかし、珍しいですね。普通の夜景のほうじゃなくて、漁火のほうがお好きなんですか?」
男性は苦笑いした。
「いやー、向こうは人が多過ぎてね。俺、人混み苦手なんです。」
その表情が何となく好ましく思えて、F実はさらに話しかけた。
「どちらからお越しですか?」
「札幌です。あ、実家は沖縄です。大学が札幌。」
「へー。なんでわざわざ寒い北海道へ?」
「子どものときに家族に旅行に連れて来られて、それでいいなーって思って。函館山へも来たんですよ。今日はそれで来てみました。」
「そうなんですか。あ、記念に夜景をバックに写真撮って差し上げましょうか?」
「俺のスマホ、自撮り機能付きなんですよ。でも記念だから一緒に写ってください。」
男性がそんなことを言うので、F実は嬉しくなってしまった。
 ちなみに24世紀のスマートフォンの中には、「自撮り機能」の付いたものもある。「自撮り機能」は、普通に撮影すれば特殊レンズで撮影者本人と背景も広めに映るといったものだ。要は「自撮り棒」要らずなのである。男性の持っていたスマートフォンも「自撮り機能」付きだった。
「じゃあ……はい、チーズ!」
撮れた写真を確認すると、うまい具合に漁火が写り込んでいた。
「お姉さんにも送りますね。アイーンID教えてください。」
 アイーンはLINEの24世紀版アプリで、メッセージのやり取りや音声通話、テレビ電話、3D静止画・動画のやり取りまで可能だ。
 F実は店のエプロンのポケットからスマートフォンを取り出すと、アイーンを起動させ、QRコードを表示させた。男性はこれを自分のスマートフォンで読み取ると、「よし、じゃあ後で送ります!」と言った。
「じゃあ、お願いしますね。私はこれで。」
F実はもっと男性と話がしたかったが、混雑時にそう長く仕事をサボるわけには行かなかったので、自分の持ち場に戻った。そして、来る客、来る客を次々にさばいていった。

 夜10時の閉店後、F実がスマートフォンを見ると、「T文」という名前の人物からアイーンで今夜撮った画像が届いていた。それだけではない、こんなメッセージも届いていた。
「今夜は函館駅前のホテルに泊まります! もしお姉さんが明日休みなら、ランチでもどうですか?」
F実は恋の予感にワクワクした。ちょうど学校も夏休みで、明日はアルバイトを入れていなかった。
「行きましょう! 11時半に駅前で待ってます。」
F実はそう返信すると、T文が撮ってくれた写真を見返した。自分はなんだかブサイクに撮れているが、よく見るとT文は整った顔をしていた。
「明日が楽しみだー。」
F実はスカイスクーターを飛ばして帰宅した。

 翌日、F実は約束の11時半に函館駅前にいた。しかし、10分経過してもT文は現れない。思い切ってアイーンで電話してみた。
「もしもし、T文さん?」
「あ、ごめんなさい、今、近くで土産物買ってたところです。すぐに行きます!」
10分後、T文は現れた。
「ごめんなさい、沖縄時間が抜けないみたいで。」
今日のT文は、ジーンズに紺色のTシャツだった。F実はノースリーブのワンピースを着ている。
「姉さん、やっぱり店で見るより可愛いですね。」
「あら、お世辞でも嬉しいです! って、私のこと姉さんって呼ぶけど、私まだ19ですよ。」
「俺も同い年だ! なんだろう、姉さん、落ち着いてるんだよなー。」
「とりあえず、おすすめのカフェあるんで行きませんか?」

