男の妊娠。

ユンボイナ

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第五章 さらにその後の子どもたち

北の大地にて⑶

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 海沿いの坂道をうねうね登っていくと、そのうちに海に面した広場のようなところに出た。
「はい、これが立待岬。」
「おー、断崖絶壁だ!」
その日は天気が良かったため、海の向こうに下北半島がかすかに見えた。
「ここから本州が見えるんだね。だから、姉さん、ここが好きなんだ?」
F実は、実際は本州を見て、「やっと海の向こうまで逃げてきた」と安堵するために時々ここに来ているのだが、そんなことはT文には言えない。
「夜に来ると、函館山と同じようにイカ釣り漁の灯りも見えますよ。」
「そうか、同じ海だもんなあ。」
T文はしばらく岬を散策していたが、「また歌碑がある!」と声を上げた。
「与謝野鉄幹と晶子だって。」
「これ、自然の岩でできてるみたいよ。」
 立待岬には与謝野鉄幹(寛)と晶子の歌碑があるが、刻まれた歌は既に風雨で削られて読めなくなっていた。代わりに案内板が、過去に刻まれていた夫婦の歌を紹介していた。
「ねぇ、この夫婦、本当にここまで来たのかな? 東京に住んでたんでしょ??」
「どうだろう、怪しいですよね。函館まで来たのは事実みたいだけど。」
F実は同意した。

 「あー、でも今回は一人で函館まで来てみて良かった! 色んなものが見えたし……姉さんに会えて良かったです。」
函館駅前に戻ったとき、T文がそう言ったので、F実は勇気を出してみた。
「あの、嫌じゃなければ札幌に帰ってもアイーンでやり取りしてもらえますか?」
T文は即答した。
「いいですよ、また機会があれば遊びましょう!」
F実はさらに言った。
「あと、お願いがあるんですけど。」
「なんですか?」
「『姉さん』ってのやめてもらっていいですか? 名前で呼んでください。」

 その後、二人はアイーンで仲を深めていった。T文からは、里帰りした際の沖縄の景色や、ちょっとした学校の愚痴や、札幌でおすすめのラーメン屋などの話が送られてきた。F実も、アルバイト先の話や、東京からたまに送られてくる祖母からの荷物の愚痴やら、どうでも良さげなことを話した。そのうちに、お互い恋人がいないという話になり、T文が「付き合ってみようか」と言い出したのがその年の晩秋のことである。もちろん、F実はOKした。
「じゃあさ、また会いたいね。」
「今度は冬休みに私が札幌へ行く!」

 こんな感じで忙しい二人は長期の休みを利用して会うようになった。場所は札幌のこともあれば函館のこともあり、また中間地点の登別のこともあった。F実はこっそり札幌の企業への就活を進め、最終的に札幌市内のホテルに内定した。F実がT文に報告すると、T文からお祝いのメッセージが届いた。
「Fちゃん、内定おめでとう!」
「ありがとう! それで今、札幌市内でマンション探してるんだけど……」
「何ならうちに来たらいいのに。」
「え?」
F実はドキドキし始めた。二人はまだそういう関係ではなく、清い交際を続けていたからだ。
「うち、無駄に広いから、一緒に住もうよ!」
ここで即OKすると軽い女と思われないかしら、と考えたF実は、「しばらく考えさせてね。」と返信した。

 もちろん、考えることなんかなかったF実は、春に札幌市内のT文のマンションで新生活を始めた。
 T文の部屋は確かに一人で住むには広かった。F実は家賃の折半を申し入れたが断られた。
「うちさ、お姉ちゃんの店がやたら繁盛してるもんで、気前よく家賃払ってくれるの。だから、Fちゃんは何かあったときのために貯金しておきなよ。」
申し訳ないと思ったF実は、せめてもと思って朝夕の食事を作ることにした。ゴーヤチャンプルーもレシピを見ながら作ってみたが、T文から褒められた。
「うちの姉ちゃんが作るのより美味いよ。どこで習ったの?」
 ちなみに、男女で一緒に生活するようになったので、夜の事情なんかもあるわけだが、そういう話は別の小説に任せることにして省略する。

 F実は、T文との生活に満足していた。なんといっても、T文は優しく、女性に対するリスペクトを持っていた。
「俺、姉ちゃんと姉ちゃんの彼女に色々教えてもらったから、女の人に頭が上がらなくてさ。」
 ある日、T文はF実に対し、実の母親の死後にレズビアンカップルに育てられたことを告白した。
「実の父親と母親もすごい高齢で俺を作って、お父さんなんて物心ついたときには死んでたし、お母さんは小四で死んだ。その後は、姉ちゃんと姉ちゃんの彼女と一緒に住んでたの。その二人、すげーいい人たちで。けど、やっぱり変かな? 俺自身は普通に女の子が好きなんだけど。」
F実は首を横に振った。
「そんなことないよ。私に比べたらずっといい。」
 F実は、自分の知りうる出世の秘密と、東京から北海道に出た理由を語った。
「高校一年のときに何かの拍子で戸籍を見たら、父親の欄しか埋まってなくて、母親の欄は空白だったんだ。だから、一緒に住んでたおばあちゃんに聞いたんだけど、おばあちゃんも私の実の母親は分からないらしい。」
「ふむ、ごく稀にそういうケースもあるらしいね。」
「で、父親は育児放棄して、お金が欲しくなったら追いかけてくるようなろくでなしだから、函館まで逃げてきたってわけ。」
「そりゃしょうがないよ。」
T文は頷いていた。F実は受け入れてくれるT文に感激した。今まで、周囲から、「なぜ休みに実家に帰らないの?」「実家のお父さん、お母さんは?」などと言われ続けてきたからだ。一度、学校の友人に詳しい事情を話した際には、「産んでもらったなら、お父さんのこと、助けてあげなよ。」と言われてショックを受けたことがある。だから、それ以降は親しい友人にも、自分の父親のことについては話したことがなかった。
 「もし、私と一緒にいたら、父親のことでT文くんに迷惑をかけるかもしれないけど。」
T文は笑った。
「そんなもん、一発で撃退してやるさ。あ、そうだ、今度のお盆、一緒に沖縄行って、うちの姉ちゃんたちに会ってもらいたいんだけど、いいかな?」
「もちろん! むしろ、沖縄に行けて、T文くんのお姉さん達に会えるなんて凄く楽しみ!!」
F実はT文に飛びついた。
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