現実的な愛の妄想

タロウ

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翌日。昼の仕事を終えて支度を整え、夜の待機場所に入る。
 甘い余韻はまだ残っていた。昨日、誠一に何度も抱きしめられ、満たされて眠った感覚――それを胸に抱いていれば、多少のことは耐えられる気がした。

 だが、指名が入ったと聞いた瞬間、胸に重たい感覚が落ちてきた。
 「また……あの人か」
 無意識に口の中で呟く。
 名前を聞いただけで、喉が渇いた。

 指定されたホテルの部屋に入ると、すでに男は待ち構えていた。
 「おう、リカちゃん。今日も頼むよ」
 40代半ばくらい。無精ひげを伸ばし、ネクタイはだらしなく緩められている。
 笑顔に自信を浮かべながらも、視線は最初から私の胸元に貼りついていた。

 「こんばんは。今日もお疲れさまです」
 営業用の声を作る。
 だが、椅子に腰掛ける間もなく腕を引かれ、ソファに押し倒された。

 「金払ってんだ、遠慮すんなよ。こういうの好きなんだろ?」
 耳元で下卑た声が響き、吐息が酒臭い。
 「んっ……っ!」
 強引に唇を塞がれ、舌が乱暴に差し込まれる。
 首筋を噛まれ、痛みに思わず身をよじった。

 「や、ちょっと……強いですよ」
 苦笑を作ってかわそうとするが、男は取り合わない。
 「感じてんだろ? ほら、もう濡れてんじゃねぇか」
 太腿を掴む手が力任せで、下着の上から指が押し込まれる。
 「っ……」
 抵抗できない。プロとして身体は反応してしまうからだ。

 ――でも、全然違う。
 誠一の手なら、優しく撫でられるだけで甘く痺れるのに。
 この人に触れられると、ただ痛くて、汚されるような感覚しかない。

 「ほら、奥まで入れてやるよ。サービスだろ?」
 下着を乱暴にずらされ、指が無造作に押し込まれる。
 「っ……あ、痛っ……」
 思わず漏れた声を、男は勘違いした。
 「おぉ、やっぱり感じてんじゃねぇか。やっぱ女はこれが好きなんだよな」
 唇の端にいやらしい笑みを浮かべる。

 「違……っ、あの……優しくしてくれた方が」
 「は? 優しく? 金払ってんだから関係ねぇだろ。こっちは楽しみに来てんだ」
 体を押さえつけられ、乱暴に腰を擦りつけられる。
 その衝撃で背中がソファに叩きつけられ、首筋にまた強い痛みが走った。

 ――やだ。
 誠一だったら、こんな風に力任せにされることは絶対にない。
 息を合わせるように、優しく確かめてくれるのに。
 今はただ、耐えるだけ。

 「もっと声出せよ、嬌声聞かせろよ」
 「……っ、仕事ですから。そういうのはオプションで」
 「ケチだなぁ、どうせ好きなくせに」
 鼻で笑いながら、胸元をはだけさせられる。
 乳首を乱暴に摘ままれ、強くひねられた。
 「んっ……!」
 思わず声が漏れる。
 「ほら、やっぱり感じてんじゃねぇか」
 勝手に決めつけるその言葉が、一番気持ち悪い。

 時間は、驚くほど遅く流れた。
 時計の針が動いているのに、進んでいかないように感じる。
 「……もうすぐ時間です」
 「なんだよ、ノリ悪いなぁ」
 舌打ちをしながらも、男は名残惜しそうに身体を離す。

 「ま、いいや。また呼んでやるよ」
 吐き捨てるように言い、チップをテーブルに投げて去っていった。

 部屋に一人残され、私はしばらく動けなかった。
 鏡を見ると、首筋に赤黒い痕が浮かんでいる。
 太腿にも指の跡が残っていた。

 「……最悪」
 小さく呟き、タオルで拭いても消えるはずはない。
 心にまでこびりつくような嫌悪感。
 シャワーを浴びても、何も落ちていかない気がした。

 ――誠一さんに抱かれたあとなら、心も体も温かくなるのに。
 今は、ただ冷たくて空っぽだ。

 胸の奥が締め付けられる。
 誠一と過ごす夜を知ってしまったからこそ、他の誰かに触れられるのがこんなにも辛い。
 「……もう、嫌だ」
 ぽつりと漏らした言葉は、鏡に映る自分の顔に跳ね返ってきた。
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