 F実の案内で、二人は広い通りから少し入った場所にある、こじんまりしたカフェに入った。
「ここの海鮮ピラフが美味しいんですよ。」
「じゃあ、俺、ピラフとオレンジジュース!」
「私はピラフとコーヒーで!」
注文を終えると、二人は会話を再開した。
「私も元々は東京なんですよ。」
「なんでまたわざわざ函館に?」
「いやー、気分転換です。」
F実は父親の件は重い話だと思ってごまかした。
「姉さんはいずれ東京に戻る気ですか?」
「いや、東京には戻りません。とにかく東京だけはありえません。」
「へー。俺も東京は無理だ。何度か行きましたが人が多過ぎて。」
T文は苦笑いした。F実は、T文のこの表情が好きだ。ずっと見ていたくなる。
「ただ、将来は北海道にいるか、沖縄に戻るか悩んでるんですよね。沖縄に姉ちゃん達いるし。姉さんは沖縄、興味ないですか?」
「私、行ったことないですけど、1回は行きたいです。どんなところですか?」
「海が綺麗で、ずっと暖かくて……そしてゴキブリがでかい。」
 24世紀の日本では、野生のネズミは絶滅したが、ゴキブリは絶滅できていなかった。あまりにも生命力がありすぎるのだ。
「北海道にゴキブリいないの、かえってびっくりしますよね。」
「うん、本当にいないんだーって。」
そうこうしているうちに、店員がピラフと飲み物を運んできた。
「いただきまーす。お、本当にうまい!」
「でしょ?」
「姉さんと連絡先交換して良かった! ちなみにこの後の予定はどうなんですか?」
「私はまた四時から土産物屋だから、それまでなら。」
T文は言った。
「僕も夕方にはリニアに乗って札幌に帰るつもりなんです。それまで姉さんの好きな場所に案内してもらえますか?」
もちろんF実はOKした。

 二人は店を出ると路面電車で谷地頭まで行った。
 この24世紀になぜそんなものが残っているのか、と不思議に思うかもしれないが、観光客からの人気の高さと、車やバイクに乗れないお年寄りの需要から、函館市が運営を続けていたのである。1897年に開業した馬車鉄道から数えると、なんと450年近く存続していることになる。
「まだこんなのが残ってるんですね。函館山のロープウェイはとっくの昔になくなったのに。」
T文は車内をキョロキョロ見渡しながら言った。
「実はロープウェイも復元計画があるんですよ。今はレトロなものが流行ってますからね。」
「え、知らなかった! 完成したら乗りたいな。」

 そうこうしている間に二人は谷地頭停留所に到着した。
「ここからは歩くのがおすすめなんです。ちょっと遠いけど。」
 途中には広い墓地がある。青い海を見下ろすようにして、墓が並んでいた。元々はたくさんの墓があってその多くは無縁墓となり風化してしまったというが、いくつかの墓は子孫によって守られているのだった。
「沖縄にも古い墓あるけど、こっちのはロケーションがいいですね。」
「そうでしょう? 今はお骨は海や山に散骨するとか、お寺で管理するのが多いけど、こういう昔からのお墓も素敵ですよね。」
「うちのお父さん、お母さんも姉ちゃんが沖縄の海に散骨しました。良かったのかな、あれで。」
T文の発言を聞いて、F実は「T文さんは早くに両親を亡くした人なんだな」と思うとともに、不謹慎ながら、「私の父親も早く死んでくれたらいいのに」と考えた。
「ほら、あそこを見て! あれが啄木一族の墓です。」
墓地がある道の反対側に、「石川啄木一族の墓」という標識があり、その近くにはまるで碑のような墓が立っていた。
「これができたの、1926年なんですって。」
「400年以上も前なのか、すごいな!」
「さすがに墓石はいちど200年前に新しくしたみたいだけど、こうやって大昔のお墓が残ってるってすごいですよね。」
墓石には、あの有名な、「東海の  小島の磯の  白砂に  われ泣きぬれて  蟹とたはむる」という歌が刻まれていた。
「国語の教科書で見たやつだ!」
「石川啄木って本当に函館が好きだったみたいで、遺骨も函館に運ばれて今もこうやって。」
T文は何度も墓を撫でていたが、しばらくすると手を合わせた。その様子を見て、F実も墓に手を合わせた。
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