男の妊娠。

ユンボイナ

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第五章 さらにその後の子どもたち

北の大地にて⑷

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 「は、はじめまして。私、T文さんとお付き合いさせていただいているF実と申します。」
F実が緊張した様子で挨拶すると、やや細身で長身の女性はニコニコしながら、「はじめまして、T文の姉のX佳です。」と言った。隣にいる小柄な女性も挨拶した。
「私、X佳のパートナーのY香です。T坊から聞いてると思うけど。」
那覇空港は時期柄、観光客でごった返していた。もちろん、札幌のホテルもかきいれ時だったが、こんな時期に入社一年目のF実がお盆に休みを取れたのは奇跡のようなものである。
「T坊、彼女できたって言うから、どんな変なの連れてくるかと思ったら、可愛い子じゃない。」
Y香がニヤニヤしながら言った。
「何で俺が変な女に引っかかる設定なの!」
T文が軽く反発すると、Y香はこう言った。
「だってあんた、こっちでは勉強ばっかしてたじゃない? 悪い女に騙されないか、私、心配だったのよ。」
X佳も同意した。
「札幌で痛い目にあってないといいねーって、Y香といつも話してた。」
「姉ちゃんまで、酷い!」
F実はまるで笑えなかった。何となく、X佳やY香に牽制されているような気がしたからだ。
「ま、とりあえずお昼ご飯食べよっか? うちの店でいいよね。」

 四人は空港を出ると、札幌から来た二人の荷物をタクシーのトランクに詰めて乗り込み、X佳とY香が共同経営するレストランの一つ、「high-tie本店」に向かった。
 四人が店に入ると、従業員が「社長、お疲れ様です!」と挨拶した。奥の個室に通されたのでF実がT文の横に着席すると、X佳がメニューをF実に渡した。
「何が食べたいかな?」
F実はメニューに目を通すと、「ソーキそばがいいです。」と言った。
「あらあら、若いのに。他も頼むよね?」
Y香がF実に声をかけた。
「いや、実は私、緊張してあまり食べられないんです……。」
Y香は笑った。
「おばちゃん二人がいるだけで何緊張してんのよ!」
「いえいえ、T文さんの育ての親御さんですから。」
T文は言った。
「Fちゃん、姉ちゃんたち、怖い人じゃないから安心して。まあ、Y香姉ちゃんには昔家追い出されちゃったけど。」
「T坊、余計なこと言わないで! あれはあんたが出て行ったんでしょうが。」
X佳が心配そうに言った。
「F実ちゃん、食べられないなら無理しなくていいけど、ほんとに私たちF実ちゃんには遠くから来てもらったからリラックスして欲しいのよ。」
F実はX佳の顔を見た。優しそうな中年女性で、たしかにこの人はT文の姉なのだと思った。しかし、Y香の方はきつい顔立ちをしているし、話し方にも少々ぶっきらぼうなところがある。
「じゃあ、ソーキそばとグルクンの唐揚げで。」
F実がそう言うと、他の三人はめいめい適当に注文をした。メニューを聞きに来た店員は、「かしこまりました!」と深くお辞儀をして去って行った。

 「これ食べたら、お盆だからF実ちゃんにも例の儀式に付き合ってもらうね。お昼だから暑いけど。」
X佳の言葉に、F実は不安になって尋ねた。
「例の儀式って何ですか?」
「T坊のパパママが海に散骨されてるから献花に行くの。F実ちゃんをパパママにも紹介しないとね。」
Y香は代わりに答えた。
「まあ墓参りみたいなものよ。」
「場所はどこですか?」
「近くのマリーナから船を出して1時間くらい行ったところ。F実ちゃんは船酔いしない人?」
「多分大丈夫だと思います。」
F実は生まれてから、一度しか船に乗ったことがなかった。それも、専門学校のときに友達と大沼の遊覧船に乗った程度である。
「結構揺れるからね。」

 食事の後、四人はタクシーでマリーナへ行き、そこから会社名義のクルーザーで沖に出発した。出発して15分くらいして、F実は呟いた。
「気持ち悪いかも……」
クルーザーは大沼の遊覧船とは比較にならないほど揺れた。海は波があるし、船も小さいので当たり前のことなのだが、F実には想像できなかったのだ。
「Fちゃん、船の揺れに体を任せたほうがいいよ。力は入れないほうがいい。」
T文がアドバイスした。しかし、F実の吐き気はそんな基本的なスキルでどうにかなる段階を超えていた。
「我慢しないで吐いて。」
異変に気がついたY香がF実に近づいて腕を掴むと、海側に向かせた。
「T坊はよそを向いてなさい!」
F実は盛大にさっき食べたソーキそばと唐揚げをリバースした。青い海に吐瀉物が溶け込んでいく。
「すみません……。」
「大丈夫、魚のエサになるよ。」
Y香は笑って船にある横長の腰掛けを指さした。
「そこに横になっておいたら?」
「吐いたら大丈夫です、多分。」
F実はそうは言ったものの、船は揺れ続けるので気分が悪かった。吐き気が襲うが、もう吐くものはない。
「Fちゃん、横になってろって。無理するな。」
T文はF実の背中をさすった。
「X佳、もうこの辺でいいや、船止めて。だいぶF実ちゃんが具合悪そうなの。」
 船は止まった。まだ目的地の手前半分くらいのところだが、ここで献花と献酒をすることになった。
まだ横になっているF実以外の三人が、それぞれカゴに入った花(茎は取り除いてある)を海に撒いた。そして、X佳が一升瓶に入った日本酒を取り出して、開栓して逆さにした。
「お父さん、T文が彼女連れて来たよ。」
T文が言った。
「お父さん、お母さん、おかげさまで俺にも彼女ができました。見守ってくれてありがとうございます。」
「T坊、いつものパパママありがとう、じゃなくて?」
Y香が茶化したが、T文は無視した。
「お父さんとお母さん、できればFちゃんの船酔いを治して欲しいんだけど、無理でしょうか。」
「船に慣れてないんだからしょうがないよ。」
X佳が真面目に言った。Y香も海に向かって話しかけた。
「この歳になると体中ガタが来てます。ちょっとでもマシになりますように!」
X佳はそれに呼応するように言った。
「私とY香、T文とF実ちゃんが、永く一緒にいられますように!」
Y香は横たわるF実に向かって声をかけた。
「ちょっとだけでいいから、T坊のパパママに挨拶できるかな?」
F実はよろよろと起き上がると、海に向かって言った。
「はじめまして、不束者ですがよろしくお願いします。」
Y香はニッコリした。
「パパママが、『よろしくー』って言ってるね。よし、帰ろうか。」

 F実は船の帰りも、タクシーからX佳たちのマンションへ行く途中もぐったりしていたので、マンションに着くとソファに寝かされていた。しかし、そのおかげで緊張の糸がぷっつり切れて、しばらく熟睡した。
「ご飯だよ!」
そのY香の声を聞いて時計を見ると夜の七時になっていた。
「すみません、初めてのお宅でこんなに寝てしまって。」
「元気になったみたいで良かったよ。ご飯、食べられる?」
Y香の問いにF実は答えた。
「ごちそうになります!」
昼食をリバースしてしまったF実の胃袋は空だった。食卓にはゴーヤチャンプルーや豚の角煮が並んで、美味しそうな匂いがしていた。
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